罠<※麗華視点>
麗華は次郎達と共に、祖母である巫女の救出へと向かった。
少しの間だったが、今まで麗華が過ごしてきた宮殿内だ。目にする景色も見慣れている。
ただ、今日はいつもと空気が違う。真夜中に侵入している所為だろうか、いやそれとも異なる。
宮殿の中は、心臓をザラザラと撫でられるような不快で重苦しい空気に満ちていた。麗華は一歩一歩、恐る恐る歩を進めていく。
真っ暗な中を、蝋燭の明かりを頼りに廊下を進んだ。
「お祖母様、助けにきました! 麗華です!」
麗華は、大きな声で祖母に呼びかけた。
「おい馬鹿! 声を張り上げるな」
嵐が小声で麗華を嗜めたが、麗華は眉をひそめて平然と言い返す。
「だって、こうでもしないとお祖母様が見つからないじゃない。一刻を争うのよ? 助けが来たと分かれば、お祖母様も安心するわ」
「おいおい、冗談だろうお嬢様。妖の巣の中で大声で呼び回るなんざ、狂気の沙汰だぜ?」
大げさに両手を上げる嵐を麗華は冷たい目で見つめた。
「今更妖に怖じ気づいているの? あなた、退治屋でしょう?」
麗華は敬子の怒りを買った一言を、嵐にも投げつけた。嵐は、驚いた様に目を見張っていたが、次第にその表情を歪める。
その様子を見た、嵐の兄弟子の真が、二人を宥めた。今は、仲間内で争っている場合ではないのだ。
いつ、どこで妖が見ているか分からない。
「巫女様、いくら退治屋と言っても自分の命は大事です。俺達は、無駄に散らすような真似はしません。確実に仕事を全うする為にも、今は危険な行動は避けるべきです」
麗華は、真の言葉にも納得がいかなかった。
あの日、宮殿を逃げ出した日……祖母は自分を身代わりにして麗華を逃がしてくれた。
巫女の首飾りを手に取って首に掛けた祖母。それで妖から狙われるのだと分かっていても、彼女はためらわなかった。
軟禁されて、あんなにも弱っていたのに……
少しでも早く祖母を助けたいと、麗華は焦っていた。
「不満そうな顔だな。良いぜ、俺達と別行動を取っても。俺達の今回の依頼は妖退治と巫女のばあちゃんの救出だ。アンタの護衛は含まれていない」
真と嵐の師匠である次郎が口を挟んだ。彼は、意外にも頭に血が上りやすい性格のようだ。
先程の「退治屋でしょう」という言葉は、退治屋達にとっては禁句である。
いくら危険な仕事をして生計を立てているとはいえ、彼等だって人間だ。退治屋というだけで理不尽な目に遭わされる謂われはない。
退治屋達の呆れた結束力を見せつけられて、麗華は溜息をついた。
「分かったわ、勝手な行動は控える」
ここで、見放されて困るのは麗華だ。祖母の安否が心配で気がはやるが、妖の住処では退治屋に従うのが賢明だろう。
麗華にもそのくらいの分別はあった。
※
「ここを奥に進むと、以前お祖母様が軟禁されていた部屋に行き着くわ」
麗華が部屋への道を指し示した。廊下からでは辿り着くことが出来ない部屋だ。
部屋と部屋の間に、囲まれるように位置するその場所は、軟禁にはうってつけだった。
「罠を仕掛けられているかもしれない、慎重に進むぞ」
一番前を歩いていた次郎が指揮を執る。次郎達の他にも、壮年の男の退治屋二人組が一緒に行動していた。
一番危険な先陣を切って、次郎は麗華の祖母が捕われている場所へと続く部屋の襖を開く。
襖を開ける瞬間、全員緊張が走った。
しかし、開けた先には、闇に包まれた無人の座敷が広がっているだけだった。妖の姿は、どこにもない。
「っ……拍子抜けだな。何もいないじゃねえか」
一同は安堵の息を吐いた。襖を開ける毎にこれでは身が持たない。
麗華は次郎達と壮年の二人組の間に、守られるように立っていた。彼等は、余計なことさえしなければ、麗華のことを守ってくれる。
敷き詰められた畳の上で、麗華は次の間へと続く襖を見つめた。
「次は俺が開けよう」
一人の壮年の男が進み出る。退治屋達は平等制を重んじるらしい。
だが、壮年の男の手が襖にかかった次の瞬間、襖の奥から突き出た鋭い突起が彼の胸を貫いた。
暗闇でも分かるほの白い物体が、男の体を突き破り、その先端を黒く染めている。
麗華は、恐怖に身を引きつらせた。光のある中で見ればそれは真っ赤な血なのだろう。
退治屋達は、麗華を後ろへ下がらせ、各々の武器を用意する。
襖から突き出た突起物は、男の体から抜き出され、襖の向こう側へと消えていった。
刺された男は襖に倒れ掛かり、ずるずると地面に伏して姿勢を崩すと、そのまま動かなくなった。




