33 待ち合わせ場所へ
「で? その屋敷にあった気配とやらはついてきているのか」
「いや、ついてきてないな。町中でことを起こす気はないんだろ」
睦実はきりっと警戒態勢で、周囲を見渡している。
見廻り組の隊服を脱いでいるとはいえ、顔の知られた睦実だ。怖い顔をして歩く様に町の人たちが震え上がっている。
もう日が落ちて、暗くなっているおかげでその被害は最小限に抑えられているようだが、睦実の横を歩いている佐条智弥も困り顔だ。
「睦実がそんなに警戒してたら智弥が町歩きを楽しめないだろ。もっと普通にしてろよ」
「いま、兄上のことを呼び捨てにしたか。不敬だ。せめて様をつけろ」
「けっ、嫌だね。第一、俺は飛鳥のことも飛鳥って呼んでるんだ。今さら不敬もないだろ」
「睦実、私は呼び捨てでも構わないよ。それにしても、安心院家当主を呼び捨てにする人がいるなんて、知らなかったな。総助は飛鳥様と仲がいいのかい?」
智弥はいいやつだな。俺が呼び捨てするっていったら、自分も俺のことを呼び捨てして、合わせてくれた。
「ま、わりと昔からつるんではいるけど、あいつ狂ったやつだから、一緒にいることはそんなないな。たまに頼まれごとしたり、遊びに付き合ってやったりするくらいだ」
睦実からの、その頼まれごとで佐条家を無茶苦茶にしたのか、と言わんばかりの、今にも射殺しそうな視線を無視して、ついに目的地にたどり着いた。
なんの表札もない木の家。地面に置かれた四角い灯りがほんわかと照らす、、懐かしいところだ。
「ここが店なのか?」
のれんを掲げていないので、睦実は店と認識していなかったようだな。
「ああ、昔馴染みの店で、店主もいい人だから警戒しなくていい」
ガララっ
横開きの木の扉を開けると、眩しいけれど温かい光に包まれる。
「まぁ、懐かしい顔だね。いらっしゃい」
淡い黄色の着物を上品に着こなして、大人の女性の色香をにじませる彼女は照子さん。少し老けたが、その優しい瞳も穏やかな笑みも昔のままだ。
俺がここに来たのは6年前が最後だった。
縦に長い机があって、右側が調理場、左側がお客の座る席になっている。
座席数としては6席ほどなので、だいたいは常連客で埋まることが多い。そもそものれんを出していないので、常連くらいしか来ないのだが。
「待ちくたびれたよ。総助、おかえりなさい」
今日は既に一人、席に座っている男がいた。
「晋悟、」
会うのは久々だったが、その穏やかな笑みも放つ空気も何も変わらない。なにより、おかえりなさいと言われて、ああ帰ってこれたのだと思わされた。
晋悟、、といえばもしやあの刀鍛冶の?
高輪さんも贔屓にしているそうだが、こんなに若くておっとりとした青年だとは思ってなかった。
智弥は素直に感心する。
この若さで刀鍛冶として名を上げているなんて大したものだ。
「晋悟がなぜここに? 待ち合わせていたのか」
「いや、そういうわけじゃないけど。前に照子さんのおばんざいを晩御飯に頼まれたんだけど、買って帰ったときにはもう総助いなくてさ。ならきっと、ことが終わったら照子さんの店に来るつもりなんだなって」
弟の疑問にもニコニコと答えている。
堅苦しさとは無縁のようだ。
晋悟殿は私に気づくと、席を立ちこちらに歩いてきて、ペコリと頭を下げてくれた。
「お初にお目にかかります。私は刀鍛冶をしている晋悟と申します」
「ああ、噂は聞いているよ。私は佐条家当主、佐条智弥だ」
「はい、よろしくお願いします。あ、佐条家の後始末のことならご心配なく。今頃、高輪さんが動いてくれてると思いますから」
「高輪さんが?」
ニコッとなんでもないように言われたがどういうことなのか。
「、、高輪さんが佐条家の力になってくれて、心から感謝しているが、その、晋悟殿が手を回してくれたことなのだろうか」
睦実が高輪さんに晋悟殿の話をしたとき、彼女は『晋悟が睦実殿を気にかけている間は、私があなたの敵になることはないでしょうね』と言ったのだ。
安心院飛鳥に敵対してまで佐条家の味方をしてくれたのは晋悟殿が手を回してくれたおかげなのではなかろうか。
「ふふっ、たしかに背中を押しはしました。でも、お姉さんが佐条家の味方になったのはお姉さん自身の意思です。たくさん相談に乗ってもらったし、優しい智弥様の力になりたいのだと。第一、あのお姉さんが誰かの指図を受ける類に見えますか?」
見えないな。
女傑という愛称通り、彼女は自律した素晴らしい人だから。
「ね? そういうことです」
よかった。
「さ、立ち話もなんですから、座って食事にしましょう。智弥様は奥の席へどうぞ。隊長さんはその隣がいいよね。総助は1番手前で」
というわけで、奥から智弥、睦実、晋悟、総助の順で座った。
智弥様はお貴族様だし、一応上座にね。
「はい、お通し。今日は大根と柿のなますと、がんもどきの煮物、いかの塩辛」
照子さんは付け台越し、ひとりひとりに上品な手つきでお通しをおいていった。ひと皿にこじんまりと三品が並んでいる。
温かいお茶もつけてくれた。お酒を飲むって感じの打ち解けた雰囲気ではないからありがたい配慮だ。
「どうぞ召し上がれ」
照子さんの言葉を受けて、箸をすすめる。
「いただきます。うん、美味しいな」
「兄上、」
まっさきに感想を漏らしたのは智弥様だった。
隊長さんは心配そうに眺めている。
一方、右を見ると総助が箸を持って固まっている。
ここは信詠とも来たことがある店。思うところがあるのだろう。実はそんな様子を心配している照子さんが、次の料理の用意をしながらもチラチラと総助のことを伺っている。
まったく世話の焼ける。
「総助、覚悟を決めて来たんでしょう」
あの教会での事件以来、6年間寄り付かなかった店に。
「ああ」
総助は一瞬晋悟の顔を見てから、思い切ってがんもどきを口に運んだ。
「、、うまい」
静かに溢した一言に、照子さんは瞳が潤むのを感じた。
お読みいただき、ありがとうございました。
毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!
ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆押していただけると励みになります(^^)
その他拙作として
『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。
https://ncode.syosetu.com/n8094gb/
これからも唯畏をよろしくお願いします。




