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第4話 泣いてるけど、大丈夫?

 飛行機に乗る前、麗月から送られてきた文書ファイルをタブレットにダウロードしておく。僕たちは、出国手続きを済ませ、飛行機に乗り込んだ。陽翔は、子どものように窓際ではしゃいでおり、僕は微笑ましく見ていた。

 ファーストクラスで、仕切られているとはいえ、飛行機の中。声の通りやすい陽翔の声は、仕切りなんて超えてしまう。

 時折り、「ジスペリのヒナトの声が聞こえる気がする!」という声が、後ろの席から聞こえてくるようになってきたので、そろそろ、はしゃいでいる陽翔を止めた方がいいかもしれない。


「湊!」

「何?」

「飛行機!」

「……別に珍しくないよね?」

「まぁ、そうだけどさ? 飛行機に乗るのって、テンション上がらない?」

「それって、ヒナだけじゃない?」

「そうかなぁ? ……なんか、今日の湊は変! いつもは、ノッてくれるのに、冷たい感じがするぅ」

「変じゃないし、冷たくもないから。今日は、他のお客さんもいるから、もう少し大人しくしておいて。声が良く通るから、後ろの席がざわついてるよ」


 陽翔の耳にも聞こえたのか「あぁ、本当だ!」と頷き、口をチャックするふうに閉め、満面の笑みで、「心得た!」と、応えてくる。その声に、後ろがさらにザワザワしているように感じるのは、僕だけだろうか? 小園さんに声をかけようとしたら、連日の仕事でお疲れなのか、座った瞬間に眠ってしまったようだし、僕が陽翔の手綱をしっかり握っておかないといけない気持ちになる。


 ……頼むよ? ヒナ。


 陽翔が落ち着いて座ったのを確認して、飛行機の離陸を待つ。

 僕は、飛行機の浮き上がる瞬間が、とても苦手だった。いつもなら、陽翔か小園にしがみついていればいいが、飛び入りで取ったため、席がバラバラだったので、それは叶わない。

 誰にも悟られないように、そっと足に力を入れておく。


 浮き上がってしまえば、あとはどうでもいい。僕はふわふわした足元を見て、小さなため息をついた。

 シートベルトのマークが消えたので、早速、手荷物のカバンの中からタブレット端末を取り出した。陽翔から、一瞬視線を向けられたが、さっきの静かにするように言ったのが効いているのか、こちらにくることはなかった。


 視線をタブレット端末に戻す。去年の東京のドームでしたライヴの写真が、ロック画面だ。その画面を見ながら、少しだけ口角を上げる。長年の夢が叶った瞬間の幸せな気持ちが、戻ってきたからだ。

 僕は、タブレット端末にパスワードを入力し開いて、ダウロード済みの麗月の小説のデータをタップする。

 ページ数が振られており、見ただけで、長編の物語が書かれている小説なのだとわかった。


 ……、麗月は本気なんだ? 


 麗月から渡された紙の束は家に置いてきた。送ってもらったデータも結構なものである。


 ……この量なら、320枚くらい? 本一冊分か。任せておいて。読むのは得意だから。


 僕は、さっそく、ページを捲る。話のイメージがつかないタイトル。あらすじもなく、タイトルから話の内容を読み取ることは難しい。でも、綺麗な物語になっているのだろうことは、そこから見て取れた。


「『Summer Snow』か。普通、夏に雪は降らないよね? でも、この物語の中では、降るんだろうね。夏の雪か。そんな景色、見てみたいものだな」


『僕は、曇天に叫んだ!』


 ……えっ? 叫んだ? いきなり?


 わけもわからない始まりに戸惑いを感じながらも読み進めていく。

 始めこそ、戸惑いはあったが、言葉が丁寧なだけでなく、描写も多過ぎず少な過ぎず、物語のイメージがどんどん出来上がっていく。とても素人が書いているレベルのものではない。


 ……これだけ書けているのに、世に出ないってことがあるんだ。webで書いてるって言ってたっけ?

 僕は、まだ、世間には知られていたけど、そっか……、麗月の書いた物語を知らない人が、たくさんいるのか。そういう点でいえば、僕も同じだった気がする。webで物語を連載するけど読まれない麗月と、世には出ていても売れないアイドルの僕。不思議な縁を感じる。


「小園さん、ちょっといい?」

「どうかした?」

「うん、ちょっと読んで欲しい本があるんだけどさ?」


 僕は、眠っていていた小園を起こし、「ただ読んで」とだけで、タブレット端末を渡した。ずっと、小説を読んでたので、もう、夜が明けそうだった。


 ……到着までには、もう少し時間あるかな? 少し寝よ。


  眼を塞ぐと、卒業式や麗月に呼ばれたり、移動だったりと怒涛の1日だったので、すぐに眠りに落ちていく。


「湊?」

「……どうかしたの?」

「泣いてるけど、大丈夫?」

「……泣いてる?」


 頬を触ると涙が流れていた。眠っているあいだに、流れたのだろう。ぼんやりとした記憶をたどれば、夢の中で、僕はあの物語の主人公になっていた気がする。手で涙を拭おうとすると、先に陽翔に拭われる。


「大丈夫ならいいけど、飛行機が着陸したのに、全然起きないからビックリして見にきたら……、本当に大丈夫?」


 まだ、目に溜まった涙が流れていく。それをまた、陽翔がさっと拭っていく。


「うん。大丈夫。心配かけてごめんね」

「いいよ。それより、早く降りないと、小園さんに怒られるから、行こうか?」

「そう、だね。ごめん」

「たまには、逆もいいもんじゃん? いつも、俺ばかり、湊を頼ってるからさ」


「行くよ」と手を出してくるので、陽翔の手を握り返す。立たせてくれようとしているのだが、シートベルトをしているのを忘れていて、僕は立てずに引っ張られるだけとなった。


「湊、シートベルト外して……」

「ヒナが確認もせずに引っ張ったんだろ?」

「そうだけどさ?」

「まぁ、いいじゃん! シートベルトは外したよ。さぁ、行こう。本当に叱られる」


 僕らが飛行機から降りると、案の定、小園が怖い顔をしていた。他の乗客もおり、騒ぎにならないようにと、CAさんたちが乗客を止めてくれていたらしい。僕らは、CAさんたちにお礼の代わりに手を振ると、笑顔で手を振り返してくれた。

 今日は、小園にも、「滞在時間が短いから、時間に追われる」と言われていたから、飛行機でのんびりしていられなかったようだ。

 怒っている小園は珍しくないけど、今日はどうやら、本当に踏んではいけないものを踏んでしまっている感じがしたので、二人で手を繋いだまま急いで向かった。

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