フラグなんて立ちませんね
学年末テストが終わるまでは安心できないものの、終わってしまえばあっという間に終業式になってしまった。
あの昼休みの次の日、ルーチェともう一度花壇へ行った。
防御壁を応用した風よけが思いのほかうまく行き、なんとか真冬につぼみをつけられたことは報告出来た。結局、テスト勉強とかをしているうちにまた失敗してしまったわけだが。でも庭師さんに褒めてもらえたので、今年の冬も挑戦しようと思っている。
前世の学校同様、この世界でも学期末は学年ごとに集合して学園長の長い話を聞かされる。基本的に式典はクリスマスパーティーを行ったあのホールで行うのだが、あれから二回もこの場所で終業式をしていると思うと時の流れが速すぎて目まぐるしささえ覚えた。
(と言うことは、レオナタと接触してもう三か月以上経っているのか……)
感慨深いけれど、どうしてこうなった感は否めない。
そっと物陰からレオナタがイチャイチャしているのを観察し、心の中で前世の戦友たちへ勝手に共有しているだけで幸せだったはずなのに。
終業式後は成績表を渡されたり掃除をしたりと、こちらも前世をほぼ変わらないHRを終える。ちなみに今年も無事に魔法薬学は一年間を通してS+を獲得出来た。それ以外は至って平凡です。
図書室に寄ると言っていたルーチェとは早々にバイバイし、一人帰る支度をしていた。
(学期末は宿題もないし、図書室で黒魔法について調べたりしてるのかな〜。えらいなぁ〜)
ついでにクロウリーと会ったりしてないかなぁ……。会ってるなら覗き見したいなぁ……。
邪な想像をしながら鞄を配布物を突っ込んでいると、教室の扉が軽快な音を立てて開いた。
「よ! ちんちくりん!」
「その呼び方いい加減やめてもらえません?」
ジャンが颯爽と隣のクラスからやってきた。手を振る姿に教室内は少しだけざわつく。見た目はさわやかイケメンだからって、私は騙されないからな。
「レオ王子ならあそこですよ」
「おう、知ってる」
私同様に帰る準備をしているレオを指さすと、目の前のタレ目はあっけからんと言い返した。わざわざ後ろの方の席までご足労いただいているが、レオの席は窓際の一番前なんですけど。
ちなみにジャンとルーチェの共通点はタレ目である。威圧感があることをコンプレックスを持つジャンに「ジャンの優しさはちゃんと見えてるよ」なんて言ってあげたルーチェって優しすぎない? やっぱ天使だわ。
「ちんちくりん、春休みも引きこもりか?」
「自分から選んで引きこもってるんですー」
そんなこんなでルーチェとひっつかないであろうこの世界のジャンは太陽のような笑顔を持ついたずらっ子(+おそらくコンプレックスは健在)のままである。
引きこもりの何が悪いと言うんだ。オタクは部屋で趣味が完結するからいいんだよ。決して友達が居ないから予定が無いとかそういうのじゃないから……多分。
「ジャン様ってお暇なんです?」
「は? んなわけねーだろ」
「お忙しいならよく飽きもせずこんな下流貴族にかまってますね……」
ジャンはあの昇降口での一件以降、何かしら絡んでくるようになった。最初こそクラスメイト(と呼べるほど仲のいい人はほとんど居ないけど)からは奇異の目で見られていたが、今となっては誰も私に気をかけることはなくなった。人間として相手にされてないのが伝わったらしい。
ジャンに至っては一体何が面白いのやら。今も私の髪をわしゃわしゃとかき混ぜては大きな口を開けて笑っていらっしゃる。
巻いているとはいえぐちゃぐちゃになったボブヘアーほど簡単にはごまかせないものはない。最近会うと必ずこうなんだけど、本当に何? 気に食わないことした? これでもくせっ毛をごまかすために巻いたりしてセットに時間かかっているんだけど。扱いが犬なのよ。
「ジャン、お待たせ」
「おう!」
一方的にジャンから絡まれていると、レオがひょっこりと顔をのぞかせた。レオ単体にそんなにときめかない女だけど、やっぱり近くで見ると顔の良さに息が詰まる。
「ひぇっ」と声を上げた私に、レオは申し訳なさそうに口を開いた。
「アップルシェードさんもいつもジャンがごめんね」
「い、いえ……王子が謝ることでは……」
私が奇声を上げたのはジャンの態度ではなくレオのご尊顔を間近で見たからなのだが、本人はおそらく気づいていないだろう。下流貴族に対しても出し惜しみ無く向けられる笑顔に、私は委縮していた。タダで見ててすみません。
うつむいて視線をさ迷わせる私を見て、ジャンが拗ねたような口ぶりでつぶやく。
「俺の時と反応ちがくねぇ?」
見上げるとジャンは腕を組んでふてくされた表情をしていた。
え、ジャン様はお心当たりが無い? 不思議ですね。私の髪は鳥の巣なのですが。
本気で理解していないらしいジャンに対し、私は表情筋の死んだチベスナ顔で首をかしげた。
「日頃の行いでは?」
「あ?」
「まあまあ。待たせてしまった僕が言うのもなんだけど、帰ろうか。ジャン」
一触即発のところ、レオが仲介に入る。
睨み合って威嚇する姿はさながら犬同士の喧嘩だろうか。目の前の長身からは「ガルルルル」と聞こえてきそうだ。自分のことを棚に上げて言うけどさ。
「ほら、レディを睨みつけない」
「レディ? こいつが?」
「はいはい、行くよ」
反論しようとする両肩に手をそえ、レオはジャンの身体をくるりと反転させた。抵抗もむなしく、じたばたとしながらもジャンは扉の方に向き直った。不満を漏らすジャンの背中を、レオが笑顔で押しはじめる。
「あ、アップルシェードさん」
レオが顔だけ振り返り、私を見た。
もはや二人のやりとりを傍観者として見ていたので、急に名前を呼ばれて肩がビクッと跳ねたのは仕方ないと思う。
「は、はい!」
笑顔と共にしっぽのような短いポニーテールが宙を舞う。背景に大振りの花とキラキラのエフェクトが見えた気がした。
大の男を押さえつけながらも優雅にほほ笑む姿はゴリラとしか言いようがないが、「レオってそういうところあるよね」ともう一人の私が脳内で語り掛けた。心を許している人にはちょっと強引なところを生で見ることが出来て本当に感謝。レオジャンレオの腐女子、見てるか? 私は今、貴方たちが阿鼻叫喚している姿がなんとなく想像出来て愉悦です。
またしても私の意識は星の彼方へとぶっ飛んでいた。レオの次の言葉を聞くまでは。
「三年生になっても、ナターリヤと仲良くしてね」
「……」
……なんて?
宇宙エリン再来である。
目を瞬かせながら、レオの方をじっと見つめる。しかしレオの表情は変わることなく、ずっとほほ笑んでいる。
今、レオが何を言ったのか処理出来ない。とうとう本気でどこかのシナプスが焼ききれてしまったかもしれない。
何十回のまばたきを繰り返し、ようやく我に返ることが出来た。
体感にして五分。実際は何秒かの空白なのは承知である。たかが数秒、されど数秒。私の身体はまばたき以外の動きを忘れた。
「こ、こ、こ、こちらこそ! 私でよければ!」
「はは、ありがとう」
勢い余って隣の教室にも聞こえそうなぐらい大きな声で元気よく答えてしまった。
レオはフリーズしていたことも、デカい声を出したことも気に留めることなく笑っていた。ここまで動じないとなれば、人としての器が大きいのか、もしくは少し感覚がずれているのかの二択だと思う。こんな挙動不審の女にナターリヤを任せて大丈夫なのか? 私なら絶対に任せないけど。
とはいえ、三年生になってもナターリヤと接触していいと許可をいただいてしまった! おこがましいけれど、間近で推しカプのイチャイチャを見ていいよとご本人からお許しを得たのだ。勝利の文字以外に当てはまるものはないだろう。
「そこはよろこんでェ! だろーが」
おい! 黒歴史を掘り返すな! 現実に引き戻させるんじゃねぇ!
視線だけこちらに向けたジャンが言う。ちらっと見えた横顔は勝ち誇ったようにニヤリと笑っていた。そんな表情も様になってるのが更に悔しさを助長させる。鼻筋キレイだな、コノヤロー。
「ぐ、ぐぬぬ……」
「こら、あまりからかいすぎない」
いーっと歯を見せて威嚇するジャンに、レオが肩を叩いて宥める。「でもよぉ!」と反論しようとするが、扉に向かって背中を押されたせいでうやむやになったらしい。
「ちぇー。じゃあな、ちんちくりん!」
「またね」
「はい。レオ王子も、ジャン様も、また新学期に」
彼らの足元が視界から消えるまで、深々と頭を下げ続ける。仲の良さそうな話し声が遠くなるのを待った。
しばらくして顔を上げると、何事もなく鞄に視線を戻した。
(途中まではレオジャンですか? ジャンレオですか? 私はレオジャンかなって思いました! って興奮してたはずなのに。突然の推しカプ供給は心臓に悪かったな……)
脳内で悶々と先ほどまでの出来事を反芻する。もちろん帰る準備をする手を止めることはない。
オタクは供給がありすぎてもしんどくなってしまう生き物なのだ。繊細なのでもっと優しく扱ってほしい。危うくキャパシティーオーバーでぶっ倒れるかと思った。
てかよくよく考えてみたらレオから「ナターリヤをよろしくね」って言われるのおかしくない? レオのナターリヤに対する感情がちょっと重くない? 今言うことなのそれ?
いくら私が二次創作をたしなむ訓練されたレオナタの民でも「エッ」ってなるわ。まじで過去に何があったんだこの二人。二次創作より二次創作してるからね、あの二人だけ。
「はぁ……」
なんだかどっと疲れた。
今度こそ帰るぞと鞄を手にした時。オーウェン先生の声と共に教室の扉が勢いよく開いた。
「アップルシェードさん!」
まばらになったとはいえ、担任が特定の生徒の名前を呼びながら扉を開けるのは穏やかでない。
ジャンの時とは異なり、「え、アイツとうとうなんかやらかしたの?」というクラスメイトからの視線がチクチク刺さる。
「よ、よかった、まだ帰ってなくて……」
先生が息を切らしているなんて珍しい。この人、隈のせいで見た目は虚弱そうだが王弟の側近である。底なしの体力があるはずだろうに。よっぽど急いで戻ってきたんだろう。普段は静かに耳元で佇んでいるピアスも右往左往している。
「そんなに急いでどうしたんですか?」
「突然すみません……。この後、お時間はありますか?」
「は、はぁ。ありますけど」
なんでも私に会いたい人が学院に来ているらしい。「本当に私ですか? 王子やルーチェでなく?」と確認してみたが、オーウェン先生は首を横に振った。
「他の誰でもなく、貴女です」
そう言われてしまったら、断ることもできやしない。
成績が悪くて呼び出されるわけではないらしいので、首を縦に振って承諾した。
「そうですか、よかった……」
大きく息を吐きだし、オーウェン先生は安堵の笑みを浮かべた。あのオーウェン先生がこんなに動揺するほどの来客なんて、想像もつかない。もちろん私に会いたいなんてもってのほかである。あ、八重歯見えた! ラッキー!
オーウェン先生に「従者に遅くなる旨を伝えて来る」と伝え、すぐさま私は昇降口に居るであろうマリアの元へ向かった。
決して私を見上げた息絶え絶えのオーウェン先生がえっちだったからうっかりオッケーしたわけではない。心のスクショは撮りましたが。
「マリアー!」
馬車の前で待機していたマリアに近寄ると、従者たちが一斉にこうべを垂れた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「実は……」
言葉を濁す私に、マリアが眉をしかめた。
「どうかされましたか? ま、まさか成績が悪くて呼び出されたんじゃ……」
「違う違う! 私も同じこと思ったけど!」
何度も首を左右に振ると、マリアを手招いた。
成績が悪かったわけではないし、別に隠す必要はない。しかしこの昇降口は全校生徒が利用する場所である。ついでに言えばあのクロウリーの件があったのも此処だ。そんな場所であまり目立ちたくなかったのだ。
「担任の先生から会わせたい人が居るから少しだけ居残ってって言われた」
「会わせたい人!? 誰ですか!?」
勢いよく飛びのいたマリアが声を荒げた。
なんのために耳元でささやいたと思ってんだ。
「わかんない」
「お嬢様、危機感をお持ちくださいませ! そんな得体の知れない人間と突然お会いするなんて!」
「得体の知れないって」
マリアの物言いが面白くて、思わず吹き出してしまった。
危機感、と言われても担任から紹介される人だ。変な人ではないはず。なんと言っても王弟の側近である。審美眼は研ぎ澄まされているだろう。
「オーウェン先生のお知り合いらしいよ」
わなわなと震えるマリアの両手を包み、気がかりが少しでも晴れるようブンブンと上下に振り上げた。
「で、ですが……」
「外部の人らしいから学院に入れてる段階で身元の保証はされてるでしょ?」
入校できると言うことは、ちゃんと正規の手続きを行い、学院のお墨付きがあるということだ。さすがにいきなり事件には発展しないだろう。例えば、闇落ちとか。
するりと両手を離し、校舎へ向き直った。レンズ越しでもマリアの表情が曇っているのがわかる。
「すぐ戻るから待ってて!」
心配させまいとはつらつとした声で言ったつもりだったけれど、ちゃんとくみ取ってもらえただろうか。
振り返って片手を上げると、困ったような顔をしていたもののマリアも小さく手を振り返してくれた。
(従者に恵まれてるなあ、私)
アップルシェード家は大した家系ではないし、私自身もただのオタクだ。
記憶がよみがえる前からずっと私に仕えてくれていたらしい、マリア。
普段は品行方正。みんなの頼れるマリアなのだが、じゃじゃ馬とまではいかないけれど、私のことになると暴走する。
そのうえ見た目はただのメイドだが、私を守るために体術にも精通するようになったらしい。日々、私に尽くしてくれているのに一体いつの間にそんな芸を会得したのやら。寝る間も惜しんで努力するとかオーウェン先生かよ。
(そういえば、手袋をしてるのも一緒だな~)
マリアの場合、屋敷に帰ったら外してるけどね。
曰く、外では気持ちの切り替えとしてはめているらしい。こんな下流貴族が攫われることなんて滅多にないだろうに。真面目か。
(それにしても、マリアの結婚か~)
もしマリアが結婚するとなったら絶対小姑になってしまう自信しかない。
とはいえ、いずれマリアも結婚するだろう。適齢期とも言える年齢だし、子離れよろしく従者離れが来る日も近いかもしれない。
順番に屋敷の従者をマリアの隣に並べてみた。しっくりこない。と言うか、ひいき目なしにマリアの方が優秀すぎて釣り合わない。
とびっきりいい男じゃないと許せないかもしれない。割と本気でオーウェン先生レベルじゃないと認められない。たとえオーウェン先生だったとして、マリアに求婚する際は私の屍を越えて求婚しやがれくださいの気持ちで立ちはだかるつもりだけど。
(でも相性とか意外に良さそうじゃない? 案外、お似合いだったりして)
……いや、その前に接点が無いか。
そんなありもしない妄想をしながら、私は再び教室へと急いだ。




