教唆<※麗華視点>
麗華は怒りに打ち震えていた。
黒鵜の持ちかけた取引の内容に。
「敬子を差し出すなんて……」
しかも、その話に麗華自身が乗ると思われていたなんて。
「私は、そんな人間じゃないわ!」
そう叫ぶ麗華に、黒鵜が毒を吹き込むように囁く。
「では、貴女は大人しくあの鼠の妖に食べられる気ですか?」
「それは……っ」
麗華は唇を噛んだ。巨大な妖を前にして、退治屋達は圧倒的に不利な状況だ。
このままでは、麗華が鼠の餌になるのは時間の問題だった。どうすれば良いか分からず、麗華の焦りばかりが募る。
「……っ……麗華……?」
麗華が悩んでいると、鼠が手放した祖母が意識を取り戻した。
「お祖母様?」
「……戻って来てしまったのかい。馬鹿な子だねえ」
「お祖母様、退治屋を連れてきました。きっと助かります」
麗華は自分にも言い聞かせる様に話す。そうしている間にも、退治屋達と鼠の攻防は続いていた。
師と弟子の退治屋二名が、ついに小さな鼠の群れに飲まれた。
子連れの退治屋と嵐が、必死に鼠達を追い払っているものの、キリがない。
敬子の張った結界の中には、負傷者達や子供が入っていた。祖母が敬子に目を移す。
「あの子は?」
「……従妹の敬子です」
「敬子は、自力で結界を張れるのか……?」
「そうみたいですね、私も知らなかったわ」
里に居た間、人知れず努力していたのだろう。巫女に関する文献が残っていたのかもしれない。
あの里の者は、誰も敬子の結界のことを知らないのではないだろうか。
今思うと、敬子は他の子供達と距離を置く様な子供で、麗華はそれが気に入らなかった。里長の娘だからと、お高く止まっているように見えて。
でも、違ったのかもしれない……
「六角、あそこで結界を張っている娘が見えますか?」
不意に、黒鵜が声を出した。鼠に向かって話しかけているようだ。
鼠は、六角と言う名前らしい。
「あの娘も巫女の血を引いている……国宝を付けてやれば、巫女の出来上がりですよ」
「黒鵜っ!」
麗華の咎める声もどこ吹く風だ。
黒鵜は、面白そうに目を細めながら、敬子の方を指差している。
鼠の紅い目が、ギョロリとそちらを向いた。




