本音に気づかないフリをしたい
ほどなくして二人は衛兵に連れられ、馬車のある方へと向かった。ぼーっと座っているだけで、私はすっかり手持ち無沙汰である。
なんとなくクロウリーを見やると、増援で駆け付けたらしい衛兵たちに状況を説明していた。眉一つ動かさず同じ内容を何度も話しているのだろうか。てきぱきとこなす姿は近寄りがたささえあった。そう、いつものクロウリーだ。
(さっきまで、あんなに人間らしい表情をしてたのに)
何度もお伝えしているかもしれないが、クロウリールートのメインは黒魔法の正体と彼の出自にある。クロウリーは自身の属性魔法のせいで幼少期に監禁同然の生活を余儀なくされ、誰も信用出来なくなっていた。相手と一定の距離をとり、傷つかないように取り繕って生きてきたのだ。その根幹には、王族や人に対する「恐怖」がきっとあったのだろう。
自分の力のせいで、誰かが傷つく。
それが彼の恐れることなのだろう。そして恐れや怯えを発散する術も多分知らないのだろう。
前世を含めても、あんなに眉を吊り上げたクロウリーの姿を初めて見た。苦悩が伺える表情差分は何個もあったが、スチルにも設定資料にも、怒りだけは描かれていなかったのだ。今更ながらストーリーだけで知った気になっていた自分が恥ずかしくなった。
ただほだされるだけではない。きっと、クロウリーの中ではたくさんの葛藤があり、ルーチェを心の内側に入れることを選んだのだろう。
(クロウリーは怒りを知らないのか、それとも忘れてしまってたのか)
本人の本心も、ゲーム制作陣の意図もわからない。分かるのは大人になったクロウリーには怒りが欠落しているかも、ということだけ。
淡々と衛兵たちに事情を話す後ろ姿を見つめながら、さっきの死地を反芻する。
此処まで淡々と彼の出自を踏まえて考察……いやほとんど妄想をしていたわけだが、そろそろ無表情を保っていることが難しくなってきた。にやけてしまいそうなのを堪えつつ、此処からはオタクの時間である。
(もう我慢ならん! やっぱさっきのクロウリーはおいしかったじゃろ!?)
オタクは飄々としているキャラの仮面が剥がれる瞬間が大好物なのである。なんなら本音を話すようになってからのギャップがそのキャラにとっての「サビ」。つまり、うま味なのである。
クロルチェが人気である所以も、普段は表情を顔に出さないクロウリーが懐柔され、ルーチェの前でのみ心を許したような笑みを見せるのが最高なのだ。残念なのはスチルにあそこまで感情を露わにしたシーンが無かったことだけである。
(さっき、仮面が剥がれた瞬間を浴びてしまったんだよな……)
私は、彼が隠したはずの怯えの感情を目の当たりしてしまった。
いや、ルーチェの前で感情は出せよという気持ちもある。「なんで私の前やねん」と言う気持ちで、喜ぶ私と解釈違いな私で人格が千切れそうになっている。
原作オタクの解釈として大正解な一面を知ってしまい「じゃあこの行動の真意には怯えが!? 怒りが!?」と今すぐでも考察したい衝動に駆られている。今すぐ家に帰って考察厨したいレベル。
人間だからそんな感情はあって当然と言っていた数分前の私の気持ちもわかる。でも私はオタクだ。しかも関係性に萌えるタイプのオタクなのでクロウリーの相関図を踏まえ、身をもって激昂する彼を知ったからこそ刺さるモノがある。断じて怪我をさせられてときめているマゾではない。
(死んでたかもしれないんだけど……。正直、しょーじき、今はそれどころじゃない! 全然落ち着いてられん!)
先程の恐怖が無くなったわけではないし、もしかすると考えたくないから萌えで現実逃避しているのかもしれない。結果論ではあるものの、生きているからモーマンタイだと言うことにしてもらえるとありがたい。結論:萌えには敵わん。
見つめていた背中が横を向く。横顔は相変わらず彫刻のように整っているが、少し疲れているように見えた。衛兵が敬礼をしてその場を去ると、クロウリーは小さくため息を吐き出す。人間らしいクロウリーの姿に胸が高鳴った。ハンカチを巻いた右手でぎゅっと胸元を掴んだところで、自分の行動に違和感を覚えた。
(え、高鳴っ……え? え?)
脈打つ鼓動がいつもの倍ぐらい早く動いている気がする。気がするんじゃない。本当にどこどこと太鼓のように打ち鳴らしているのだ。何処の部族の祭りなんだと言わんばかりに主張する心臓とは裏腹に、背中に冷たいものが駆け抜けた。
(嘘だろ……)
そんなまさか。信じないぞ。
小さくかぶりを振ると、もう一度クロウリーを見やる。
馬車から戻ってきたルーチェとジャンに気づいたクロウリーが声をかけていた。声は聞こえないが、三人で会話を交わし、それなりに盛り上がっているように見える。
三人は横並びでこちらへ向かってきた。待って、心の準備が出来ていない。私は勢いよくベンチから立ち上がり、三人を出迎えた。
「ただいま。何もなかった?」
「お、おかえり! 別に、何にも無かったよ?」
上ずりそうな声をこらえながら、ルーチェの問いに答える。私の心境は何も無かったとは言えないぐらい、数分前とは天と地ぐらい差がありますけどね。
いつもに増して気にかけてくれるルーチェとジャンに対し、「大丈夫」と何度も言ってなだめる。ピンク色の髪をふわりとなびかせながら「もー、あしらわないで! 本当に心配してるんだから!」と頬を膨らませるルーチェに、思わず「ヒロインかわいい」と声が出そうになった。
が、斜め前からちくちくと刺さる視線のおかげで思いとどまることが出来た。
視線の先に居るクロウリーは、先程から一切口を開いていない。いつもなら「エリン」とやたらめったら名前を呼びたがるのに、珍しいこともあるもんだ。
(まぁ、こちらとしても、今あの距離感で話されたらたまったもんじゃないからいいけど)
目は口程に物を言うと言うが、今日のクロウリーはまさにそんな感じだと思う。お得意の饒舌さは鳴りを潜めているものの、今も視線は言葉以上に何かを訴えかけている。私は気づいていないフリをして顔を上げることはしなかった。いや、出来なかった。
そうこうしているうちに学院まで連れて行ってくれる御者の準備が出来たらしく、ジャンと私の名前が呼ばれた。
「それではジャン様、エリンをよろしくお願いします」
「おう。ちんちくりんがこれ以上怪我しねぇようしっかり見張ってるからよ」
怪我のせいかやたら過保護な二人を、私は諦めたような目で見つめ返す。
どちらからともなくジャンと私が馬車へと足を進める中、ルーチェが「あ」と声を上げた。振り返ると見送りのためかクロルチェが隣に並んでいた。その光景を見て何故か、息が止まるかと思った。
推しカプの供給としてなのか、それとも……どんな意味で、だろうか。
「あの、今日わたしたちが駆け付けたことは他言無用でお願いします」
「おー。あとお前が学院外で魔法を使ってたことも、だろ?」
「お察しがよくて助かります」
見習いの私たちが学院の外で魔法を使うのはご法度だ。もっとも、ルーチェは白魔法使いとして仕事をこなしているだけなのだが、その任務は極秘である。私は原作で何度も見ているので違和感を感じても居なかったが、特例で魔法を使っていることをジャンはなんとなく気づいたのだろう。流石王子の側近、聡い男だ。
二人のやり取りと、何も話さないクロウリーを焦点を合わせずにぼーっと見つめる。
闇落ち、クロウリーの怒り、そして自分の感情。
目まぐるしく状況が変化していき、頭が追いついて来ない。
何より、見つめると逸らされ、逸らすと感じる視線の意図が、私には理解出来なかった。
ぐるぐると思考の海をさまよっている間も、ジャンとルーチェは会話を交わしている。正直、何を話しているのか全く聞いていなかった。目の前のジャンとルーチェはいつもと何も変わらないはずなのに、私だけ置いて行かれている気分だった。
「じゃあ、エリン。お大事に」
「あ、うん。ありがとう、ルーチェ」
ルーチェに話を振られ、咄嗟に返事をする。生返事だったが不審に思われていないだろうか。
内心焦る私をよそに、黙り込んでいたクロウリーが真っ先に踵を返した。
(一瞬、目が合ったはずなのに。逸らされた)
彼が纏う夜闇を照らす月のような目は一瞬、私を射抜いた。なのに何も言わずに彼は立ち去ろうとしている。それがなんだか悔しくて、私はクロウリーの背中に向かって声を張り上げた。
「あ、あの! クロウリー様」
「……どうした、エリン」
少し間をおいて、クロウリーが首だけこちらに向けた。落ち着きのある低い声は普段私の名前を呼ぶトーンと異なっていて、嫌な意味で心臓が跳ねる。
――まるで、拒絶されている。
ほとんど無意識で呼び止めてしまったせいで何を話すか考えていなかったうえに、クロウリーの態度で更に思考が白で塗りつぶされる。しどろもどろになりながらも、まずは伝えていなかったお礼を述べた。
「あの、その……。助けていただいて、ありがとうございました!」
「いや」
クロウリーは目を伏せ、首を左右に振った。相変わらず身振り手振りも無ければ言葉数も少ない。しばらくして、濃紺が広がり始めた空を見上げ、クロウリーは口を開いた。
「俺の方こそ、止めてくれて助かった」
実際何を思っていたのかは定かではないが、鼻筋の通った横顔は西日に照らされていて、哀愁を帯びていた。その姿に、私は意味もわからず引き込まれそうになった。
「気を付けて帰れ」
「は、はい!」
意識が飛んでいたこと動揺を隠すように無駄に大きな声で頷いたものの、大した会話になることもなかった。結局、視線はかち合うことの無いまま、ジャンに促されて馬車の方へとぼとぼと歩き出した。足取りが重いのは気のせいだろうか、いや、気のせいじゃない。
(いや、なんでこんなショック受けてんの。クロルチェは並んでたのにさ!?)
推しカプの供給を得たはずなのに、心が全く動いていない。むしろ冷え切っている。せっかくクロルチェがお見送りをしてくれているのに。目に焼き付けようとすらしなかったどころか、背けたくて仕方なかった。
(認めたくないんだけど……。認めたくないんだけど……っ!)
ジャンの背中を追いかけながら、頭を抱えたくなる衝動を堪える。
自覚したくはないがアラサー喪女、攻略対象にときめいている。困った。
いや、でも、たまたま顔が良くてドキドキしただけかもしれないし。
そう言い聞かせ、もう一度振り返る。すると背中を向けていたはずのクロウリーがいつの間にかこちらに向き直っており、ばっちりと目が合った。
(なんでこんな時ばっかり……)
さっきまで意図的に逸らされていた気がするのに。眉根を寄せたどこか物悲しい目に、一瞬足を止めそうになった。また鼓動が早くなる。顔も熱い。でも、知られたくない。気づきたくない。
私はぎゅっと目をつむると、整理のつかない気持ちを胸に前を見据えた。
泣きそう。むり。しかもなんでよりによってクロウリーなんだ。
目の前にある背中を見つめながら、違うと分かっていても黒い外套の面影を探そうとしている自分に嫌気がさした。
(……どう考えても吊り橋効果だよね、これ)
たかが一回助けられただけで簡単にときめきを覚えてしまうあたり、アラサー喪女の限界を感じた。チョロすぎるぞ私。
誰だよ、心残りは推しカプだけって言ってた奴。数時間前の私だよ。……こんなもやもや抱えたまま成仏出来るわけないじゃん!? どうすんのこれ!?
四月は不定期での連載となります。
お待たせすることとなりますが、引き続きよろしくお願いします。




