聖教会所属 ラル
「貴方に神の御加護がありますように――」
指を組んでお祈りする俺の頭に手がかざされると、ほんのりと温かいものが身体を巡る。
ゲームではただのパフォーマンスかと思ってたけど、実際に魔力を使ってんのか。新発見だな。お祈りが終わって、俺は父親と共に参列から離れる。そして改めて、周りをぐるりと見渡した。
ここはロドリエル大聖堂。聖教会の本山である。西洋風の建築物であるそこは、最奥に大きな神様と思われる像が立っていた。その前に教徒が数名いて、参列している人々に魔法をかけている。
聖教会の魔法と言えば、回復魔法。ここでしているのはきっと大掛かりなものではなくて、ほんの少し疲労が取れるとか、自然治癒力が少し増すようにするとか、そんな簡単な魔法だと思う。俺の手のマメも心なしか直った気がするし。
「ルクハルト。私は今から大司教にご挨拶に行くけれど、君はどうする?」
「ではこの大聖堂を探け…散策しても良いですか?」
「分かった。迷子にならないようにね」
父親の言葉に返事をして、俺は父親から離れて大聖堂の探検を始める。どうやら貴族は聖教会に寄付をしているらしく、うちのハーロイス家も例外ではなかった。だからと言って聖教会が一般の民より貴族を優先するなんてことはなく。ただ、どのくらい社会に貢献しているかっていう王国からの評価にはなってんのかな。
ハーロイス家はこうして定期的にお祈りにも来ているらしい。こんな敬虔な信徒みたいなことしておいて、ルクハルトの人間性は…祈られる神様も困っちゃうよな。
「にしても、すげぇ…海外旅行じゃん。異世界だけど」
海外の雑誌とか世界史でしか見たことがないような大聖堂。荘厳な雰囲気。空気でさえ澄んでいる。参拝している人々も静かに目を閉じていたり、投書箱のようなものに紙を入れている人もいる。匿名の相談とかも受け付けてるのかな。
祈りの間から抜けると、聖歌隊らしき老若男女が清らかな声を空へと響き渡らせていた。うわー、めっちゃ綺麗な歌声だ。もう本当に…聖なる力! って感じ。語彙力なさすぎか?
更に足を進めていくと、奥の端の方に、石碑のようなものがいくつも並んでいる場所が見えた。何かの記念碑かと思いながらそこへ向かう。その石碑には文字が刻んであった。
「ロドリエル歴××年~××年 ……ル…ス…ン…風化して見えないけど…ここにあるの全部…」
お墓、か。ここにあるのは多分聖教会の関係者のものだとは思う。もしかしたらさっきの聖歌隊の人たちの両親だったり、祖父母だったり、兄弟姉妹だったりするかもしれないのか。
俺はこの世界に来たばかりで、俺に祈られてもどうにもならないと思うけど。
「どうか、安らかに……」
指を組んで目を閉じる。先程の聖歌隊の声がささやかな風に流されて聞こえて来た。確かにここなら、ここに眠ってる人たちも寂しくないかもな。
よし、と他の場所も見て回ろうと身体を翻すと、真後ろに一人の少年が立っていた。
「うわっ、びっくりした」
「…申し訳、ない。祈られていたようだったので」
「あっ、もしかして貴方も祈りに…俺、邪魔でしたね」
サッとその墓石の前から離れると、少年は首を振りながら、しかし礼を口にして持っていた花々を墓石の前に手向けた。そしてその少年も俺と同じように指を組んで目を閉じる。
はー…物静かだけど、綺麗な子だなぁ…もしかして聖教会の子かな。そんなことを考えながら見つめていると、ゆっくりとその瞳が開かれた。思慮深そうな、深い黒色の瞳。
「…私の父に祈ってくださって、ありがとうございます」
「貴方の、父君…」
俺より少し年上くらいだろうに、父親を亡くしているのか。俺はそう呟いて、墓石に先程手向けられた花々に視線を向ける。風化してはいるものの、綺麗な墓石。きっとこの少年が気がけて綺麗にしているのだろう。
俺は少年に顔を向き直して、目元を和らげる。
「聖歌隊の声を聞きながら、花を手向ける御子息を見守ることが出来る。貴方の父君も、幸せでしょうね」
そう言うと、少年は無表情のまま微動だにしない。えっ、何か俺変なこと言った!? 他人様の地雷踏み荒らしてないよな…。えっと、とにかく名前を聞いておこう。ルカの二の舞にならないように。
「申し遅れました。俺はルクハルト=ハーロイスと申します」
「…私は、聖教会所属のラルと、申します」
あれ、名前だけ? …そう言えば聖教会所属の人間は、家名を名乗らないんだっけ。聖教会が政権の外に位置付けられている一つの要因だった気がする。でも少なくともラルは攻略対象じゃないな。そんな名前の対象いなかったし。
…それに、しても。このラルって子、本当に物静かだな~。俺のなけなしのコミュニケーション能力じゃ考えてることを察せられない…っ。でもせっかくリワラの世界で初めて会った聖教会の人だし、何か話聞きたい…!
「あの、ラル様。聖教会ではどのように過ごされているのですか?」
「…と、言うと」
「定期的にお祈りには来ていますが、聖教会のことは貴族の視点でしか知らないのです。なので実際の暮らしはどのようにされているのか、と…」
喋りながら思ったけどこれオタク根性丸出しだな? 少なくともお墓参りに来た少年に訊くことじゃねーわ。
「と、思ったのですが、突然失礼でしたね。すみません、俺戻りま…」
「…きっと、あまり変わらないと思います。朝起きて、神に祈り、食事をして、勉強をして、聖歌を捧げ、参列者の加護を祈り、皆と遊び、触れ合い、神に感謝をして眠りに就く」
答えてくれた…この子良い子だ…。確かに、神に祈る頻度は少ないかもしれないけど、概ね一緒なんだな。聖職者っていろんな制限の元過ごしてるのかと思った。するとラルは少し無言になった後、再び口を開く。
「…一日の流れはあまり変わらないかもしれませんが、人が生きる過程では、制限されていることもあります」
「人が生きる…人生で、ってことですか?」
そう尋ねると、ラルは頷く。人生…ライフサイクル的なことの話か? それともスピリチュアルな話?
俺が黙って続きを促すと、ラルは墓石へと視線を移した。
「…私の両親は、どちらも男性で、且つ聖教会所属の人間なのです」
「…ほぅ」
ほぅ、じゃねぇぞ腐男子。俺の両親は女性と男性だったからあまり考えたことなかったけど、ここBLゲームの世界だった。
確か片方がもう片方に魔力を注いで、注がれた方の身体から出て来た魔力核が子どもの元になり、その魔力核を両親が大事に愛情を込めて育てると赤子になる、みたいな話だった。
「…聖教会は回復魔法を持っている者しか所属出来ないため、その体制を保つために聖教会内での婚姻を任意義務としています」
「任意義務なら、外の人でも良いということですか?」
「…はい。ですがほとんどの者はその制約に従っている」
なんで? もし外に好きな人とかが出来たら、俺ならその人と結婚しちゃうけど。するとラルは微かに目を伏せた。
「…もし聖教会所属の人間と外の人間との子が、回復魔法を持たず火、水、木属性の魔法が使えたならば。教徒とその子は分かれて暮らさねばならない」
…あっ! そうか、そう言うことか。政権外の聖教会と政権内の王国。この場合子どもは王国で暮らさないといけない。
「…当然、ある程度の年齢までは両親と共に過ごすことが許されていますが、子は将来どちらかの親と別の枠で暮らすことになる」
「でも聖教会所属同士の子でも、三属性魔法持ちの子が産まれることもありますよね」
「…その場合は総じて養子などの制度が使われているが、ほとんどそういう話は聞かない」
う、うわー。聖教会は回復魔法持ちのみが所属しているからこそ、政権の外での立場を確立してる。だから三属性魔法持ちを所属させるわけにはいかないのか。魔法は遺伝。ほとんどが両親の属性を受け継ぐ。これは…思った以上に話が深い…。
リワラの攻略対象の一人に聖教会所属がいたけど、聖教会と王国の人間の恋は禁断だ、みたいな扱いだった。それってこういう意味だったのか…。何となくは理解してたけど、実際の話となるとまた違った感覚がある。
「…私の両親も、もしかしたら、王国に恋しい人がいたかもしれない。しかし立場上自由なく、婚姻をしたのだろうかと、ふと考えるのです。勿論、私の両親に限ったことではありませんが…」
ポツリと、ラルはそう零した。そっか…だからさっき、父君も幸せですねと言った時、無反応だったんだ。




