九章・神威解放(3)
「紹介するわね、この三人はうちの社員でナナカとマドカの弟妹。そっちから見て左の子がムラサ。続いてサキとシキブよ。シキブだけは男の子」
「どうも~」
「サキと申します。あの、今回のことは社長命令だったので許してください」
「強者の余裕ってやつ? 神子様らしく寛大な心で頼むよ~」
さっきまでと同じ軽い調子で語りかけて来る三人。つまり今の戦いは全部社長が企てたお芝居だったと?
「他にも大勢来てたんだけど、もう帰らせたわ。いずれ聖地で紹介する」
「聖地の……魔法使い達……」
だから多彩な魔法を繰り出せたんですね。どうりで違和感があったはずです。目の前の三人だけでなく、もっとたくさんの魔法使いを相手にしていたんですもの。
となると──
「ええと、もうええんかのう?」
「ずいぶん派手な音がしとったが、スズちゃんは大丈夫か?」
「地震まで起きるとはたまげたな。なんちゅう偶然じゃい」
「お~い、誰も怪我しとらんか?」
予想通り、戦いが終わった気配を察して次々に起き上がる村の皆。やっぱりと安堵した私の視線の先で服についた土を払い落とし、あちこちに広がる血の海──ただの血糊──を、おっかなびっくり避けながら集まって来ました。
そして私の姿を見つけ、相好を崩します。
「おおっ、スズちゃんじゃスズちゃんじゃ!」
「おかえり! またちょっと大きくなったのう~」
「びっくりしたかい?」
「当たり前じゃろ。すまんかったスズちゃん。ワシらアイビー様に頼まれて死んだフリをしとっただけなんじゃよ。ほれ、見ての通りピンピンしとる。心配いらん」
「ごめんねスズ」
お父さまもバツの悪い顔でひょっこり現れ、私の頭を撫でました。おじさまおばさまもノイチゴちゃんを抱いて苦笑い。
「戻って来たら皆して死んでんだ、ビビッたろうなあ」
「本当にごめんね」
「スズねえ! おかえり!」
「ノイチゴちゃん……」
「ズズぅ~!!」
ベソベソ泣きながら抱き着いて来たのは、もちろんモモハル。
「おがえりいいいいいいっ」
「コラ、モモ! スズちゃんほとんど裸じゃねえか! 今はやめとけ!」
「待ってて、今、着替え持って来るから!」
私の家へ慌てて駆け込んでいくおばさまと、強引にモモハルを引き剥がそうとするおじさま。必死に抵抗するモモハル。
「やだぁ~っ!?」
「オメエな、いいかげんスズちゃん離れしねえか!」
「ハハハ、こういうのも久しぶりに見たの」
「いやまったく」
「モモハル君も、あれさえ無ければ一人前なのだが……」
そんないつもの光景を笑って見守る村の皆。何をのんきな。こっちは貴方達が殺されたと思って本気で怒ったんですよ? 私の中にはまた怒りが込み上げて来ます。
けれど、皆の笑顔を見ていたらすぐに霧散してしまいました。
「もう……」
「ふふ、許してあげて。悪いのは私なんだから」
わかっています。全部私のためだった。つまり、そういうことでしたのね。私は社長の顔を見上げながらしてやられたと認めます。崩壊の呪いなんてまだ出現していなかったのです。
よく見ると村は周辺を大きな岩壁に取り囲まれているだけで、それ以外何も荒らされた形跡がありません。皆も怪我一つしていない。冷静に観察していたら空からでも十分判別できたでしょう。
けれど、あの予知のせいで私は最初から冷静さを欠いていた。
「図りましたねアルトライン……」
社長とグルになって私を嵌めたに違いありません。あの目玉神……!
「ふふ、慌てて着ぐるみのまま駆け付けたことも徒になったわね。あれは視界が狭いそうだから勘違いさせるのに役立つと思った」
ええ、まったくその通りです。
「悪いなスズ。問題点の報告は受けてっから、すぐに改良しておく」
そう言いながら現れたのはナスベリさん。分解して森に落ちたクマハルを抱えています。回収してくれたんですね。
ていうか、さっきの氷の魔法は貴女でしょう。
私も母の腕の中から謝りました。
「すいません、せっかく作ってくれたのに……壊してしまいました」
「いいっていいって。社長がこんなことさせたのが悪いんだしさ。でも一応確かめさせてくれ。ちゃんと掴めたか?」
「はい」
私が頷くと彼女はニカッと爽やかな笑顔で返します。
「なら、コイツも役に立てて本望だろうよ。すぐに元気にしてやっから心配すんな」
「ありがとうございます」
また会える時を楽しみにしていますわ、クマハル。
「何が目的だったか、理解してるようね」
アイビー社長のその言葉にも頷き返します。
「吹っ切れさせたかった。そういうことですね?」
これまで私は自分で自分の力を封じていた。本当に本気を出したらどうなってしまうかわからない。そんな恐怖心が全力を出すことを妨げ、コントロールにも不備を生じさせていた。一度思いっ切り魔力を放出してみたことで、ようやくそれがわかりました。
ビーナスベリー工房が作っている魔道具と同じです。仕組みが精密になればなるほど歯車の歯が一つ欠けただけで動作不良を引き起こす。魔力制御も心に根を張った不安が障害となって狂いを生じさせていた。しかも制御に失敗して焦れば焦るほどさらに自分を追い込んでしまう。
私はそういう悪循環に陥ってしまっていたのです。アイビー社長達は、それを気付かせようとして一芝居打った。多分クルクマも一枚噛んでるでしょう。ここにはいないみたいですけれど。
「ふふ、貴重な古代兵器まで犠牲にした甲斐があったわ。これで貴女は自分の力の正しい上限を知った。己を知ることは己を御するための第一歩。さあ、さっきの感覚を忘れないうちに試してみなさい」
「ま、待ってください。その前に服を着せないと」
「はいスズちゃん!」
慌てて止める母。そこへタイミングよく戻って来るおばさま。私は受け取った服に袖を通し、すっくと立ち上がります。
「って、いつまで抱き着いてるの!」
「やだ、ひさしぶりだもん」
モモハルはまだ私の腰にしがみついたまま。サザンカおじさまもとうに諦め顔。あのね、いくら久しぶりだからって貴方は男の子ですのよ? いいかげん女の子と触れ合うことに恥じらいを覚えてもいいでしょう? さっきも着替えにくくてしかたなかったです。
まあ、今回はしかたありません。そんなに離れたくないのなら一緒に濡れネズミになりなさい。着替えたばかりではありますが、私は社長に促されるまま呪文を唱えました。
「水球生成!」
今までは必死に小さな球を作ろうとしていました。でも、この際だから思い切り大きな水球をイメージしてみます。
はたしてそれは現れました。
「げっ!?」
「ちょ、ちょっとスズちゃん!?」
「なんじゃありゃあ!?」
遥か上空に現れた巨大な水の塊。それは短い時間ですが、たしかに綺麗な球体を形作りました。
でも、やっぱり──
「あっ、やば、やばっ」
数秒後にはいつものようにボコボコ変形して破裂する球体。大量の水滴が土砂降りの雨のように村全体へ降り注ぎます。
「ひゃああああああああああああああああああっ!?」
「こいつは堪らんっ!」
悲鳴を上げて逃げ惑う皆。
でも、その顔は笑顔でした。
「はっはっはっ、まあ、ここしばらく十分な雨が降っとらんかったしの! 恵みの雨だと思えばええ!」
「流石はスズちゃん! 大したもんじゃ!」
大笑いするおじいちゃん達。
つられて私も笑います。
さらにはアイビー社長達も。
「ふふっ……」
「まだまだ先は長そうだな。でも、ちょっとの間ならできたじゃねえか」
「誰でも最初はこんなもんだよ。スケールは桁違いだったけど」
「ええ、これからも精進を重ねます」
上達のためのキッカケは掴めました。
後は努力を継続するだけ。
そして──
「お母さん、お父さん、それにモモハル……ごめん、私もう一回オサカに行く」
「ええっ!?」
「スズ……」
驚くモモハルと、寂しげな顔でそれでも納得してくれる両親。二人はわかっているようです。私がまだやり遂げたわけではないのだと。
そう、社長から与えられた三つの課題は終わっていない。最後の一つを終わらせて本当の意味で認めてもらえるまで、ここに帰って来るわけにはいかない。
私は再度決意しました。
すると社長も頷きます。
「そうね、他の皆にお別れの挨拶も言わないまま帰らせるつもりは無いわ」
「え?」
彼女の口から飛び出した予想外の言葉。
振り返った私を見上げる社長。いつもは鋭い眼差しを向けて来るその紺色の瞳がかつてないほど穏やかに、私を中心に捉えて微笑みかける。
「実質的には課題をクリアしたようなものでしょ。貴女は彼女をここに連れて来る方法を見つけた。新製品の開発ではどんな困難にも柔軟に対処できる知識と発想力を見せてくれたし、周囲の人間を否応無しに惹きつける魅力も示した。そして第三の課題では友人との絆を見せてくれた。一人でも信頼してくれる人間がいるのは、貴女が他人に対して相応の誠実さで接した証。だから十分。一度戻って皆に挨拶した後は、ここで再び家族と一緒に暮らしなさい」
歩み寄り、両手でそっと私の右手を包む。
とても小さくて柔らかい。
温かい手の平。
「貴女にはこれからも困難が待ち受けている。けれど今回のことで確信したわ。スズラン、貴女はそれでも立ち向かって行ける子。そして乗り越えられる力の持ち主。もっと自分を信じなさい。仲間を信じなさい。忘れないで、その信頼こそが勝利の鍵よ」
そして最後に、こう付け加えました。
「三週間とちょっと、歴代の弟子の中でも最速記録よ。おめでとう」
「ありがとうございます……」
私は涙ぐみ、自然と頭を下げていました。
本当にありがとうございます、二人目のお師匠様。
感極まって、思わず抱き着いてしまいます。
社長はびっくりした顔。
「アイビー社長、大好きです」
「奇遇ね、私も貴女を気に入ったところよ」
そう言って、彼女もまた私を抱きしめてくれました。




