ちなみに買い出しはじゃんけんで決まった
ジャンとアメリアの会話は次々々回の閑話までお待ち下さい。
「え、エリンさん~!」
数日後の昼休み、委員会の仕事で図書室へ向かっていたはずのナヴィが教室に戻ってくるなり申し訳なさそうに声をかけてきた。
「な、ナヴィ!? どうしたの?」
「実は……」
先日のホームルーム以降、学院祭の演目とキャスティング以外にも裏方の係も決まり、着々と学院祭の準備が進んでいた。
脚本係と監督の指示のもと、私たち小道具係も話し合って、絶対に必要であろう備品のリストアップや小道具のデザインを考案したりしている。
買い出しの第一陣として私とナヴィは今日の放課後に街へ出かけるつもりだったのだが、ナヴィが委員会で行けなくなってしまった。
「ほ、本当に申し訳ありません~!」
なんでもついさっき決まったらしく、中抜けをして伝えてに来てくれたらしい。泣きそうになりながら謝罪するナヴィに、胸が苦しくなる。
むしろナヴィが委員会の仕事をしている間、のんきにごはんを食べ終えてアメリアと世間話をしていてごめん。
「仕方ないからさ、気にしないで! 一人で行ってくるし!」
ナヴィを安心させようと力こぶを作ってにっこりと笑う。
しかし買い物の量を知っているからか、本人は眉間に皺を寄せていた。
「一人で持てる量じゃないですよね……?」
確かに、一人で行くのは大変かもしれない。それもこれも、二人で持って帰って来る前提の荷物量なので仕方ない。
ナヴィがじっと見つめて来るので、渋々机の中から買い出しメモを取り出して両手を上げた。美少女にじっと見られたら逃げられません。不審がるようなニュアンスで見られているとしてもドキドキしちゃうよね、降参です。
「どれどれ~?」
アメリアが身を乗り出してメモをのぞきこむ。
自分の物のように座っているが、彼女が座っているイスはナターリヤとは反対側、つまり右隣の子の席である。偶然彼女の友達とアメリアの席が近かったので昼休みは席を貸し合いっこしている。
しばらく無言でメモの字を追いかけていたが、次第に表情が渋くなる。
「確かに一人で行くには多いわね」
「でも今日行かないと明日から作りはじめるし……」
「そうね、一日遅れるのはきついわ」
アメリアと私は腕を組んで唸る。思案する私たちを見てナヴィがもう一度「すみません……」とつぶやいた。
「いや、委員会はしょうがないからね!?」
「そうよ」
学院祭は来月。正直、準備期間に猶予はない。リハーサルまでには全ての小道具をそろえておかないといけないのだ。最初のリハーサル日から逆算したところ、半月と少ししか日数が無いのだ。他の係もだが、ギリギリのスケジュールで動いている。
それに文化祭あるあるだと思うが、小道具や衣装は直前になって「やっぱりこれも作った方がよくない?」と無茶ぶりをされることも多い。余裕を持って動くことにこしたことはないのだ。
さて、どうしたものか。
三者三様に頭を抱えていると、ナヴィがはっと顔を上げた。
つられて私とアメリアも黒板の上にある時計を見やる。昼休みが終わるまで二十分以上あった。
「あの、すみません! 言い出しっぺで申し訳ないのですが、そろそろ図書室に戻らないと……」
そういえば、ナヴィは委員の仕事を抜け出してきたんだった。
後ろ髪を引かれながらも扉へと足を向けるナヴィに、手を振る。
「あ、ごめんね! 時間取らせて! とりあえず、買い出しのことは大丈夫だから!」
「本っ当に申し訳ありません! 失礼します!」
ドップラー効果よろしく、歩きだしながらの謝罪は、語尾の辺りが消え入りそうだった。
「図書委員って大変なのね」
「忙しそうだよね、いつも」
アメリアのつぶやきに頷くと、もう一度買い出しメモに視線を落とす。
どの店から行けば楽に買い物を済ますことが出来るだろうか。もんもんと考えていると、アメリアが「あ」と声を上げた。
「そういえば今日の朝、オーウェン先生が『買い出しは二人以上で行くこと』って言ってたわよね?」
「あー、なんかそんなこと言ってたかも?」
確か、城下町は一人で出歩かないようにとか、なんとか。
疲れていて覇気がないオーウェン先生だが、あの時の眼力は鬼気迫っていたような気がした。さすが王弟の側近と言った気迫だった。
(ただ単に寝不足で目がギンギンだったのかもしれないけれど)
朝礼のことを思い返してみたが、私自身も眠気と戦っていたのでオーウェン先生の表情までは曖昧だった。
首をかしげる私を見ながら、アメリアは頬杖をついて話を続ける。
「やっぱり誰か手空いてそうな人、探した方がいいんじゃない?」
「でもどの係も今日から本格的に動き出すよ?」
「そうなのよね~。アタシが行けたらよかったんだけど」
買い出しは今日行かなければ間に合わない。しかも二人以上での買い出しを求められている。けれども他の係も皆忙しい。アメリアの所属する衣装係も例外ではない。
誰もついて行けない以上、お互い頭では私一人で行くのが最適解であるとわかっている。だからこそ会話が堂々巡りになりつつあった。
「まぁ、一人で行く……」
私の言葉を遮るように、引き戸の開く音が響いた。話し声でにぎわう中でもはっきりと聞こえたので、何気なく音のする方へ私たちは視線を向けた。
そこには昼食を食べ終えて教室へ戻ってきたのだろう、レオとナターリヤが居た。それも腕を組んで。二人の数歩後ろには手をつっこんでいるジャンの姿があった。
新学期になってから何度も見かける光景だが、心臓はいくつあっても足りない。新規作画のレオナタ供給に奇声を上げそうになるのを懸命にこらえた。
するとアメリアが突然机の天板を叩いて立ち上がる。
「いいところに! ジャン様!」
前列のレオナタがアメリアの方を見て立ち止まる。ジャンは誰が声をかけてきたのかわからなかったようで、二人の間からひょっこりと顔を覗かせた。レオの背後からでも見えているあたり、改めて背が高いなと思った。
「あー? なんだよグレンか」
「今日の放課後暇ですか? 暇ですよね?」
いきなりフランクにジャンへ声をかけるアメリアに対し、私は目を剥いた。
(え、いや、アメリアとジャンって仲良かったっけ!?)
驚きを隠せない私をよそに、レオたちは何事かと近づいてくる。視線だけアメリアに向けてみると、やたらご機嫌にジャンを見つめていた。
私の知っている限り、アメリアとジャンの関係と言えば友人の友人と言う微妙な関係だったはず。
誰の友人かと言われるとそれもまた曖昧で、一番しっくりくるのはナターリヤの友人同士だろうか。ジャンをナターリヤの友人と言う枠に収めてしまっていいのかはわからないけれど。
いつの間に二人が仲良くなったのかわからなくて考え込んでいると、三対の上靴が視界に入ってきた。
「放課後がどうかしたんだい?」
声のする方へ顔を上げると推しカプが思ったより近いところで腕を組んでいて息が止まった。いつまでも慣れない、推しカプの供給。
「実は今日、エリンが買い出しに行く予定だったんですけど、一緒に行くはずだったナヴィが行けなくなってしまって」
ジャン様をお誘いしました!
悪びれることもなくアメリアは言いきった。すがすがしいほどの笑顔で。
一部始終どころか全てを隣で見ていた私はあんぐりと口を開けたまま固まった。さっきから表現がかわいくないかもしれないが、それぐらいの衝撃があったので許されたい。
(どどどどどうしたアメリア!? ご乱心か!?)
空気の読める女・アメリアはどこに消えたのか。いきなりの無茶振りに目の前の三人も固まっている。そりゃそうだ。
(ナターリヤから「王子の騎士を私情で使おうなんて、不敬ですわ」とか言われかねなくない!? そんなこと言われたら立ち直れんが!?)
そういえばアメリアは私がジャンに嫌われていることを知らないはず。だから人選としては私の知り合いにわざわざ声をかけてくれたのかもしれない。
ありがたい話ではあるが、よりによって王子の側近を選んでしまったのか。それならもっと他に声をかけられるクラスメイトがいるはず。王族とその側近なんて学院祭以前に忙しい人種だろうに。
モブの私だからこそ言いたい、モブを選んでくれ!
どうやってアメリアを言いくるめ……いや、説得しようかと考えていると、隣から再びはつらつとした声が聞こえた。
「と、言うわけでジャン様、エリンと一緒に街へ買い出しに行ってもらえます?」
「アメリアさん!? 話を勝手に進めないで!?」
とっさにアメリアの腕を掴んで揺さぶるも、彼女の視線はぶれずにジャンを見ていた。ダメだ、完全に暴走している。
(ひぃ~! 三人の沈黙が怖いッ!)
未だ目の前のレオナタとジャンは何も言葉を発しない。呆れて何も言えないのだろうか。このままアメリアが不敬罪とかで糾弾されてしまったらどうしよう……。
最悪の状況ばかり考えていると、意外にも最初に口を開いたのはジャンであった。
「なんで俺なんだよ」
ごもっともすぎる言葉と共に、可もなく不可もなく表情で腰に手を当てて私たちを見下ろしていた。もっと嫌悪感丸出しだと思っていたので、少し拍子抜けだった。
目をぱちくりさせていると、レオと目が合う。にっこりと笑いかけられ、アメリアの発言に不快感を抱いていないことにひとまず安心した。
「いいじゃないか。ぼくのことはいいから行ってあげなよ」
「おい、レオッ!」
味方だと思っていたレオがアメリアに助け船を出し、ジャンは勢いよく横へ首をひねる。
むしろ隣のレオが笑顔でジャンを見ている方が不自然すぎて怖い。
気のせいでなければアメリアとレオが意気投合しているように見える。
アメリアといい、レオといい、なんでそんなほほえましそうにジャンを見守っているのかわからない。もう一度言うけれど、怖い。
買い出しの件をとっとと進めようとしているレオとアメリア、それに反発するジャン。
私の話なのに、誰も聞いちゃいない。もう頭上で行われている攻防戦を傍観することに徹するしかなさそうだ。
ぼーっと私の机の周りを囲う四人を見つめていると、黙って見ていたナターリヤが身を乗り出してジャンに向かって口を開いた。
「ジャンが居なくても従者がどうにかしますわ。またとないチャンスじゃない。心置きなくいってらっしゃいな」
「おい! ナターリヤまで……!」
まるで四面楚歌。正確にはジャンを囲んでいるのは三人だけど。
もはや他人事として見上げていたが、よく見るとけしからん光景が目の前に広がっているではないか。
(ジャンも大変だな……って待って、何? どうした?)
ナターリヤがジャンへ話しかけるために身を乗り出したせいでレオとの距離が縮まっていた。
(目の前で推しカプが密接? 密着? しているんですけど、これは何? 妄想? 幻覚?)
ナチュラルにイチャイチャしとるわ。最高やん。
いや、まぁ、ダズヌール王国民なら知らない人が居ないであろうお二人ですし、今更イチャついたところで誰も気に留めないか。私だけが異常に反応しているんですね、そうですね。
てかレオの腕にナターリヤの胸、当たってない? なんでこんな平気そうな顔しているのこの人。怖っ……。




