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ここのオタクは雑食だ、気をつけろ!

 レオのサイコパ……いや忍耐力の高さに感激していると、ナターリヤの表情が険しくなった。


「ジャン、城下の状況を知ってるでしょう?」

「……!」


 心なしかいつもよりも低いナターリヤの声に、ジャンが息をのんだ。二人に挟まれたレオもいつの間にか笑顔が消えていた。

 さっきまでのジャンをからかっているような空気から一転、重い空気にアメリアと私は顔を見合わせる。


「何かあるんですか?」


 アメリアが尋ねると、レオが困ったような笑みを浮かべた。


「最近、街での闇落ちに関する報告が何件か上がっていてね」


 レオの言葉を聞き、考えるより先に私はアメリアを見た。

 当の本人は表情を崩すことなくレオの話に耳を傾けていて、内心ほっとした。半年以上前のことだが、心の傷が完全に癒えたのかは本人以外はわからないゆえ、私の方が少し敏感になっていたのかもしれない。


 私が向けた視線の理由に気づいたのか、レオが目を伏せた。


「……グレンさん、ごめん。無神経だった」

「いえ、お気になさらず」


 軽く首を左右に振ったアメリアが声をひそめた。


「もしかして、買い出しは二人以上っていう理由は……」

「ご想像の通りですわ」

「城は原因究明でてんやわんや、城下町は注意喚起が出ててんやわんやさ」


 ナターリヤがため息交じりに言うと、レオも肩をすくめる。

 そんな慌ただしいタイミングで私たちはのうのうと学院祭なんてしてて良いのだろうか? 偉い人たちが決めたのだから気にすること無く学院祭の準備を全うするしかなさそうだが。


 二人の疲れた様子に、月並みの言葉しか出てこなかった。


「早く収まると良いですね……」


 私の知らないところでクロルチェは進展してるのかもしれないけれど、人の命に係わるので出来れば事件が起きないに限る。

 あと私の見ていないところでクロルチェがエンディングを迎えていたら寝込む。それでなくてもレオナタのイベントスチルを回収できなかったのだ。

 頼むから学院内で、かつ平和的に、私の目の前で、ハッピーエンドを迎えてほしい。


「ジャンがいれば大丈夫だと思うけど、アップルシェードさんも気をつけてね」

「あ、ありがとうございます……?」


 レオはすでに二人で行く前提で話が進んでいるが、本人はまだ了承していない。

 ジャンを見上げると、ばっちりと目が合った。半歩下がり「うっ」と声を詰まらせていたが、観念したように息を吐きだした。


「……しゃーねぇな」

「え? ほ、本当にいいんですか?」

「主が行けつってるからな」


 じとりとレオを横目で見やる。しかしながら彼には全く効果はなく、逆に笑みを濃くした。そんなレオの態度が気に入らないらしく、ジャンは舌打ちをして明後日の方向へ顔を逸らした。


 あからさまな態度に苦笑が漏れる。嫌いな女と二人きりなんて苦行だよね、わかる。


 オタクとしては嫌悪が態度に出るジャンのド正直さは嫌いじゃない。むしろ良ポイントだ。

 とはいえ、嫌いな人間と二人きりになるストレスは計り知れないので、苦労代も含めて座ったままだが私はジャンに対して頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします! ジャン様!」


 本音を言うと、一人で持てる荷物の多さではないことは十分理解していた。魔法でどうにか出来たらいいのだけど、生憎見習いの私たちは学院の外では魔法が使えない。なのでジャンが来てくれるのはとてもありがたい。


「別に、迷惑じゃねぇけど……」


 喧騒に紛れそうな小さな声でジャンがつぶやく。

 嫌いな人間でも困っていると手を差し伸ばさずにはいられない辺りが人に慕われる要素の一つだろう。

 こりゃ人気投票一位も大納得ですわ。ジャンの女たちは胸張って今後もジャンを推してほしいところである。


 ジャン推しのみんなたちに思いをはせていると、レオが「そういえば」と声を漏らした。


「ジャン、最近アップルシェードさんの頭を撫でないね」


 顎に手を添え、不思議そうに首をかしげた。


 そりゃあ、私のことが嫌いだからでしょうよ!

 と、言いたかったけれど、波風を立てたくないので「そ、そうですっけ?」とごまかした。目が泳いでいるって? 気のせいです。


 聡いレオが気づいていないはずがないと思うのだが、なぜそこまで不思議そうにしているのだろうか。見定めるようにじっと見つめられ、気まずそうなジャンが不憫に思えた。


「べ、別に……」


 言葉を濁しながら苦虫を嚙み潰したような顔でちらりとアメリアを見やる。視線がかち合う前に、ジャンはすぐに顔を逸らした。


(え、待って?)


 そっぽ向くジャンを見るアメリアの表情がオタク的表現で言う「後方彼氏面」に見えたのは気のせいだろうか。いや、気のせいではない……はず。


 二人の様子を見て、雷が落ちた。これは天啓である。オタクの直感は結構当たるんだ、私は詳しい。


(何!? いつの間にそんな関係に!? アメリアが居るから他の女には触らないんですか!?)


 私の知らない間に二人の関係性が大きく変化していることはよくわかった。

 レオナタ、クロルチェに次ぐ新たな推しカプ爆誕である。ありがとう公式、ありがとう運営。どこに感謝していいかわからないけれど、新しい萌えを得た。感謝。


(私のことを嫌いでも強く言いだせないのって、レオだけじゃなくてアメリアの存在もあるってコト!?)


 奥歯を噛みしめて口角が緩むのをこらえていると、ジャンが訝しげに眉をひそめた。


「ちんちくりん、お前変な顔してんぞ?」

「しょ、しょんなことないですけど!?」


 ジャンの言葉に促され、アメリアも「お腹痛いの?」と顔を覗き込んできた。

 え、何? 二人のコンビネーション完璧では? レオナタの隣で新たな推しカプが心配そうに私を見つめて来る。天国やん。もう二人のこと、そういう目でしか見られない。


「いや、ほんと大丈夫だから!」


 突然のジャンとアメリア――ジャンアメ? ジャンリア? の可能性に加えていきなり供給過多で、ある意味お腹は痛いけれども。

 ジャンは納得していない様子だったが、予鈴が鳴ったので深追いはされなかった。


 自分の席についたナターリヤは「無理しないようにね」と言ってくれたのだが、仮病と言うか健康体ですみませんの気持ちでいっぱいだ。でも、ありがたくお気遣いは頂戴いたしました。

 あとなぜか「ジャンの態度、誤解しないことね」と謎のフォローもいただいた。ナターリヤはジャンが私を嫌っていることに気づいているのだろうか。よく意味がわからなかったので、生返事を返すことしか出来なかった。


(それにしても、私の周りは美男美女カップルばっかりで目の保養だな~)


 次の授業の教科書を準備しながら、先ほどのジャンアメを反芻する。

 レオナタともクロルチェとも違う、目を合わせるのも恥じらいがあるのが良い。身分差に関してはなんとも言えないけれど、二人には等身大の甘酸っぱい青春を送ってほしい。見守るので。


 ちなみにカプ名はジャンリアと悩んだ結果、結局ジャンアメに落ち着いた。古のオタクの表記に倣ったのと、アメ「リア」とナター「リヤ」が似ているので表記ゆれとかが出ても困ると判断したからだ。

 今はまだ私が村を開墾しなければならないドマイナーカプだけど、来世では覇権カプの一つになっているかもしれない。表記はわかりやすいに限る。


(そろそろ本気で推しカプ本を形に残しておいた方ががいい気がしてきた! 原稿始めちゃうか!?)


 テンションアゲアゲのルンルン気分で筆記用具を机に並べる。その間も脳内で自問自答を繰り返し、考察と言う名前の妄想が広がっていく。


(ジャンに買い出しをお願いしたのも「彼氏なら大丈夫」と言う絶対的信頼からなのかな〜。まぁ私なら男女間の事故も起きないだろうしな)


 納得のできる説が浮上し、自分の考察に何度もうなずいてしまう。傍から見ると一人首を振っているヤバい奴だが、各々授業の準備にいそしんでいるから気づいていないはず。


(出来れば推しカプで買い出しに行ってほしかったけど、アメリアには衣装係の仕事があるからな……)


 代わりに私が二人を更に盛り上げられるようにジャンをそそのかすしかない。ついでにどこまで進展しているのかも聞かねば。

 聞きたいことのリストアップも必要だな、と羽ペンを手に持つと、前世での同人原稿マンとしての力が覚醒してしまったのか妄想が溢れ出して止まらない。


(あ、もしかして嫌われているんじゃなくてアメリアが居るから異性と距離を取ってる的な説もありえる?)


 え、名推理では? 今すぐ奇声をあげて頭を抱えたくなるのを我慢し、ぎゅっと目を瞑った。


 真摯かよ、紳士かよ、最高かよ~!

 これ以上推しカプを増やしてどうするんだ、公式!


 オーウェン先生が教壇の前に立ったのを尻目に、私はゲンドウポーズを構えてジャンとアメリアの背中を見つめた。

 授業中も推しカプ観察しようとするだけで目が足りない。


 ちなみに五時間目の魔法動物学のノートには、八割妄言の中に二割だけ板書が含まれていたことだけはお伝えしておく。

いいね・評価・誤字報告・ブクマ等いつもありがとうございます。


ゆっくり更新ではございますが、引き続き今年もよろしくお願いいたします。

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