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四章・大人の罪科(3)

「ああもう……」

 カタバミはバツが悪そうに頭を掻き、やはり立ち上がって頭を下げた。

「あたしこそ、さっきはごめん。酷いこと言っちゃった」

 リンドウ達の件は当時の大人にばかり責任があったとは思わない。あの頃、子供だった自分達も彼女達に対する大人の態度には疑問を抱いていた。でも誰も彼等を諫めることをしなかった。


 ──リンドウの悪戯は実害こそ無かったものの、どんどん度が過ぎたものになっていき、ついにはアレが起きた。

 ココノ村のやり過ぎ肝試し。後に周囲の村々からそう呼ばれた事件。村の近くに古代の地下遺跡があるのだが、リンドウはそこに大量の幽霊を誘い込み、さらに村からさらった子供達を放り込んで本物の心霊体験を味わわせた。

 助けに来た大人達まで被害に遭ってしまい、ココノ村の住民はその大半が幽霊恐怖症になったのだ。結果、リンドウとの溝はますます深くなり、そして──


 彼女達も消えた。


 やりすぎ肝試しから四年後、リンドウが姿を消し、それからしばらく祖父母の家で面倒を見てもらっていたナスベリも忽然と姿を消した。

 だから、他の友人達は村を出て行った後も居場所がわかっているのに、ナスベリだけは行方知れずのままだった。生きているのかそうでないのか、それすらわからぬまま二十年以上の月日が経っている。

 失踪当時、ナスベリは十三歳だった。まだ十三歳の少女がこの小さな村を離れ、どんな人生を歩んだのか今は想像もつかない。

 そうだ、カタバミは思い出す。こんなところで雁首揃えて反省会なんて開いている場合じゃない。本当に問題を解決したいなら会いに行かなくちゃ。話を聞かなくちゃ。彼女はもう行方知れずじゃない。すぐ目と鼻の先で待っているのだから。

 でも、そう思った彼女の肩にカズラの手が置かれる。

「今日はもう遅い。明日にしよう」

「……そうね」

 それにスズランのことも放ってはおけない。夫の言葉に納得した彼女は、彼の手に自分の手を重ねながら皆に向かって呼びかける。

「明日、ナスベリのところへ行こう。昔のことを謝って、その上で計画を中止してくれるよう頼んでみるの」


 ──だが、老人達は同意も拒絶もしなかった。俯いたまま座り込んでいる。


「どうしたの? 反省したんでしょ? だったら本人にそれを伝えなきゃ」

 たった今、自分とカズラには謝ってくれたじゃないか。なら、それと同じことをすればいいだけだ。

 そう思うのに、誰も動き出そうとしない。

 一人が苦々しく呟く。

「謝っても、今のナスベリにはなんのことだかわからんじゃろ。記憶を失っちまってるんじゃあな……」


 は?


「だから何よ……相手が理解できないなら、謝る必要も無いっての? 無意味だから何もしないっての?」

 呆れた。結局この人達は何も変わっていない。リンドウ達を村八分にしていたあの頃と同じままだ。カタバミの目の端に涙が滲む。

「スズが怒ったわけよ……」

 きっと、あの子も同じように提案したはずだ。ナスベリに謝ろうと。結果がどうなるとしても、まずはそこから始めるべきだと。


 なのに老人達は否定したのだ。無意味だからと座り込んだ。

 ただ自分達が臆病なだけなのに、相手のせいにした。


「だったら、いつまでもそこに座ってなさいよ。あたしとカズラだけだって、明日は絶対ナスベリのところまで行って来るから」

「ちょっと、もちろんうちも行くわよ。一家全員でね」

「勝手にのけ者にすんじゃねえ」

 唇を尖らせるレンゲとサザンカ。そうだった、この二人は自分達出戻り夫婦が村中から白い目で見られていた頃にだって普通に接してくれた。

「わかった、一緒に行こう」

「とりあえず今夜は家に帰るとしようか」

 そう言って踵を返すカズラ。カタバミのその後に続いて階段を上がる。まずはスズランを連れて来なくては。




 階段を上がり、クルクマが療養している部屋のドアを叩く。

『どうぞ』

「失礼します。えっと、うちの子が来てませんか……」

 中へ入ると、案の定、スズランとモモハル、そしてノイチゴがベッドの上で寝ていた。

 クルクマはその横で、椅子に座りながら子供達を眺めている。

「ついさっき泣き疲れて眠ってしまいました。モモハル君達はスズちゃんを慰めてるうち、一緒にコテンと。こちらはお出かけで疲れていたんでしょうね」

「あらあら、すいません。この子達ったらもう」

「怪我人の寝床をとるなよ」

 後から入って来たレンゲとサザンカがそれぞれ子供達を抱き上げる。カズラもスズランを起こさないようそっと抱き上げた。

「いえ、別にもう動ける程度には回復していますから、それはいいんです。でも、この分だとあと三日でここから出て行かなければならないでしょうね」

 スズランから聞いたのだろう、クルクマはすでに事情を把握していた。立ち上がり、腰に手を当てながら探るような目付きで問いかけてくる。

「どうするおつもりです? 相手はタキア王国そのものと世界一の大企業。さらには世界最強の魔女ですよ?」

「世界最強? まさか、ナスベリがですか?」

「いえ、彼女の上役の方です。森妃(しんぴ)の魔女。ビーナスベリー工房の社長で魔法使いの森の管理者。さらに言えば“盾神(じゅんしん)テムガミルズ”と契約した神子(みこ)でもあり、あの伝説の魔王を打ち倒した英雄の一人。大陸七大国の王“七王”にも名を連ねていて、他の七王が逆らうことのできない唯一の存在。今回の件は彼女の意向だそうですから、タキアの国王陛下は言うことを聞くしかなかったんでしょう」

 タキア王は凡庸な人物と言われている。だが、けして悪人ではない。本来こんな理不尽な命令を下すはずはないのだ。

 説明を受け、カタバミ達は改めて相手の強大さを実感する。そんなとんでもない魔女の意志を曲げさせることなどできるか? 自問して、老人達と同じように無理だと結論付けそうになってしまう。

 けれど怯えを見せた彼女達に対し、すかさずクルクマが伝えた。

「スズちゃん、謝りたいって言ってました」

「え……?」

「おじいちゃんやおばあちゃん達に酷いことを言ってしまった。自分はその頃いなかった、本当は何があったのか、よく知りもしないのに怒って傷付けてしまった。だから少し頭を冷やして、きちんと謝れるようになったら謝る。明日には絶対に、ごめんなさいって言うそうです」

 カズラに抱えられたまま眠る少女を、彼女は優しい目で慈しむ。

「スズちゃんに相談を持ちかけられて、私も色々考えてみました。でも駄目です。やはり私ごときじゃ森妃の魔女を出し抜く方法なんて思いつきません。

 ただね、それでいいんじゃないかなとも思うんですよ。結局のところ商売でもなんでも、相手に自分の正直な気持ちを打ち明けることが第一歩なんじゃないでしょうか? 取引を持ちかけるにしろ頼み込むにしろ、まずは信用してもらわないと始まりません」


 その結論は、奇しくもカタバミがさっき辿り着いたものと同じだった。


「……はい、私達もそう思っていました」

「なら話は早い。私も出来る限り手伝いますから頑張りましょう」

「ありがとうございます。クルクマさんにはいつも助けていただいて……」

「いえいえ、好きでやっていることですから」


 そんな会話を交わして、とりあえず今夜はそれぞれに休むことになった。カタバミ達が一階の食堂へ戻ると老人達は一人を残していなくなっている。

「ウメさん、他の皆は?」

「帰ったよ。一晩、じっくり考えてみるそうだ」

「そう……」

「なら、ウメさんはこのままうちに泊まっていって。ウメさん家、高台じゃない。こんな暗い時間に帰らせられないわ」

 レンゲの提案に頷き、立ち上がるウメ。階段へ近付き、サザンカの手を借りて一歩一歩段を上がっていたが、不意に足を止めて呟く。

「お前達」

「なに? ウメさん」

「村は無くなっちまうかもしれん。いや、昼にナスベリが言っていたことが本当なら別の場所へ移されるのか。でも、それでもたくさんの思い出があるこの場所は消えちまう」

「……うん」

「でも、アタシもナスベリに向かって、あんな啖呵を切った手前、言いにくいんだけどさ、別にそうなっちまってもいいよ。皆の情けない姿を見ていたら思ったんだ。過去にしがみつくばかりじゃ前に進めないって。何事も気の持ちようだ。どこに移されたって、そこにアタシらがいる限り、その場所こそが“ココノ村”なんだ。だから気負わず好きなようにやりな。悔いを残さないように」


 そしてまた歩き出すウメさん。年老いて、階段を上がるだけでも人の手を借りなければならないのに、その背中はなんだか大きく見えた。


「ウメさんは明日、どうする?」

 カタバミが最後に意志確認を行うと、村の最長老は片手を挙げて答える。

「そりゃもちろん行くさ。腰が痛いから休みたいところだけどね」

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