三章・森妃の挑発(1)
「そこの少女」
突然、私の方へ振り返る謎の女性。父が“ナスベリ”と呼んだこの方は、どうやら私を魔女だと見抜いたようです。
私の場合、同業者が見れば一目瞭然ですからね。こちらも感じていますよ、あなたの魔力を。
(けっこう強いですわ……流石にゲッケイほどではありませんが、今まで見て来た中ではかなりの上位)
仮にこの方がタキア王国お抱えの魔道士だとすると、おそらくはトップクラスの地位にある人物でしょう。戦うことにでもなったら厄介そうな相手です。佇まいからして強者の風格が漂っていますもの。
そんな彼女は、続けて私に質問しました。
「この村は地脈の交点にある。魔女の貴女なら気付いていますね?」
「……はい」
質問というか、確認ですねこれは。おおかた調査済みなのでは? まさしくその通りで、ココノ村は地中を流れる魔力の河が交差する場所に位置しています。実を言うと私が母の茶畑に撒いて父の雑貨屋でも販売している特製肥料は、それを利用することにより極めて高い栄養価を引き出したもの。
でも、それと私達への退去命令に何の関係が?
「──不意に名を呼ばれたことで驚いてしまい申し遅れましたが、私はナスベリ。魔道具の開発と販売を主に手掛ける企業、ビーナスベリー工房の副社長です」
「んなっ!?」
「ナスベリが……会社員じゃと!?」
おじいちゃん達、驚くのはそこですの?
私は別のところにびっくりしました。ビーナスベリー工房と言えば、うちの店でも取り扱っているあの“冷蔵箱”を始め、様々なヒット商品を生み出してきた世界で最も有名な魔道具メーカーです。そこの副社長さんならタキア王国のお抱え魔道士よりもさらに大物ですわ。
しかも、あの会社の社長は、たしか──
今回の件のからくりに薄々気付き始める私。そんな私から視線を外し、ナスベリさんは改めて村の皆の顔を見渡します。その目に故郷の人々を懐かしむような感情は一切ありません。
彼女はただ淡々と、仕事として説明を続けました。
「我が社では現在、本社とは別に新商品の開発を行うためのラボを建設する計画を立てております。候補地はいくつかありましたが、社長はこの村こそ最も相応しい場所だと判断されました。たしかに地脈の交点にあるココノ村は魔法の実験を行うにあたり最適な土地だと言えるでしょう。
──だから皆さんには退去していただきます。もちろん無償でとは言いません。我が社では、それぞれの土地・家屋等、皆さんの資産から算定された見積り額の十倍をお支払いする用意があります。それだけでなく一時的に王都の宿へ移っていただき、その間に別の場所に新たな“ココノ村”を開発する予定です。完成後そこへ移住してください。工賃や土地代は一切かかりません。当然、王都滞在中にかかる費用も全面的に当社が負担させていただきます。けして皆さんに負担をおかけしないことを、ビーナスベリー工房の威信にかけて誓いましょう」
「なん……じゃと……」
「これは、いったいどうなっとる……」
ざわつく村の人達。にわかには信じ難いですが、彼女の言葉が事実なら破格の条件です。土地さえ明け渡せば資産は十倍。王都でしばらくのんびり生活できる上、その間の費用も無料。おまけに新しく住む場所まで手配してくれる。たしかに私達は一切損をしない取引。少なくとも物質的には。
けれど──
「馬鹿を言うもんじゃないよ」
そう言って歩み出たのは、村の最長老ウメおばあちゃんでした。彼女はナスベリさんをまっすぐ見つめながら問い質します。
「アタシゃどこにもいかないからね。ココノ村はここだけだ。アタシの亭主も息子も孫もここで眠っとる。よそへなんか移りたくない。いくら金を積まれたって家族との思い出がある土地を売っぱらったりするもんか。だいいち、アンタにとってもここは故郷だろうに、どうしてそんな酷いことが言えるんだい?」
「故郷?」
ナスベリさんは、また眉をひそめました。ウメさんの言っていることが理解できないという表情。
それを見てウメさんや他のご老人達は驚きます。
「どうしちまったんだナスベリ。お前さん、まさか忘れちまったとでも?」
「ワシらのことも、カズラのこともわからんのか?」
「カズラ……?」
不可解そうな表情で再びうちの父を見るナスベリさん。
その瞬間、私は確信しました。この方は本当にお父さまが言っていた“ナスベリ”さんなのだと。
何故なら、ここにいる誰も父が“カズラ”だと言っていないのです。なのに当たり前のようにこちらへ振り返りました。本人はその違和感に気が付いていないようですが。
(この方、もしかして記憶を失っていますの?)
父とレンゲおばさまは彼女が突然姿を消し、そしてずっと帰って来ていないと説明してくれました。記憶喪失になって故郷を忘れているからだと考えれば辻褄が合います。
偶然……では、ないのでしょうね。彼女の背後にいる人物の思惑まではわかりませんが、おそらくなんらかの意図があってあんな状態の彼女を差し向けたのです。
ナスベリさんは父を見つめ、しばらく考え込んでいましたが、やがて目を逸らし背中を向けました。
「社長の決定は絶対です。あの方がこの土地を欲した以上、タキアの国王陛下であっても異を唱えることはできません。考える猶予は今日を含めて三日。どうか、その間に結論を出してください。場合によっては宣言通り実力行使を行います。できれば、そうしたくはありません。私は期日までここから北に一時間ほど進んだ地点で待機しています。結論が出た場合も、相談がある場合でも、いつでも歓迎しましょう。
それから、言って下されば思い出の品々も出来る限りここから搬出し、当社で保管しておきます。移住後には全て返却しますので、失われることはありません」
──なるほど。事務的で冷たい人のように見えましたけれど、最後に本音を覗かせましたね。けして悪い人ではなさそう。
(まあ、お父さまの幼馴染で、お母さまのライバルですもの)
よく考えたら悪人なはずありませんわ。
しかし、だとすると結局これはどういうことなのでしょう? キンシャ騎士団も彼女と一緒に一時撤退しました。残された村の皆や職人さん、そして本来なら向こうにつくべき立場の衛兵隊は言葉を失い、去り行く背中を見送るばかり。
本当に不思議。相手の思惑もわかりませんが、同時に私は村の皆の様子にこそ困惑しています。最初はあれだけ怒っていたおじいちゃん達なのに、ナスベリさんの顔を見てからはずっと意気消沈したまま。まるで叱られた子犬のように見えるのです。
それに最初、あの方を“リンドウ”と呼びましたわ。
私はしばし考え込み、やがて父の袖を引きます。
「お父さん」
「あっ、な、なんだいスズ?」
父もやっぱり悩んでいる様子でした。この村とあのナスベリさんの間に何があったのか聞いておきたいところですが、皆まだそんな話をする気分ではなさそう。だから先に別の疑問を解決しておくことにしましょう。
「ちょっと師匠のとこまで行って来る。今回のことを相談してみるよ」




