31 佐条智弥の強さ
ふっ、と短く息を吐くとともに、斬り込む。
佐条智弥と鍔迫り合う。
(ん?)
思っていたのと違う感覚に違和感を覚えて、総助は1歩退く。
(いやいや、きっと気のせいだ。)
もう一度、今度は少し軽めに刀を振り下ろす。
佐条智弥の片足が後ろにずれ、床の軋む音がした。
(あれ、やっぱり。)
総助はもう一度1歩退くと、刀の構えをおろした。
「、、あんた、弱いな」
そう、佐条智弥は驚くほど弱かったのだ。
え、いや、まさか。
だって佐条家といったら代々の当主は剣豪で有名だし、あの睦実の兄だし、え、なんでこんな手応えないんだ。
あまりに予想と違いすぎて、自分の感覚を疑いたくなる。
刀を握り直して感覚を確かめた。
ちゃんと握れている。俺の感覚に間違いはない。
そんな様子を見た佐条智弥は困ったように笑うと、刀をおろした。
「私には睦実のような剣の才はない。刀はまるで扱えないんだ。だから、さっき刀を構えなかったのも決して君を馬鹿にしたわけではない。不快にさせたのなら申し訳なかった」
は?
この期に及んで、自分を殺そうとしている男に謝ってんのか?
甘いにも程があるだろ。
「私が睦実のように強かったなら、この家も守ることができただろう。私が弱いせいで、皆には苦労ばかりかける」
寂しそうに、申し訳なさそうに、話すものだから、こっちがむず痒くなる。
剣の名門たる佐条家でこの弱さ。よく当主になれたな。
いや、だとしたら、こんなに弱いのにあんなに堂々としていたのか。
こんなに弱いのに、俺に殺されるってわかってるのに、怯えることなく凪いだ空気を崩さずに、刀を構えたのか。
それって、すげぇことなんじゃ。
「ははっ、いや、悪かった。訂正する。あんたは弱くない。俺の負けだ」
「、、え、何言って」
総助は刀を地面に落とす。
俺にはこの人は斬れない。
総助はさっき折れた飛鳥の刀を拾い上げると、困った顔を浮かべる佐条智弥を放置して、ふすまを開けた。
ふすまを開けてもまたふすま。
とんでもなく、息苦しいところだ。
総助はまっすぐ次々にふすまを開けて、ついに縁側へとたどり着いた。
いつの間にか夕焼けの空だ。
血の匂いも風にさらわれて少しマシになる。
「おい、あんたも来いよ」
遠くで俺の様子をうかがう佐条智弥に声をかけると、おそるおそるといった具合にゆっくり近づいてくる。
本当はあのじいさんのところに駆け寄って無事を確かめたいのだろうが、俺の真意をはかりかねて、警戒しているのだろう。
変に俺の機嫌を損ねて、じいさんにとどめ刺されたら困るから。
「睦実もあっち片付いたらここに来るだろ。待ってようぜ」
縁側にたどり着いた佐条智弥にそう声をかかると、不安を隠さぬ顔でこちらを向いた。
さっきまで堂々としていたのに、今は随分と弱っちい存在に思える。不思議なものだ。
二人で縁側に腰を掛ける。
なぜか急に刀をおろして、縁側に座ると、睦実を待とうと言う。
彼は一体何を考えているのか。
だが、今の私は彼のその気まぐれに生かされている。
智弥は空を見上げた。
佐条家が血に塗れた最悪の日だというのに、久しぶりにゆっくりと眺める雲は穏やかに流れ、夕焼けの空に絵を描く。
なんて美しいのだろうと、不謹慎にもそんな感傷に浸ってしまった。
「あんた、睦実にそっくりだよな」
「私が、睦実に? 初めて言われたが」
ぽそりと呟かれた一言に驚いて、彼を見る。
いつも正反対だと言われてきたのに。
庭をじっと眺める彼の表情からは何も読み取れない。
「お人好しなところ、そっくりだろ」
そうか、彼は睦実の優しさを知ってくれているのか。
いつも周りの人には冷たいと誤解される弟だ。
あの子の優しさを理解してくれる者がいるのは素直に嬉しい。
智弥は再び空を見上げた。
「君はこれでいいのか?」
「あん?」
「私の首をとらなかったら、安心院飛鳥から罰を受けるのだろう」
「ふっ、大丈夫だよ。飛鳥は俺のことは殺さねぇし。それに、あんたの首に飛鳥は大して興味なさそうだしな」
「そうか、ならいいのだが」
ただ、じーっと時が過ぎていく。
本当に大丈夫なのだろうか。
安心院飛鳥は命令に従わない者や、命令を遂行できなかった者には容赦がないと聞く。殺すならマシな方、死ぬよりもっと苦しい罰を与えるのだとも。
安心院飛鳥が私の首にそこまで興味がないというのは理解できるが、だとしても何かしらの罰を受けてしまうのではないか。
睦実にとって特別らしいこの者が犠牲になるのは避けたいのだが。
「なぁ」
「うん?」
「睦実って小さい頃からあんな堅物だったのか」
こんな質問をされるとは思ってなかった。
先程から驚いてばかりだ。
小さい頃の睦実か。
「確かに堅いところはあるが、昔から兄思いで心優しい自慢の弟だよ」
答えたのに彼は何も返してくれない。
「自分が正しいと思ったことを貫くがあまり、喧嘩っ早くて、心配ではあるけどね。私が死んだとき、この佐条家を継ぐのはあの子なのに。正しくあろうとすることがあの子の首をしめるのではないかと」
居心地が悪くなって、つい言うつもりがなかったことまで話してしまった。
「だったら、あんたが死ぬわけにはいかないな」
「え」
小さな声でそっとつぶやかれた言葉に彼を伺おうとした瞬間、右側から
ザクザクザク
庭園の石を踏みしめる音が聞こえた。
音の方を伺うとその先には、見廻り組の白い隊服を返り血で真っ赤に染めた睦実がいた。
「兄上、ご無事でよかった」
謀反を起こした者たちを粛清してきたのだろう。
痛ましいことだが、なにより睦実が無事でいてくれてよかった。
すぐにでも触れて、幻ではないと実感したいと思ったのだが、弟は一定の距離を保って、こちらに近づいてこない。
そのうえ刀の柄に手をかけている。
睦実が私を見たのは一瞬のことで、すでにその視線は人斬り総助に移っていた。
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