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第2話 西森麗月

「マスター! こんにちは」

「あぁ、湊くんいらっしゃい」

「奥の方って、今あいてるかな?」

「いつもの席なら空いてるよ! おや?」


 僕が連れてきた男子生徒が、いつも一緒にくる陽翔ではないことに気が付き、マスターは不審な目を向けてくる。口には出さないが、僕らの仲の良さは知っているから、僕と陽翔の関係もなんとなく気が付いているのかもしれない。


「マスター?」

「いや、何でもないよ。注文は、後で聞きに行くから、決めておいて」

「お願いします」


 いつもの店の奥の席へ向かうと、確かに誰も周囲にはおらず、とても静かだ。太陽光が、ほんのり入る優しい席で、僕はとても気に入っている。


「すごく雰囲気のいいところだ」

「秘密でお願いします」

「そうだね。この雰囲気を壊すようなことは、したくない」


 僕はいつもの席に座り、男子生徒にも座るように促しながら、聞きたいことを聞くことにした。仕事柄、僕の名前は知られているが、目の前の彼の名は知らない。とりあえず、初めましてからの挨拶をしないといけない。


「それで、まず、名前を聞きたいんだけど?」

「あぁ、そうだった。西森麗月」

「ニシモリレイキくんね? 西森くんでいい?」

「……麗月で」

「おぅけぃ。で、麗月は、僕に何の用? さっきから、ずっと握りしめているそれが関係する?」


 未だに握りしめたまま離そうとしない紙の束。それに視線を向けると、隠すように後ろへ引っ込めた。

 その態度に何か言おうとしたとき、マスターが注文を取りに来てくれる。


「僕はいつもの。麗月はどうする?」

「……えっと、その、水で……いいです」

「水? せっかく店に入ったんだから、水はないよ。ここのコーヒーはとてもおいしいからおすすめ。麗月、コーヒーは飲める?」


 コクンと頷くので、マスターにお願いすると、「かしこまりました」と下がってくれた。

 ただ、黙りこくってしまった麗月とこの場に二人取り残され、いよいよ話すことがない。麗月が話を切り出してくれない限り、僕にどうすることもできないし、飛行機の時間も刻一刻と近づいてきている。


「さっきも言ったけど、飛行機の時間があるから、あまり時間がないんだ。何か言いたいことがあるなら……、早い目に言ってくれるかな?」

「湊くん、ちょっと言葉がきついよ?」

「マスター、……そうだった?」


 コーヒーを持ってきてくれたようで、ニコニコとマスターは笑顔ではあるが、その笑顔が僕を咎める。仕方がないので、僕はため息を飲み込み、もう一度聞く。やっと、意を決してくれたように、麗月は言葉を選び始めた。


「えっと……、ボクは、如月湊と同じく今日卒業で……」

「うん、その胸の花を見ればわかる」

「湊くん?」

「……わかるよ。卒業式だったんだね? それで、僕を追いかけてきてくれたんだよね?」


 コクンと頷く麗月に若干のイラつきを感じながらも、マスターに見張られている今は大人しく笑いかけておく。


 ……マスター、店に戻らないのかな?


 チラチラとマスターを見ながらも、麗月に話を促す。


「その……ボク、小説を書いてて……」

「小説? すごいね?」


 僕は、麗月の消えていきそうな声で言った「小説」という言葉を拾った。僕はドラマや映画に出してもらったこともある。その中には、コミックス原作のドラマもあり、漫画家さんと話をしたことがあった。ただ、漫画家さんに話を聞いたことがあるが、ドラマ制作の脚本を作るにあたって、マンガであれ、小説であれ、また、すこし勝手が違うらしい。僕は、もらった脚本のことしかわからないから、一から物語を構成していることに驚いた。時間があるときは、本を読むこともあるが、物語を書くとは……、想像したこともなく、目の前の麗月に少し興味が湧いてきた。


「すごくはないよ。ボクは、まだまだ、何も成しえていないアマチュアの作家。聞いたことがないかな? 小説の投稿サイトがあるって」

「……ごめん。僕、全く興味がないから、知らないや」

「そっか……、そうだよね? うん。でも、小説投稿サイトには、結構、有名な作家さんとかもいるんだ。ライトノベルがほとんどなんだけど……」

「へぇ……、そういう世界があるんだ。初めて知ったよ。麗月は駆け出しだったりする?」

「いや、もう、5年は書いてるかな? 鳴かず飛ばずで……、底辺の民って呼ばれてる」

「……底辺の民?」


 聞きなれない言葉に、僕はわからないことだらけ。界隈用語なのだろうが、『底辺』という単語には身に覚えがある。『アイドルの底辺』にいた僕だから。


「うん、その……ランキングに載ったことがないとか、ブックマークの数が少ないとか……」

「少ないんだ?」

「…………うん、少ない」

「今、いくつ?」

「全部で7かな?」

「すごいんじゃないの? 麗月の書いた小説に7人のファンがいるってことだろう?」

「本当にそう思う?」


 麗月が訝し気にこちらを見てくる。その目には、見に覚えしかない。鏡に映った僕の目と同じだった。


 ……僕も同じような目をしていたのだろうな。 でも、僕と麗月と違うのは、表面ではなく、裏面には何か熱いものがある。だから、今日、こうして、僕の目の前にいるんだ。あの紙の束は、小説。麗月が書いたものか。


「んー、そう言われると、実際、読んでみないとわからないな。今持っているのって、麗月が書いた小説だよね? だいたい1冊分くらいになる?」

「……うん、そう」

「それで、その小説を僕が読むとして……、感想が欲しいの?」


 首を横に振る麗月に僕は混乱した。知名度を言えば、僕が麗月の書いた小説の感想を言えば、世界中に拡散される。それが、目的ではないとなれば、何があるのだろうか?

 わからない僕は、麗月の言葉を待つしかない。


「……小説を読んで欲しい。でも、あの……」


 言いたいけど、言えない、そんな麗月に「怒らないから言ってみて」と促すと、視線がぶつかった。麗月の少し青みがかった黒目を見つめ返す。


「このお話をドラマ化してほしいんだ!」

「ドラマ化だって?」


 コクンと頷く麗月。僕が思っていた以上の答えが返ってきたことに驚きを隠せずにいたが、真剣な目を見ればわかる。


 ……本気なんだ。事情はわからないけど、何かあるのかな?


「ドラマ化なんて、僕の手には負えないことだ。アイドルでしかないわけだし……。書籍化されているわけでも、書籍化する予定があるわけでもないんだよね?」

「……ない。ないけど」


 麗月が必死なことは伝わってくる。そんな麗月に、安請け合いは出来ない。僕はどうしたものか悩んでいたら、陽翔からメッセージが届いた。その音で、少し間が開く。


「ごめん、そろそろ時間だ。その小説をドラマ化にというのは、僕の力では無理だけど、その小説を読ませてもらうことは出来る。電子でもデータを送っておいて欲しいのと、その紙の束を僕にくれる?」

「これを?」


 麗月が強く握っていたので、端々はクシャクシャになっている。それだけ必死なのはわかったので、そのまま預かることにした。

 連絡先を交換し、後でデータを送ってもらうことで、僕は先に店を出る。お会計だけ済ませたら、マスターが「気を付けて行ってらっしゃい」と送り出してくれた。


「まずは、読んでみるよ。話はそれからだし、僕が麗月の望むような報告ができるとは思わないで。でも、楽しみだよ」

「如月湊」

「湊でいいいよ。本当に時間がないから、また、連絡するよ。気を付けて帰って!」


 僕は、麗月の挨拶も聞かずに、走り出す。

『どこ?』という陽翔のメッセージに、『すぐ向かう』とだけ打って、僕は預かった小説を大事に抱えてマンションへと急いだ。

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