第32話 炎帝と迅雷
修正。
ジンは驚くべきスピードでグレンとの距離を詰めた。
空中での連撃は雷の卦繋法に後押しされて、その手の動きはほとんど霞んで見えないほどだ。
“ギギギギギギャッン”
「!?」
しかし、それを無表情で捌きつづけるグレン。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、上段に見せかけた突き込み、胴なぎ払い、上・中・下三連撃に加え回し蹴り、肩口から突き込むストレートパンチの影から蹴り上げ・・・・・。
その攻撃に対して避け、いなし、誘い、打ち負かす。
空中でありながらそれを苦にせず、それどころかより立体的に戦いつづける。
受けたと思えば突き返し、相手を怯ませる。剣を合わせたかと思えば、ぐるんと体を捻り相手の真下から斬り上げる。
そのポーカーフェイスからは何も窺えず、何も悟らせない。
嫌味なほど冷静に、正確に魔剣を操る。
死を振り撒く長剣同士がぶつかり合う金属音は絶え間無い。耳障りな音が二人の間で流れつづける。
何合打ち合っただろうか?・・・・・不協和音を奏でる合唱は永遠に続くかと思われた・・・・・しかし、
「くっ・・・・・はぁはぁはぁ」
「・・・・・」
自分が放つ卦繋法の威力に堪えかねて飛びのいた。
攻め続けていたのはジンだったが、結果は歴然だった。
防戦一方に思われたグレンは戦いを支配していた。
RPGゲームなどをしてると勘違いしがちだが、刃物を使った戦いはほとんどが一撃必殺となる。
体を鍛えば刃物を受けてもダメージが無いというのは幻想で、それは魔法があるこの世界でも一部の例外を除けば刃は避けるか武器で防ぐしかない。
必然的に技量が同等ならば、体力の劣る方が負ける事になる。
そして、その体力が劣る方なのはジンだった。
「はぁ・・・・はぁ・・・・くっ」
「・・・・・」
激情に駆られたように見られたジンだったが、表面とは裏腹に頭は完全に冷静に戻っていた。
先の連撃も、勝算はあり、その根拠もあった。
しかし、完全に受けきられた。
この攻防は失策だった言わざる負えない。
体力的に劣っていたのは百も承知だったが、雷の卦繋法を用いてスピードで負けてしまった。
卦繋法は六角ニ柱の中の一つの属性と気を繋げることによって発動する。
ジンが使っているのは雷の属性の卦繋法、グレンが使っているのは火の属性の卦繋法だろう。
そしてここに於いて、属性には特質があることを知っておかなければならない。
魔法使いは己の特質を把握し、魔法を使う。
なぜならば、特質によっては相性の悪い魔法もある。決して発動しないというわけではないが、魔力の消費や発動スピード、また威力が大きく左右される。
例えば、《加速》の特質を持った魔力を用いてスグルの“風身”を使えばより身軽になり、《穏やか》と呼ばれる特質を引き出して“風身”を使うと《加速》に比べてその効果はだいぶ下がる。その《穏やか》の特質を活かすならば、回復系統の魔法が最適である。
このような特質は何百とあり、属性ごとによって同じような効果でも違う名称がつけられたりするのだが、それは学者などが研究する領域なので置いておく。
要するに自分の特質を把握していれば魔力の消費を押さえられ、ぐっと魔法が使い易くなりますよということだ。
さて、卦繋法はエクシードとエナジーを繋げて使う技。一つの属性をエクシードと噛み合わせてそこから爆発的な力を引き出す技である。故に、卦繋法と特質は密接な関係にある。
卦繋法は特質をより顕著に体現するため、卦繋法術士と呼ばれる卦繋法使いは魔法使いよりも特質に詳しくなければならない。
ジンの雷の卦繋法の特質は《雷化》、《加速》、《予測》である。
《加速》は言うまでもなく、《予測》は思考能力を高め、加速した運動能力をアシストする効果がある。それらの速度に特化した能力を持っているはずなのに押し切る事が出来なかったのだ。
この出来事はジンに衝撃をもたらした。
《炎帝》と呼ばれるようになるまでの数年間をジンは知らないが、これは経験の差が出た結果なのだろうか?
いや、経験の差と言うには不可解な点がある。
ジンの方はグレンの卦繋法について何の予備知識も無いが、グレンの方はジンがスピードに特化してる事を知っていたはずだ。経験が豊富なほど相手の土俵で戦うことの危険性を理解してるはず。
戦いは過程ではなく結果がものを言う世界だ。
英雄とも悪魔とも呼ばれるほど名声を高めた人物がそれを理解して無いとは思えない。
(―――なら、戦って勝つ事が目的では無いのか?分かり易く挑発してきて、私はそれに乗った。何が狙いだ?)
ジンが息を整えている間もそうだ。積極的に攻めて来るわけではなく、無表情にこちらを観察してくるのみ。
相変わらず整ったオーラを纏い、無言で圧倒的なプレッシャーを放ってくる。
紅のオーラは戦う前から全く揺るがず弛まず、衰える素振りを見せない。下段に剣を構えたというよりも“だらり”と上半身を弛緩させ、どんな攻撃にも対応できるようにしている。
(―――真意を見せないか・・・・・ならば、)
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
「・・・・・!!見せて下さい、あなたの《ジンライ》を」
グレンのささやき声はジンには届かず、ジンは自らの中に没頭していく。
(―――全力を!!)
気息と共に卦繋法を巡る連環の流れを支配下に置く。
(―――自分の主人であれ)
卦繋法は魔力が大きいほど制御が困難になる。その点で幸いにも、ジンの魔力は大きなものでは無い。しかし、雷の属性は形を作りづらく、魔法においても卦繋法においても制御の難しさではトップクラスだ。
そのため、スグルなどは雷の魔法をめったに使おうとしない。
(―――己を律するが如く、めぐりめぐるこの力をっ!!)
“キュゥィィィインッ!!!”
甲高い警笛のような音と共に黄金の光が幾筋もジンの体から溢れ出す。
それを見てグレンは受けの態勢を作る。
「“魔界の血《マグマ》よ、守護を”」
赤というよりも透明なオレンジの膜がグレンの前面を覆った。
秒差0.5秒後。瞬間的にジンの技が発動した。
「セイッッッ!!!」
―――《刃雷》―――
スグルの前で見せたのと同じ技が目の前で発動。
しかし、技の威力と規模は二倍近くある。
長大な刃がグレンの守護壁に激突し、攻めぎ合う!!
(―――やはり、戦う事が目的では無いのか)
ジンの卦繋法の速度を圧倒できるほど力を持っていながら、攻めに転じない。
ジンの体力もそろそろ限界かもしれない。
しかし、いずれにしても決着が着くはずだ。
これから放つのが真の意味でジン固有で専用の《ジンライ》、最大級の技だからだ。
“がががががががががっ!!”
《刃雷》の一撃に守護壁が耐え切った。
その時にはジンも準備を終えていた。
長剣に稲妻を走らせ、横向きに構える。
『この身を一閃の雷と成す。
すべては一瞬の光。これが―――《迅雷》』
“斬ッ”とした勢いを以って、一筋の光となって守護壁を切り伏せた。
まさしく、全ては一瞬で終わった。
点と線は交わり、離れた。
そして、残身のまま虚空で静止。
音は後から届いた。
―――ギャン―――
爆発が背後で起こり、スパークの嵐を巻き起こす。
ジンの髪と肌を風が撫で、
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
肩で息をして、背後を振り返る。
「流石、《炎帝》だな。紫雷先生のことはともかく、やはり君はすごいよ」
「やはり・・・・・おひとよしですね」
そう・・・・・ジンの《迅雷》はグレンの《炎帝》という看板を貫くことはことはなかった。
爆煙の中を進み出たグレンは傷一つ負っていなかったのだ!!
以前は猛るほどだった輝きはなりを潜め、ジンのオーラは当初に比べかなり力を落としている。
対して、グレンは今も衰えることなく卦繋法を保っている。
しかし、
「!!いったい、なんのつもりだ?」
グレンが卦繋法を解いた。
紅の艶やかな衣を納め、
「おひとよしのあなたに餞別です。不確定要素が混じってる中でこれを使いたくは無かったんですが・・・・・あなたの《迅雷》を受けて必要だと判断しました」
と告げる。
「なにを、っっっ!?」
そして、ジンの想像をはるかに超えた事態が展開された。
纏うは黄金。
すなわち、同属性のオーラが並び立つ。
グレンは雷の卦繋法を発動させた。
「そ、そんなばかな!!君はいったい・・・・・?」
無言で大上段に構え、光の雫を魔剣の束ねていく。
「言いませんでしたか?紫雷・シュトラウスにあなたを頼むと言われたと・・・・・?」
「なっ!?ならなんでこんな事をする!?盗賊だけを狙った最初の魔法・・・・・フランが水の防御魔法を放っただけでは理由に合わないと思っていたんだっ!!
なぜ君は2種類もの卦繋法を扱える!?
君の目的はいったいなんだっ!!」
「・・・・・・大した目的は無いんです。
そう、ささやかな願いを叶えようとしてるだけです。
さて、・・・・・これから放つのは紫雷が最も得意とした《ジンライ》です。殺さないように手加減はするつもりですが・・・・・ご自分で防御する事をお勧めします」
「っ!!」
自然と高まるお互いの黄金のオーラ。
俄かには信じがたい事にグレンは完全に雷の卦繋法を制御しきっていた。
むしろ、ジンのそれよりも美しき律法に従っているように見えた。
朗々と歌い上げるのは圧倒的火力を秘めた式、
『天を拭い去る力がここにある、薙ぎ払われようとするのは我が怨敵、
宿命はここにて交わらん・・・・・・《陣雷》』
「う、おぉぉぉぉぉぉぉおぉ!!!」
本日、最大級の衝撃が大気を揺るがした。
―――ギャァオン!!!―――
そして《陣雷》はジンの左腕を斬り飛ばした。
よっしゃ、あと一息。
ちょっと、読みづらいかな~?と思うところがちょいちょいありますが、がんばって書きましたので楽しんでもらえたらと思います。あ、あとは今回はスピード感も多少重視してみました。伝わったでしょうか?はい、疲れたけど・・・・一区切りまで、もうちょいです。
最後にお気に入り登録を増やしてくれた方に感謝・感謝。
では、ごゆるりと