一章・ゲッケイの遺産(1)
「久しぶりですわね、ここも」
「そういや“ヒメちゃん”の時に一回来たことがあったね」
あれから数日──私とクルクマの二人は“魔法使いの森”の一角に建つ大きな屋敷の前に立っていました。あの“才害の魔女”ゲッケイの根城だった場所です。
「ここにホムンクルスの研究資料が?」
「いや、資料は全て焼却されたよ。ただ、あーしの記憶が確かなら素体がいくつか残っていたはずなんだよね。あれは一体作るのにも相当な手間とコストが必要だから、そのうち研究再開する時のために取っておいたんじゃないかな?」
「で、あの方にはそれが必要だと」
「そういうこと」
ホムンクルス。人造人間とも呼ばれるそれは錬金術師が目指す到達点の一つです。通常のプロセスとは異なる過程を経て人体を造り出す技術。現在、私達は事情があってそれを錬成しようとしています。
といっても私の場合、錬金術に関しては門外漢なのでほとんどクルクマに任せっぱなしだったのですが。
「たしかにまあ、貴女のお師匠が自分用に用意していたものなら使えそうです」
「他にアテも無いからね、なんとか盗って来るしかないよ」
才害の魔女。つい最近私達が力を合わせてどうにか倒したこの三百歳の大魔法使いさんは“転生”の研究をしていました。年老いた本来の肉体を捨て、新しい肉体に引っ越そうとしていたのです。
私は彼女の罠にかかって転生先の器として選ばれてしまいました。幸いにも難を逃れることはできたのですが、あの婆さん、それでもまだ諦めてはいません。いつかまた蘇って私達の前に姿を現すでしょう。
まあ、そんないつになるかわからない不確定な未来の問題はさておきまして、今回重要なのは彼女が“他人の肉体を乗っ取る”以外の方法でも転生を試みていたという事実です。彼女の弟子だったクルクマによると、ゲッケイは自作のホムンクルスに記憶と人格を移植しようとしていた時期があったのだとか。
結局ホムンクルスの肉体に強い魔力を持たせることが叶わなかったため研究を断念したそうですが、その時の成果の一部がまだこの屋敷に残っているらしく、私達はそれを盗み出しに来た、というのがこの状況なわけです。
ちなみに魔力とは魂から生まれ出るものなので、正確に言えばホムンクルスの問題とは巨大な魔力の持ち主であるゲッケイが満足できるだけの最大出力を得られなかったという話だそうです。魔力の“強さ”とは総量だけでなく瞬間的な出力の上限や回復速度の早さまで加味した総合力のことを言いますからね。
ちなみに私は全ての面で規格外のぶっちぎり最強だと言われています。逆にクルクマは並よりちょっと下なんだとか。あ、でも回復力は割と高い方でしたかしら?
「ロウバイさんも強い魔力の持ち主ですからね」
「そうなんだよ……だから方々から入手した素体のどれも耐えられなくて」
私達がホムンクルスを造ろうとする理由はそれ。
聖実の魔女ロウバイさんを復活させるためです。
聖実の魔女。彼女は私の次にゲッケイの転生先として選ばれてしまった二人目の被害者です。私とは違って完全に肉体を乗っ取られてしまった上、異形と化した姿で私達の前に現れ、最終的にはこの手で彼女の肉体を消滅させることにより決着が付きました。
ところが一か月前、村長から幽霊退治を頼まれ深夜の見回りをしていた私とクルクマは出会ってしまったのです。自分が死んだことに気が付かず徘徊し続けていた、ご本人様の霊魂に。
「そういえばロウバイさんって、今はどうしてますの?」
「眠ってもらってるよ、核になる予定のウィグナイトの中で。ほら」
と、そう言ってクルクマがカバンから取り出したのは綺麗な白い宝石でした。創世三神の一柱で“月の女神”とも呼ばれているウィンゲイトにあやかって名付けられた石ですね。ダイヤ並に硬く魔力との親和性も高いため、よく呪物の核として利用されます。
じっと目を凝らしてみると、なるほど、内部に強力な魔力を持つ何かが封じられているのが見て取れました。これがロウバイさんの魂でしょう。
「よく素直に応じてくれましたわね?」
「いや、なんてことなかったよ。正直に事情を話しただけで納得してくれたんだ。噂以上に人が好いよこの人。あーしらに腹を立てるどころか『ご迷惑をおかけしました』なんて言って頭まで下げてくれちゃうし。調子狂うよね」
「たしかに」
スズランとして生きている今ならともかく、私がまだヒメツルだった頃には周囲にいなかったタイプです。話に聞く限り非の打ちどころの無い正真正銘の善人だそうですし、私としてもちょっと苦手ですわ。
とはいえ、そんな善良な人の死に関わってしまった責任は私も感じているのです。彼女が肉体を乗っ取られたことは私のせいではありませんが、その体を完全に消滅させたのは私の唱えた魔法ですからね。諸々の元凶の弟子であり、私達に協力して戦ったクルクマも心苦しく思っています。
なので私と彼女は話し合った結果、ロウバイさんの願いを一つ叶えることで罪の贖いとさせていただくことにしました。
“帰りたい、子供達に会いたい”
彼女の願いはそれだけ。ロウバイさんは長年大勢の孤児や貧困家庭の子供の面倒を見ており、最初に幽霊の彼女と会った時にも彼等のことばかり心配していました。クルクマが彼女に「あなたはすでに死んでいます」と事実を告げてからも、自分のこと以上に彼等を案じる態度は変わらなかったそうです。
そこでホムンクルスの出番。幽霊は人間にとり憑いて操ることができますし、魂の無い空っぽの肉体ならなおさら簡単に入り込めます。魔力は弱まりますので生前の実力は取り戻せないでしょうが、故郷に帰って親しい人達に別れを告げるだけなら仮の器でも十分なはず。
幽霊のまま連れて行ってあげたら? そう思われる方もいるでしょう。しかし事はそれほど単純ではありません。ロウバイさんはココノ村で操られたまま死んでしまったせいか、強い未練によってあの土地の地縛霊になってしまっていました。つまり霊体のままでは村から一歩も出られない状態だったのです。
そこで呪物の専門家であり幽霊にも詳しいクルクマが一計を案じました。手元にあった宝石に彼女の魂を宿らせ、肉体があるのと同じ“物質で包まれた状態”にすることで土地と魂の結び付きを弱め、村から引き離すことに成功したのです。ナスベリさんの件の時に彼女がいなかったのはそれが理由。
ただ、宝石の中のロウバイさんは外の世界を認識できません。霊感の無い人間にとっての彼女も同じ。私達なら見れば中に霊が封じられていることくらいはわかりますし、直接触れることで意思の疎通も図れます。でも普通の人間に同じことは難しいでしょう。強引に霊感に目覚めさせる方法もあるにはあるのですが、同時に強烈なトラウマを植え付けてしまいかねません。実際そうなってしまった前例を知っています。
だから実体を持つホムンクルスが必要なのです。ロウバイさんの無念を晴らして未練を断ち切ってさしあげるための一時の器として。
私は改めてゲッケイの屋敷を見上げ、一度深呼吸してから気を引き締めました。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「オッケー、ついてきて」
クルクマが先行して屋敷へと近付きます。とりあえずは正面玄関から普通に鍵を開けて侵入。ゲッケイの弟子である彼女は以前ここに住んでいたことがあるため、この辺りならまだ安全圏です。
「上の屋敷に置いといてくれたら問題無かったんだけどね……ま、上は上で罠だらけではあるんだけどさ、あーしは全部配置を知ってるから」
喋りながらも迷わず奥へ進んで行くクルクマ。私はその後ろを遅れないように小走りで着いて行きます。今のところ何も起きていませんけれど、ここは実際には超が付くほどの危険地帯。侵入者は一瞬で命を落としてもおかしくない場所です。
(初めて来た時は死にかけましたわね……)
ヒメツルとしてここを訪れた時のことです。無造作に置いてあった貴重な魔導書に気を取られ、うっかりクルクマから離れてしまったことで酷い目に遭いました。おかげでここには以来一度も足を運んだことがなかったのです。
「あっ」
「ッ!?」
クルクマが声を上げて立ち止まったため、私も素早く身構えました。
ところが振り返ったクルクマはニヤニヤと笑っています。
「ジョークジョーク。いや~、ヒメちゃんが昔ここに来た時のことを思い出しちゃってさ。あやうく首チョンパされそうになりながら落とし穴の縁でギリギリ堪えて必死に叫んでたよね、タスケテーって」
「ぶっ飛ばしますわよ」
誰だって壁から巨大な刃物が飛び出して来てギリギリ魔力障壁で受け止めた直後にすぐ後ろの床が開いて蛇だらけの穴に落っこちそうになったら同じことを叫びますわ。魔女になってから自分の死を意識したのはあれが初めてでしたよ。
「ハハハ、ごめんごめん。でもさ、そう身構えなくてもいいよ。入口までの罠は全部解除してあるから」
「それを先に言いなさいな」
嘆息して肩の力を抜く私。そのまま壁に手を付きそうになって、寸前で慌てて引き戻します。大丈夫だとわかっていても、やっぱりこの屋敷で油断する気にはなれませんわね。
やがて私達は一枚の扉の前に辿り着きました。壁ではなく床にあります。ここが今回の目的地への本当の入口。
「地下にはあーしもほとんど入れてもらえなかったんだ」
扉を開けつつ説明するクルクマ。ゲッケイは秘密主義者で、弟子である彼女にも重要な研究の内容は公開せず、ここにも絶対に入るなと厳命していたのだとか。
「ただ、一回だけ師匠が腰を痛めて代わりに地下の保管庫から資料を取って来いって言われたことがあってね。監視用の毒蛇と一緒だったから悪さは出来なかったけど、保管庫に何があったかくらいは覚えられたんだ」
「地下にも罠があるのでしょう? その時は解除されてましたの?」
「まっさかあ。あの人がそんなにお優しいと思う?」
「いいえ」
「だよね~。どうやったのかわかんないけど蛇を通じて話しかけて来てね。あの時はその指示に従ったから行けたんだよ」
「ふむ……その時の指示の内容は覚えていませんの?」
「もちろん覚えてたよ。いつか必要になるかもって思ったからさ。ところが──」
嘆くように天を仰ぐ彼女。深く深くため息もつきます。
「あのクソッタレお師匠、罠の配置を変えてやがったんだ。そうとは知らずに入って酷い目に遭ったよ。それでもなんとか少しずつ攻略してようやく保管庫の手前まで到達したと思ったのに……そこでまた配置が変わったんだ」
「流石ですわ」
本当に人を騙すのが大好きな婆さんですわね。おそらく定期的に罠の位置や種類が変更される仕掛けなのでしょう。あるいは特定の場所を通過したらそうなるのかもしれません。どちらにせよ、あの婆さんならそのくらい出来そうですし、やるはずです。
「それでまた命からがら逃げ出して来て、流石のあーしもプッツン来ちゃって」
「私のところまで来た、というわけですね」
「そういうこと」
なるほど、我が家に来た彼女が前回より痩せこけていた事情は把握できました。それに私を呼んだ理由も。
「でしたら構いませんね? 力ずくでも」
「もっちろん、そのために来てもらったんだし」
「やっぱりね」
言いながら私はホウキを呼び出し跨りました。クルクマも同じようにしてわずかに宙に浮かび上がります。
そんな自分と彼女を、私はまとめて魔力障壁で包み込みました。




