第14話 黒なんて絶対ダメに決まってる!
オシャレなお店の前に立っていた。都会の中心地から少し離れた静かな街の中、そこだけが異様な雰囲気を感じる。
「何をしてるのかしら?」
後ろから声をかけられ振り返ると、オーナーである星斗が首を傾げていた。相変わらず、なんとも言えない派手な虹色の髪だ。
「こんにちは、星斗さん」
「店に入ればいいのに……」
そう言いながら、飲み物を大量に持っている星斗のために、僕は扉を開ける。「いらっしゃいませ!」と受付のスタッフが声をかけてきたが、入ってきたのが星斗だと気がつくと、駆け寄ってきて、飲み物が入った袋を取り上げていく。明らかに重そうなそれを軽々持っていくの彼女を見つめていると、「それで?」と荷物がなくなった星斗が僕に声をかけてきた。
「荷物、よかったの?」
「スタッフに渡した荷物のことより、湊のことだよ? 髪は、まだ、そこまでじゃないし……」
僕の髪をいじりながら、話し始めるので、まずは店の中に入れてほしいとお願いする。椅子に座らされ、事情を説明することになった。近いうちに、星斗の元に、話はいくと思うが、今度、映画の主演をすることになったと伝えた。
「わっ、やったじゃん! この前のあの青春ドラマも湊の演技がよかったわぁ。The王子様って感じがいいのよ。アイドルなだけあって。でも、演技力もなかなのものだと思うわ。この星斗をメロメロにしたんだもの。まぁ、残念なところも……、相手役の子が、イマイチパッとしなかったっていうのもあるけど!」
よほど相手役の女優が気に入らなかったのか、ぶつぶつと言い始める星斗を止める。褒めてくれるのは嬉しいが、共演した仲間だった人が貶されているのを聞くのは忍びないからだ。それが、例え、凛だったとしても。
「湊、あの女とできてたりしないわよね?」
「……星斗さん、何を言ってるんですか?」
「だって、熱愛報道が大々的に出てたじゃない?」
「ありましたね……、そんなことも。彼女の事務所が狙ってやったらしい炎上商法……だそうです。怖いですよね。おかげで、彼女とは、共演NGになりましたよ」
「えっ! なんでなんで?」
「いうと思いますか? 目を輝かせて聞かないでくださいよ。そもそも、恋愛系の話はアイドルにとって、結構な死活問題になったりするんですから。彼女とは、本当に何もなかったんですから、多くは語らないです!」
「ふーん。なんとなく、あの女ならって、感じはわかるけどね」と呟くので、星斗が何を考えているのかは鈍い僕でもわかる。メイク担当のまきさんの弟だけあって、意外と芸能ネタには詳しいのだ。
「それで? 髪を切りにきたの?」
「それもだけど、色を黒に……」
「黒っ! 黒なんて絶対ダメに決まってる!」
「や、だから、役で必要なんだって」
僕は、渋る星斗に次の役では黒髪にしないといけないことを伝えたが、長年、金髪にしていて、髪の色も安定している今、黒にすることだけは、抵抗があるようだった。
「……撮影が終わったら、また、金にするんでしょ?」
髪をいじりながら、「黒か……」と呟いている。淡い金色から黒に染めたあと、金に戻すとなると、元の色に落ち着くまでが大変なのだ。星斗にとって、手塩にかけて作り上げた完璧な金髪だそうなので、渋る気持ちもわかる。
「そのつもりです。僕は、やっぱり、この見た目が好きですからね」
「アイドルになってから、ずっとだものね。この前のドラマですら、染めなかったのに、今回はどうして?」
「それだけ、今回の役に思い入れがあるんですよ。僕にとって、今現在で最高の役だと思っています」
「……そこまで思っているなら、仕方ない。拒んだところで、まきねぇに叱られるだけだし」
「まきさんにだけは、誰も勝てませんよね」
苦笑いしながら、いつもお世話になっているメイクのまきさんのことを思い浮かべた。皆が同じように感じているのか、周りにいたスタッフのみなも苦笑いしている。
お客が途切れた時間に行ったので、誰もいないから、のびのびと話をしていられるが、そろそろ、お客が来る頃だということで、僕は別室へと移動することになった。
「……湊が、人気アイドルになったおかげで、うちも商売繁盛なのは嬉しいけど」
「迷惑になるようなことだけは、僕も避けたいので」
「自宅へ移動するよ」
この店の裏手にあるのは、星斗の自宅である。元々、家族経営の美容院だったところを星斗が継いだ。店の建て替えなどしたので、今風のおしゃれな店になっているが、立地が都会の中心地からかなり外れている理由はそれでだ。
「まぁ、ゆっくりしていきなさい」
「星斗さんのところだけですからね……、個室設備が整っているのって」
「技術を見せるのも商売のうちだからなぁ」
通された個室は、少しレトロな感じの場所だ。ここは、星斗とまきの両親がしていた美容院の一部がそのまま残っている。僕は、言われたとおりに席に座り、入念に今度の役の雰囲気を伝えていく。鏡越しに見た星斗の目が、鋭いまなざしに変わり、入念に確認をしていく。黒い髪といえど、少し遊び心を入れようと提案され頷いたあとは、まさにお任せであった。




