真のお人よしは目を逸らさない
衛兵とクロウリーが話す姿を遠くから見つめながら、ジャンは後頭部を掻く。
「とりあえずわかんねーけど、ドミニク」
振り返ったジャンが私の右手を一瞥する。地面に広がる血溜まりに眉をしかめると、ルーチェを見やった。
「そいつ治してやってくれ」
「もちろんです!」
ルーチェは待ってましたと言わんばかりに握りこぶしを作って意気込む。視線が「早く手を貸せ」と訴えかけていた。
おずおずと右手を差し出すと、思ったよりも傷が深くて目を剝いた。流血は穏やかになっているものの、爪が食いこんでいたところは点々と赤黒くなっている。嫌でも目につく血溜まりも相まって、ビジュアルが痛々しい。
思わず眉間に皺を寄せていると、ジャンも同じことを考えていたようで「見てるだけでこっちが痛ぇ」とつぶやいた。
「じゃあ、始めるね」
ルーチェの言葉にうなずくと、白魔法を発動された。
作中でもルーチェが回復を使っているシーンは何度かあったので驚きはしなかったものの、まさか自分が手当を受ける側になるとは思っても居なかった。
転生して学んだことだが、白魔法や黒魔法は固有魔法の中でも特殊で、魔法の種類が多いらしい。私の固有魔法である木属性は成長や回復をつかさどるのだが、白魔法は回復や攻撃だけでなく幅広いことが出来るらしい。だからルーチェはさっきのように鋭い光で攻撃することも出来れば、柔らかい光で回復することも出来るのだ。チートと言ってはいけない。彼女はヒロイン、選ばれた女なのだ。
黒魔法? さっきのクロウリー魔法しか見たこと無いからわからん。
(こうしてるとジャンルートと魔法の特訓してたイベントを思い出す……)
うまく魔法が扱えなかったルーチェがジャンが放課後に特訓をして好感度を上げていく、ジャンルートの序盤。この世界ではすでにジャンルートになる分岐も、ゲームのストーリーも飛終えている。今更ルーチェとジャンが引っ付くことはない気もするが、こうやって二人に介抱されるのは悪い気はしない。むしろ怪我に感謝である。
「おい。手、動かすなよ」
「痒いんですよ~」
かざされた手から出る光がむず痒い。身をよじろうとするとジャンに窘められた。
ジャンルートでは貴方もこの光で傷を癒してもらっているのですよ、とは言えないので我慢しているが、暖かい光が患部に入り込んでそわそわする。こればっかりは手当てをしてもらった人間にしかわからない感覚だと思う。
今後、この洗礼を浴びているシーンを画面越しに見たら「どんな気持ち? どんな気持ち?」と言ってしまいそうな気がする。そのためにも、来世はぜひ記憶を持ったまま「UTS」のある世界に生まれたい。ついでに言うとPicluvのある世界がいいです。二次創作させてください。
あれこれ考えているうちに光がぴたりと止んだ。
血も止まり、傷も無くなった気がする。ぐーぱーぐーぱーと手を開いては閉じ、開いては閉じと痛みを確認する。
肩も回してみようとしたが、ルーチェが私の肩を掴んだ。圧の強い笑顔がこちらを見つめていた。
「応急処置は出来たけど、学院に戻るまでは安静にしててね?」
「……ウィッス」
学院の保健室には同じ木属性でも回復に特化している先生が何人もいるので、後でちゃんと診察してもらうよう強めの口調で言い聞かされる。ごもっともな意見と共に、「エリンは怪我をしている自覚が少なすぎる」とハンカチが巻かれた。
それから現場検証のため店先から少し離れてほしいと言われ、近くにあったベンチへ移動していた。
正直帰りたいと思っていたが、それが無理なのは現場の雰囲気で理解している。私たちは大人しくベンチに座り、せわしなく動く衛兵たちを眺めていた。
「で、なんで俺が離れた数分でこんなことになってんだ?」
ジャンが腕を組みながら視線を向ける。ルーチェもきっかけが気になるようで、私の顔を覗んできた。
「いや、あの、その……」
両サイドから見つめる四つの目にたじろぎながらも、私はおじさんに声をかけた経緯を話し出した。
ふらふらしていたので体調悪いのかと思って声をかけたこと。振り返った時にやばいと感じてはいたことや、恐怖で動けなかったこと。まさか闇落ちだなんて思わなかったこと。食べられる寸でのところでクロウリーに助けられたこと。しどろもどろになりながらも一つ一つの出来事を思い出していった。
全てを話し終えると、右隣からため息が聞こえた。ジャンは背もたれに体重を預けると、口を開いた。
「レオが言ってただろ、城下町で闇落ちが問題になってるって」
「はい……」
威圧的なわけではないが、自分に分が悪いことは十分理解しているので、自然と返答する声も小さくなる。
さっきの辺りは繁華街の一つらしいが、闇落ちのせいで人通りが少なくなっているらしい。ルーチェは城下町に住んでいたこともあって付近のことにかなり詳しかった。
城下がこんな状態なので、学院祭を中止にすることも検討されたそうだが、今年はレオが三年生。つまり王族が在籍している最後の年なので、今更中止には出来なかったらしい。だから二人一組で行動させたりと対策が練られた、ということだった。
話を聞いてなお委縮していると、ルーチェが背中を撫でてくれる。背中へ感じる優しいぬくもりに涙が出そうになった。
落ち込む私を見てジャンは「……言い過ぎた、悪い」と頭を下げる。
「そもそも、俺が離れなかったら……」
苦しそうに眉をしかめ、ジャンが膝の上で拳を強く握る。爪が食い込みそうなぐらい力の入った拳に、私はそっと手を添えた。
「私が軽率すぎただけですから。ジャン様が気にされることじゃないです!」
むしろ巻き込んですみませんっ!
膝にあった左手をぎゅっと包み、ジャンを覗き込むようにずいっと顔を近づけた。
ナヴィが来られなくなった段階では私一人で来るはずだったところを、押し付けられたとは言え買い出し係を引き受けてくれただけでもありがたかった。
ジャンは私の奇行に驚いたのか、息を詰まらせる。目を丸くして私を見下ろす姿に驚嘆はあれど、後悔の色は見当たらなかった。
「おま、ちょ、手……」
「それにもし今日一人で買い出しに来ていたらって思うと、もっと心細かったと思うので……。ありがとうございます、ジャン様」
語尾になるにつれてどんどん声にはりがなくなっていく。尻込みする言葉では伝わらないかもしれないと、ジャンの手をぎゅっと握った。嫌いな私のために余計な気負いはしないでほしい。本当に、感謝しているのだ。どうか伝わってほしい。
どのくらい見つめあっていたかわからないが、空いた手でジャンは後頭部を掻く。「あー!」と投げやりな声を出すと、大きく息を吐き出した。
「ったくよ〜」
握っていた左手をそのままに、ジャンは空いた右手で私の髪ぐしゃぐしゃに髪を撫でる。
この髪の毛をぐしゃぐしゃにされるのも久しぶりだ。少し前はやめてほしい気持ちでいっぱいだったが、今はジャンの声がはずんでいることに安堵し、止めることが出来なかった。
「お人よしだな、おめーは」
「え、ジャン様ほどでもないですよ?」
お人よしのジャンに言われるほど私に親切心など無いが?
「ん?」「ん?」と互いに首をかしげあう私たちの頭上には、はてなマークが飛び交っていた。ルーチェはそんな私たちを微笑ましそうに見ていた。
それからしばらくは絡まりきった髪をほどきながら、三人で他愛ない会話をしていた。ルーチェも手伝ってくれたおかげで、一応人前に出られるぐらいにはなった。この際、くせ毛がぴょんぴょんしているのは仕方ない。マリアたちに帰ったら謝ろう。
すると衛兵の一人がジャンに駆け寄ってきた。フランクな会話から察するに、彼の知り合いのようだ。耳打ちで何かを伝えるだけ伝え、衛兵はすぐに持ち場に戻って行った。
ジャンは衛兵の後ろ姿に「ありがとな」と声をかける。姿が見えなくなると、私とルーチェの方へ向き直った。
「ひとまず学院へ一度戻れってさ。あっちに馬車が用意されてるらしい」
ベンチの横にもたれかかった荷物の群れを運び込もうとジャンが腰を上げる。
「あ、わたしも手伝います!」
買い物袋を持ち上げようとしているジャンに向かって、ルーチェも挙手して立ち上がった。
私も手伝うべく立ち上がろうとしたが、般若のような顔でこちらを振り返ったジャンが大股で近づく。私の前に立ちふさがると、袋を片手で持ち直した。
「お前は動くな。わかったな?」
「ひゃい」
人差し指を指されながら、顔をずいと寄せてすごまれる。ジャンの圧に負け、私はうなずくしかできなかった。
何度も首振り人形のようにうなずく私を見て、ルーチェが苦笑いしているのがジャンの肩越しからうかがえた。今日はジャンにもルーチェにも窘められているね、恥ずかしいね。




