二章・楽園の危機(2)
「なんだろう?」
外では村の皆と領主様の派遣してくれた職人さん達が半月前の戦いで壊れた畑や建物の修復を行っていたはず。聴こえて来るのはその人達の戸惑いの声。
顔を見合わせた私と父は店の外へ出ました。
すると、そこには予想外の光景が。
「え、ええっ!?」
「軍隊?」
驚くお父さま。首を傾げる私。村の北側、緩やかな坂の上から大勢の兵士達が姿を現し、整然と隊列を整えたまま近付いて来ます。
「ど、どうなっとるんじゃノコンさん?」
「子爵様の軍がいらっしゃるなんて聞いとらんぞ」
「そもそも、なんでこんなところに……」
「演習か何かのために通り過ぎるだけじゃないか?」
「いや……待って下さい。あれはホウキギ様の兵ではありません」
部下の皆さんと共に復興作業に参加してくれていた衛兵隊長のノコンさんが、冷や汗を流しつつ頭を振りました。こちらも信じられないものを見た表情。
「へ? じゃあ、ありゃどこの軍隊じゃ?」
「あの旗の紋章、それに甲冑の意匠、間違いない……国王陛下直属で陛下以外には決して動かすことのできない精鋭。王都を守護しているタキア王国二大戦力の片割れ、キンシャ騎士団です」
意匠? あ、胸に神代文字で“金車”と刻印されています、あれですね。旗の紋章も金色の車輪ですわ。なるほど、それでキンシャ騎士団。
「なっ、ななな、なんでそんな軍隊がうちに来るんじゃい!?」
叫んだのは村長のジンチョウゲさん。ツルツルの頭頂部以外まだフサフサで、若干気が小さいところはあるけれど、基本的には温厚なおじいさんです。頭のことを指摘されない限り本気で怒ることはありません。
そんなジンチョウゲさんの疑問に答えるように、兵士達は村の中央広場から少し手前の位置で足を止めました。これで少なくとも、ただ通り過ぎるだけという可能性は消えたわけです。
先頭の一人だけ馬上にいる騎士が声を張り上げました。
「ココノ村の者達よ! 今から陛下より賜ったお言葉を伝える! 心して聞け!」
いいからさっさと本題に。少しイラッとする私。他の人達はこれから何が起こるのかを想像して不安な顔。ほら、おじいちゃん達の心臓に負担がかかってしまいますわ。用件があるなら早く仰ってください。じーっ。
私に睨まれたからではないのでしょうが、騎士は少し慌てた様子で書状を広げ、国王陛下のお言葉を告げます。そういえばこの国の王様ってどんな人なんでしょう?
いや、今はそんなことはどうでもいいですね。しっかり聞かないと。
「ココノ村全域の土地を買い上げることが決まった! 諸君らは、三日以内にこの地より退去せよ! 期日を過ぎてもまだ残っていた場合、それが何者であろうと実力行使を以て排除する!」
──は? 私は耳を疑いました。
「はあああああああああああああああああああああああっ!?」
当然、村の皆も声を上げます。そりゃそうですわ、いったいぜんたい何を仰ってますのあの人。寝言は寝て言いなさいな。
「お、お待ちを!! どういうことです!? まさか今、ワシら全員に村から出て行けと仰られたのですか!?」
「そうだ、三日以内に頼む……」
騎士さんは書状を裏返し、こちらに表を向け皆にも内容が読めるようにしました。とはいえ、そんなことをされても私達に真贋を確かめる術は無いのですが。それらしい署名や落款はありますけど、本物かどうかなんて知りませんし。
ただ、おじいちゃん達は偽物と判断したようです。一斉に反論を始めました。
「馬鹿言え! 国王陛下がいきなりそんなこと仰るわけないじゃろ! そもそもワシらの村を取り上げようなんざ、ご領主様が黙っておらんわ!」
「そうじゃそうじゃ! 国を豊かにしてくれたホウキギ様の意見なら陛下も無視できんと聞いたぞ!」
「さてはお主ら偽の兵隊じゃな? 年寄りだからって騙されるもんかいっ!」
「帰れ帰れ! ここはワシらの土地じゃ! 出て行け馬鹿たれ!」
「待って下さい皆さん! 落ち着いて!」
手に手に農具や大工道具を握って軍隊に詰め寄ろうとする皆。間へ割って入って必死に宥める衛兵隊。復興支援に来た職人さん達は状況を飲み込めず困惑するばかり。
一方、いきなり理不尽な通達をした騎士団の皆さんも戸惑っています。
「やっぱりおかしいよな……」
「しかたないとはいえ、これはなあ……」
「この村の人達が、いったい何をしたってんだ……」
う~ん? 本気で出て行けと仰るならぶっとばしてでもお帰り願おうと思ったのですが、彼等にとってもこれは納得いかない任務のようです。よかった、人並みの良識は持ち合わせていらっしゃるのね。
殺気立つおじいちゃん達と宥める衛兵隊。戸惑う職人さん達とキンシャ騎士団。
そこへ我が家の父が質問を投げかけました。
「あの! 理由をお聞かせ願えませんか! どうして僕達が退去しなければならないのでしょう?」
「む……」
父に問い質された騎士さんは、兜で表情の見えない顔を明後日の方向へそむけてしまいました。なんだかバツが悪そう。
「そ、それはだな……」
「そうじゃ! ちゃんと理由を説明せい! 納得のいくもんでなきゃ誰がそんな無茶苦茶な命令に従うもんかい! 常識で考えい!」
「おう、そうじゃ! カズラとクロマツの言う通り!」
「ほれ、言ってみんか若造!」
「ううっ……」
回答を急かされ、ますます委縮する騎士の人。なんだか可哀想になってきました。
「ええと、その、諸君らの言い分はもっともなのだが、なんというか複雑な事情があってだな……」
「だから、それを説明しろっちゅうとるんじゃ!」
「人に言えないような事情でワシらの土地を奪う気なんかい!」
「説明責任を果たせ!」
相手が弱腰なので逆にどんどん押していくおじいちゃん達。でも、これは流石にまずいかも。頭に血が上って暴走しかけてますわ。止めに入りましょう。私が宥めれば皆も落ち着いてくれるはず。
──なんて考えた、その時でした。私が動き出すより早く整列する騎士達の間を抜けて女性が一人、前に歩み出ます。魔道士と思しき白いローブ姿の彼女は、凛とした涼やかな声を発しました。
「それについては、私からお話ししましょう」
「わっ……」
思わず息を呑む私。同性の目から見ても魅了されるほど綺麗な方です。年齢を固定している可能性もありますが年の頃は二十代半ば。長く艶やかなストレートの黒髪。形の良い睫毛に縁どられた切れ長の瞳。鼻の形が特に素晴らしいですわ。どの角度から見ても美を損なわないよう計算され尽くした彫刻の如し。薄く紅のひかれた唇も一分の隙も無い見事な造形で、寒気を覚えるほどの色香を漂わせています。
(こんな美女、見たことありません)
昔の私は自慢のホウキで世界中を巡っていましたから、美男美女も飽きるほど目にしてきました。この村でもお母さまやレンゲおばさまと日常的に接しています。でも、やはりここまでの美貌は他に知りません。私自身散々美女だと言われていましたし、その自覚もありましたが、正直言ってこの方には勝てないでしょう。
そして何故か彼女の顔を見た途端、おじいちゃん達は青ざめ、一歩二歩と怯えたように後退りました。
「リ……リンドウ……」
「いや──」
お父さまも彼女を凝視しています。その口からは、ついさっき聞いたばかりの名が再び発せられることに。
「ナスベリ……だよね?」
「えっ」
驚く私と多くの人々の視線が集まる先で、しかし不快そうに眉をしかめる彼女。
「たしかにそれは私の名ですが……誰ですか、あなたは? 初対面の男性にいきなり呼び捨てにされるのは不愉快です」
彼女のその目は、本当に父のことを知らないように見えました。