四章・大人の罪科(4)
同時刻、ナスベリは一人テントの外で星を眺めていた。周りには今も兵士達がいて周囲を警戒してくれている。万が一の可能性だが、ココノ村の住民達が強硬手段に出ないとも限らない。もちろん普通の農民がそんなことをしても返り討ちにされるだけ。だが聞いた話によると彼等には切り札があるらしい。
(おそらく、あの子かな)
白い髪に反射された光がプリズムを通したように虹色に輝く、不思議な特徴を持つ少女。十歳かそこらだったように見える。ただ、顔は上手く思い出せない。はっきりと見たはずなのに記憶が霞がかっている。なんらかの術を使って自身の顔に対する認識を誤魔化していたようだ。
素直に感心する。ある程度訓練を積んだ大人の魔法使いであっても、簡単にできることではない。誰かに教わったのだとしても、あの手の術は維持にもなかなか気を遣うものだ。素晴らしい才能の持ち主なのは確かである。
(魔力の底も見えなかった……あんなのは社長以外では初めて。いや、もしかしたら社長以上かも)
まさか“最悪の魔女”以外にそんな人間がいるとは。悪の三大魔女の一角で八年前から行方の知れない賞金首。直接の面識こそ無いが、社長は多少知っていたという。魔法使いとしての技量こそ拙いものの、魔力の強さだけは世界一だったと、そう語っていた。あの時はただの冗談だと思ったものだが、実際に彼女を上回るかもしれない才能を目の当たりにしたことで認識が改められた。世の中は広く、まだまだ未知の怪物が潜んでいる。
あれだけの力の持ち主がいれば、やはり万が一はありうる。
(条件を呑んでくれれば、いいけど……)
彼女達が戦うことを選んだ場合、キンシャ騎士団やタキア王を巻き込んでしまった手前、こちらも本気で対応せざるをえない。あの少女の魔力はたしかに脅威だが見たところ技量の方は未熟なようだ。冷静に対処すれば確実に制圧できる。
魔力が強ければ強いほど、その制御は困難になる。あの時も彼女は感情の起伏に伴って簡単に制御を乱し、力を噴出させそうになっていた。冷静さを保ってもらうためこちらもあえて力を示し牽制しておいたが、今になって思うと幼子に正確に意図が伝わったか自信が無い。自分より弱い相手だから勝てるなどと誤解させ、かえって戦意を煽ってしまった可能性もある。
(私がここに派遣された理由は、あの子が暴れた場合の対処のため?)
正直わからない。ナスベリには今回、詳しい説明がなされていないのだ。ただココノ村を接収してラボを建てろとだけ命令されている。そのためならいくら使っても構わないし、村の住民達には出来る限り手厚いケアをしてやれとも言われてはいる。
けれど、そもそもなんのための計画か、何故あの土地でなければならないのか、そしてどうして自分が差し向けられたのかは不明。何一つ教えてくれない。地脈の交点は世界中に点在している。ココノ村でなければならない理由なんて無いはずだ。
(社長、今回はどういう意図なんですか……?)
あの人は時々こういうことをする。長生きしているからだろう、他人は全て子供扱いだ。そして極力自分で考えさせるのが教育方針。出題された人間は自力で答えに辿り着かなければならない。
ナスベリは魔道士として高い実力の持ち主だ。彼女自身、そう自負している。
だがビーナスベリー工房社内には彼女と同等かそれ以上の術者がザラにいる。あそこはそういう場所だ。世間では名を知られていない腕利きの魔法使い達が数多集う一種の魔境。なら、あの少女を封殺するのに選ばれるのは他の誰かでも良かったはず。真の狙いは別にあると考えた方が良い。
(……私の故郷か。本当に、そういうことなのかも)
単に顔を向けていただけで実際には何も見ていなかった星空から目を逸らし、代わりにココノ村の方角を見つめる。今夜は月明かりが眩しいほどだが、それでも当然ここからは何も見えない。鬱蒼と茂る草木に隠されてしまっている。
ナスベリの記憶も同じだ。彼女にはある時期から以前の記憶が無い。何度思い出そうとしても、けっしてその暗がりの奥を見通すことができない。
(まさか、ここに来て過去に出くわすことになるなんて……)
ココノ村の人々は自分を知っていた。おそらく事実なのだろう。故郷を奪われるかどうかの瀬戸際に立たされている彼等が、あの状況で嘘をつくとも思えない。そんな余裕など無いはず。
「なら、やっぱり私は、あそこで生まれた……?」
あるいは一時、身を寄せていただけ?
真実を知りたい気持ちは、もちろんある。
(でも加減はしない)
謎かけの答えがわからない限り、自分は行動を変えない。かつての少女がどこで生まれ育った人間だろうと今は違う。森妃の魔女が率いる企業ビーナスベリー工房の一員。それが現在の自分。大恩ある人々と工房のため、社命には忠実に全力で取り組むのみ。
結果、故郷が消えて無くなろうとも。
記憶が無いからだろう。特に悲しいことだとも思わず、彼女はまた星を見上げる。村の住民がどんな決断を下すのか。今はただ、その時を待つのみ。




