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第30話   炎帝




 スグルの背後に突然現われた男は赤銅色の剣をスグルに向けると言った。

「その男から手を引け」

「・・・・・」

 男が放つプレッシャーにスグルは無意識のうちに構えを取っていた。


 研ぎ澄まされた刃のように冷たい瞳、細身でクールな顔立ち、そして常人には放つ事のできない濃密な殺気。

 なにより異常なのが、スグルが激しい動きをしたせいでずぶ濡れなのに対して、その男の衣服は一切濡れておらず、雨の方から触れるのが嫌だと言わんばかりに男の周りだけ雨が避けていることだ。

 この見た目若い男の全てがスグルに危険だと告げていた。

 先程まで相対していたオバーツなど物の数では無い。本能的にそれが分かった。


「てめぇ、ヘイロンをっ!!裏切りやがったなっ!!」

 悲鳴に近い怒声を上げたのはオバーツだった。

 スグルに向けていた剣を赤毛の男に向けるとぐっと構えを取る。


(―――うらぎった?)

 既にスグルから奇妙な感覚は消え失せ、本人も気づいていなかった蒼い光もなりを潜めていた。


 眉一つ動かさず、無感動に男が答える。


「黙れ、愚図が」

「なっ!?てめぇっ!!」

「これが俺が受けた依頼内容だ」

「何を言ってやがるっ!?」

「最初から“疾風の盗賊”の抹殺が依頼内容だったという事だ」

「なっ!?」

「・・・・・で、無用な殺しはするつもりは無い。手を引け」

 なにごともなかったかのようにこちらに居直り繰り返す、男。

 

 状況から見るに仲間割れをしているように見える。

 スグルとしてはこの盗賊の頭目を始末してくれると言うのは、諸手を挙げてとまではいかないまでもありがたい話だ。

が、しかし

「突然現われて来たものを『はいそうですか』と従えないっしょ」

「・・・・・・・・・だるいな」

「はっ?」

「だるいと言った」

「いや、そう言う事じゃなくて」

「うるさい、黙れ。いや、黙らす」

そう言下に宣言すると、すっと右手を横に持ち上げる。


突然、押し飛ばされそうな風が吹いた・・・・・気がした。


実際は、ぞっとするほどの魔力が一瞬で手に溜まり、放たれただけだった。

「“魔界の(マグマ)よ、穿て”」

がばっと身構えたスグルではなく、あちらの方角は・・・・・。

「じ、ジンさんがっ!!」

 男が放った魔法の効果は一目瞭然だった。

 スイカほどだった火球は遥か遠くの方まで飛んでいき、爆発。

 今度こそ本当に爆風が吹き、スグルの髪を撫でた。

・・・・・これほどの事を目の前の男がやったと、直接目撃しても信じ難かった。


 それは、火の海だった。

 照々(てらてら)と天を赤く染める炎。

 それはあまりに一瞬の出来事で。

 思考が停止していた間に、空を紅に染めるほどの火の渦は雨によって鎮火される。

 徐々に下火になり、煙もやがては消えた。


「・・・・・・・」

「正直な所、俺はいらついてる。やっと見つけたのに変なガキはくっついてるし・・・・・めんどくさそうだ」

気だるそうに赤毛の男が言った。


ガチガチガチガチ


雨音を割って、歯が鳴る音がスグルの耳に届いた。

見ればオバーツが腰を抜かしていた。


ガチガチガチガチ


気持ちは分かる。

スグル自身、脳が麻痺して目の前の出来事を理解しようとしない。

(エクシード)が抜けて、体に力が入らない。


オバーツが振り絞るように声を出した。

「あ、あんた・・・・・《炎帝》か?」

「そう、呼ばれる事も一応ある」

「そ、そうか、俺はもう終わりだな」

あれだけ傲慢に振舞っていたオバーツが諦めてるのを見て、スグルは唖然とする。



 《炎帝》、それはとある傭兵の通り名だった。

 その名が囁かれるようになったのは、忌まわしき“統一戦役”以降の事である。

 傭兵は冒険者と似たような制度になっており、ランク付けが在る。しかし、冒険者と決定的に違う所がある。それは常にランクに変動があるということだ。冒険者にもランクの降格、剥奪は存在するが、傭兵はそれに関して遥かにシビアだった。冒険者は各国が提携して補助をしているのに対し、傭兵は“ジュナイブ”という民間企業が経営している互助機関なのだ。企業、会社と一口に言っても、彼等が所有する土地からすれば国に相当するのだがそれはさておき。仮にジュナイブが会社だと仮定するならば、会社には役職がある。それに類するのがランクというわけだ。

 このランクはかなり大雑把で“A~F”冒険者のようにプラス補正もマイナー評価もない。

 

 《炎帝》はAランク、つまり最高位にいる。そのうえ、彼はAランクに至ってから過去ランク落ちした事がない。

 グレン・ガーネット

 それが歳若い、《炎帝》という(いか)つい通り名を冠する彼の名前だった。



「なんで俺が炎帝だと思ったんだ?」

「はっ、馬車に乗っけてる時は気がつかなかったが・・・・・傭兵で赤毛、赤銅色の魔剣。あんたの真似をする命知らずはいやしないさ。それに判りやすいほど判るその魔力、なんでも炎属性じゃないって話じゃねぇか」

クックックッ、とオウムが鳴くような笑いを漏らすと、完全に諦めたように剣まで手放した。


「納得いかない」

気がつけば口を開いていた。

「ん?」

「なんでっ・・・・・あんたはそんな簡単に命を諦められるんだっ!?」

「なにバカな事を言ってるんだ・・・・・ガキ?」

「あんたの目的がなんなのかは知らない、どうせろくでもない事なんだろうが、どうでもいい。だけど、なんでもっと抵抗しない?そんなにあんたの命は安いのかよっ!!」

「おまっ、・・・・・俺とさっきまで殺りあってたくせにそんなこと言うのかよ」

「くそ、納得いかない・・・・・訳がわからない・・・・・なんでだ?あんた等の命は・・・・・」

 くっとうつむくスグルをオバーツは不気味そうに、グレンはやはりだるそうに見つめ、


ぎゃん


赤い残線が虚空を走る。

「なっ!?」


 首が舞い。


 血飛沫が上がった。

 ザッザァとスグルの体にも血が振りかかる・・・・・オバーツの血が、どろりと。

「納得のある死なんてあるわけないだろ」

なんて、どうでもよさそうに言って

炎帝は、グレンはオバーツをあっさりと殺した。

 スグルは・・・・・。



*** *** *** ***




「なんでっ!?」

 それを聞きたいのはこっちの方だった。

「どうしてあの男はあそこにいますの?」

「ボクの方が聞きたいよ、ここら辺一体は水の精霊が監視しててくれたはずなのになんでっ!?」

「今その精霊に聞けないのですか?」

幾分落ちついた口調でティナが聞いてくる。

それに対して、サラも正直に答えた。

「わかんない・・・・・応えてくれないんだ。考えられる事としては、あの突然現われた男が精霊使いなのかも」


 それは突然だった。

 スグルが戦っているのを見守っていたら突然、感知した。

 この辺りには人がいないはずなのに・・・・・精霊は口を閉ざしたままだ。


「それはあの男の方が・・・・・」

「ボクより親和性が高いのかもしれない、もしくは上位精霊ときちんと契約を結んでいるか」

「・・・・・なら」


ズドンッ!!



「くっ!?」

 一瞬で吹き上がる魔力、それは魔法が不得手なティナでも分かるほどだったが、発動のタイムラグがなさ過ぎる。

 ティナとサラの顔を赤く染めるほどの炎・・・・・こんなに離れてるはずなのに!?

 燃え上がった火が徐々に消えていくのを見てティナが言った。


「・・・・・これは、こちらにも気づいてますわね」


「たぶんね・・・・・この子達に直接ボクらを監視するように命令してるわけじゃないけど、口を閉ざさせるほどの支配力を見ればまず気がつかれてると思う」

 こちらの方を男が見たわけではない。

 たまたま男の方からこちらが木陰になっていたので、現われた瞬間にティナが距離をとったのだ。

 よって、ティナ達も男を視認できない位置にいるのだが・・・・これでは距離は関係ないようだ。

 今のところは精霊に頼んで、サラを通して実況中継してる。


「『あ、あんた・・・・・《炎帝》か?』

『そう、呼ばれる事も一応ある』って・・・・・《炎帝》っ!?

 ありえない、“統一戦役”の英雄とも悪夢とも言われる男がなんでこんな所に?」

 サラの職業柄、傭兵を相手に何度か噂を耳にする事もあった。普通の人でも聞き覚えのある人の方が少ない位の大物だ。

「これ、止めないとまずいんじゃないの?向こうは敵意ないみたいだし」

「まずいですわ」

「でしょっ!?だったら・・・・・」

「スグルの瞳が覚醒するかもしれませんわ」

「っ!!」

 ぼそりと告げたティナに“びくっ”と過剰なまでに反応するサラ。

「気づいてましたの?」

 感心したように聞いて来るティナに、

「・・・・・ボクは、情報屋だからね。モートリアス卿」

と嫌そうに答えた。

直後にオバーツの首が跳ねられる。

「まずいっ!ティナ(・・・)さんっ!!」

すぐに状況を察し、走り出すティナ。


しかし、事態は深刻な方へと加速的に動き出していた。



 遅ればせましたが、震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りさせていただきます。

 現在も原発によって遺体の回収も侭ならない。きつい話です。

 私の友人は一万円募金したそうです。それを聞いたとき、私は“お人よしな奴”と思いましたが、すぐにそれを後悔しました。親戚が岩手に居るそうです。寄付した当時は安否もわからない状態で、幸いすぐに存命が確認できたそうですが、今も不安な日々を送っているそうです。

 彼はもっと巨額の寄付をしている人がいるからと笑って答えてましたが、まだ何もリアクションを起していない自分が非常に情けなく思えました。

 活動コメントに書き込む事も考えましたが、こちらの方が目に触れる機会も多かろうとこちらに残させていただきます。 

 これを読んでいる方。既に募金されている方も多くいるでしょうが、一方では地震の爪跡はくっきりと残されています。どうか引き続きのご援助を勝手ながらお願いさせていただきます。

最後に、被災された方々の健やかなることを祈って

ごゆるりと

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