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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
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32/40

32 弟の到着


睦実が屋敷に入ると血みどろの光景が広がっていた。

倒れた者達に埋め尽くされて、地面の見えるところのほうが少ない。ときに折り重なって倒れ、ところどころから苦しそうなうめき声が聞こえてくる。


これだけの数相手にここまで派手に暴れられるとは。


ただ、まだ息のある者も多いようで、亡くなっているのはごく一部のようだ。


気配を探れば、縁側付近にいつもどおり穏やかな兄上がいるのがわかる。


よかった、生きておられる。


その隣に総助らしい気配があるので、まだ油断はできないが、とりあえず殺意も狂気も感じないのでほっとする。


「うっ、睦実様」


足下から声がしたので見ると、昔から佐条家の護衛部隊にいた女性が、匍匐前進のような形で睦実を見上げていた。


しゃがんで目線を近づける。


「大丈夫か」


「はい、私は大丈夫です。侵入者は一人だったのですが、恐ろしく強く、手も足も出ず、申し訳ありません。当主様をお守りするという我らの役目を果たせず、本当に申し訳」


悔しさのあまり唇を噛み、唇の横から血を流す彼女の忠誠心の高さに感心する。


「いい、休んでいろ。当主様は生きておられるようだ。私がお護りする」


「よかった、当主様はご無事なのですね、よかった。睦実様、どうかどうか当主様のことを」


「わかっている」


当主としてみなに慕われる兄上だ。万が一のこともあってはならない。

ひとまず早足で縁側へ向かった。



いた。


「兄上、ご無事でよかった」


縁側には空を見上げる兄上と庭を眺める総助が並んでいるという謎な光景があった。疑問を覚えつつ、刀に手をかける。


私を見て穏やかに微笑まれた兄上は、傷一つつけられていないようだ。私が来たからにはもう傷つけるどころか触れることすら許しはしない。


「遅かったじゃねぇか」


待ちくたびれたとも言いたげに呆れたように総助に声をかけられて、怒りがこみ上げる。


「総助。なぜだ。一匹狼の貴様がなぜよりにもよって安心院飛鳥に雇われてこんなことをしている。これまでは辻斬り相手だったから見逃せたが、今回ばかりは見逃すことはできない。罪なき者たちをその手にかけたこと、命をもって償え」


刀を鞘から抜く、というその瞬間


「やめなさい、睦実」


鋭い声が響いた。


「、当主様」


いつも穏やかな兄上がこれだけ鋭い声を出すのは珍しい。


刀を抜きかけたところで手を止める。


怒っているわけではないのだろうが、じっと見つめるその顔に真剣さを感じて、睦実は言葉を無視できない。


代わりに、疑問を呈した。


「なぜお止めになるのですか。佐条家にこの男がしたことは見逃せるものではないでしょう」


兄上は首を横に振る。


「迷いを持ったまま斬ろうとするのは失礼だろう」


「ま、よい? 私に迷いなど」


「私の目がごまかせるとでも? 刀を退きなさい、睦実」


確かに総助を斬りたくないという気持ちがあるのは認めよう。だが、兄上を守るためなのだと、なぜわかってくれない。


「俺なんかに迷いを抱くなんて、相変わらずのお人好しだな」


小さくつぶやいて総助が立ち上がる。

警戒して構えを深くするが、総助はそれに構うことなく、庭を何歩か歩く。


総助が兄上から離れたので、私は兄上の隣に移動した。



そばに近づいてきた弟に喜ぶよりも、離れていった彼に寂しく思う気持ちのほうが勝って、智弥は自分でも不思議に感じる。


佐条家の護衛部隊を一人で壊滅させられるほど強い人でありながら、放っておいたら消えてしまいそうな儚さを私は彼に感じているのだ。


大切な者たちを奪われたというのに、こんなことを思うなんておかしいだろうか。


「なぁ、腹減ったから飯行こうぜ」


「は? 何を言っている」


後ろ姿のまま放たれた彼の突飛な提案に睦実は怪訝な反応を返す。だが、私はその提案もきっと彼なりの優しさや気遣いなのだろうと感じた。


気まずい空気を変えたいとか、敵対の意志がもうないことを伝えたいとか、ずっと緊張して強ばっている私を開放したい、とか。


「私も一緒に行っていいだろうか」


「兄上! 何を言って」


「いつも食事を用意してくれている者も斬られてしまっているだろうから、外に食べに行くのは私としても都合がいい」


「食事ならば私が作ります」


「こんな血みどろな場所で食えってのか。酷なこと言うんだな」


「なっ! 血みどろにしたのは貴様だろう」


ああ、弟がこんなに気を許す相手を私は見たことがない。

怒っていてなお、そこに親しみが見える。


「睦実、今日くらいいいではないか。私も久々に店で食事をしてみたい気分なのだ」


「、、兄上がそうおっしゃるのであれば」


睦実は総助をぐっと睨みながら、兄にそう返した。



睦実は随分と兄を慕っているらしい。

総助は睦実がこんな殊勝な態度を取るところを見たことがなかったので、新鮮な気持ちになった。


「しかし、なにも総助と一緒に行かなくとも」


「では、睦実はいい店を知っているのか?」


「それは、」


たしかに睦実はいつも自炊をしているようだったし、町の店のことはよく知らないかもな。見廻り組として町を歩いているんだから、店の存在自体は知ってはいるんだろうけど、。


「私も暗殺を恐れて、当主になってからは店で食事をしたことがない。ここは彼に任せようではないか」


「兄上、、」


あー、なるほど。睦実が自炊しているのも毒による暗殺を恐れてって部分が大きいのか。


「なぁ、睦実。着物貸してくれよ。流石にこんな血まみれで店に行けないから」


「それは構わないが、まずはまだ生きている屋敷の者たちの治療等済ませなければ」


「それは誰かがなんとかするだろ」


「誰かとは誰だ」


そりゃあ晋悟あたりが気を利かせてくれるんだろうなと勝手に思っているだけだが。


それよりも気になるのはさっきから覗かれてる気配がわずかにあることだ。

睦実は気づいてない、か。


「とにかく急いでここを離れたほうがいい」


「なぜだ」


「俺が佐条家を壊滅状態にしたせいで、佐条家の護りが薄くなったと知った者が襲ってくる可能性がある。治療している間は無防備にもなりやすい。第一、今だって見られている気配があること睦実は気づいてないんじゃないのか? だとしたらそれだけ手練ってことだ」


睦実は目を見開く。

総助の指摘通り、睦実はそんな気配を全く感じていなかったのだ。だが、そんな嘘を総助が付かないことも知っている。


睦実は気を引き締めると、総助に従うことにした。

お読みいただき、ありがとうございました。

毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!


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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏(ゆい)をよろしくお願いします。

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