オタク気質なのは元来のものでして
教室に戻るとすでに生徒は全員帰っていて、オーウェン先生だけが教壇に肘をついて立っていた。先生らしくない背中を丸めた姿だと思ったけど、立ったまま寝てたのかもしれない。お仕事お疲れさまです。
その後、言われるがままに鞄を片手に先生の後ろをついて行く。たどり着いたのは学生が入ることのできない応接室だった。
初めて中に入る応接室は、調度品だけでなく壁紙や装飾にもこだわりつくした、まさに「豪華絢爛」としか言い表せない部屋だった。うちのお屋敷の応接室でも質素に思える。学院にこんな部屋必要なの? と思わざるを得ないのだが、ぶら下がるシャンデリアを見上げてぽかんとするしかできなかった。
「お待たせしました」
オーウェン先生の声ですでに部屋に待ち人が居ることに気づく。ハッと我に返ってシャンデリアから視線を落とす。慌てて口もとを隠してみたけれど、多分間抜け面は見られているだろう。
「え、なんで……」
完全に無意識で漏れた言葉だった。
足を組んでソファに座る姿を見て、また私は開いた口が塞がらなくなった。
男は私を一瞥すると、片側の口角だけ器用に上げて笑ってみせた。
「待っていたぞ」
煌びやかな部屋と相反するような、漆黒。
彼の低い声も相まって、オセロのように全てが黒に塗り替えられるような、そんな心地がした。この男の威圧感と言うか、オーラと言うか。認識した今となっては、どうして彼が居ることに気づけなかったのかわからないぐらいだ。
目を細めたクロウリーは立ち上がると、立ちつくす私の方へ歩み寄った。
「また会えたな、エリン」
まるで魔法にかかったように言われるがまま、クロウリーを見上げる。
頭一つ、もしかすると二つ分ぐらい高いところにある彼の目を見るには、首をほぼ直角に上げるしかなく、しばらくするとプルプルと震えだした。
(てか距離近)
一体何回目の同じ感想だろうか。もはやテンプレとして下書き保存しておいた方がいいレベルで同じことを言っている気がする。
乙女ゲームあるあるの距離感バグもさることながら、この男の場合は先に物理的な距離を近づけることで相手に心の距離を作らせようとするからなおタチが悪い。
(でもそうやって生きていくしか、この人は出来なかったんだよね)
王族の中でたった三人しか男児が生まれなかったから仕方なく城に召し上げられたものの、母は身分の低い侍女で後ろ盾も無い。
挙句、彼自身にも秘密があるから肉親以外は彼を腫れ物扱いした。今でこそ王弟として地位を確立しているけれど、それはクロウリー自身が努力した結果だ。
そういうところはクロウリーとナターリヤのキャラ立ちは近い。結果でねじ伏せる要素は私の性癖なのかもしれない。レオナタを書き始めたきっかけだって、努力していたナターリヤが報われないのがイヤで「IF」モノを書いたことだし。
(だからこそ、ルーチェがクロウリーの心の闇を照らすのが至高なのよ……)
生まれついて特別なルーチェが、クロウリーの長年の葛藤を受け入れる。ズルい大人を演じ続けなければいけなかった彼が弱々しく本音を語る姿はしんどいの一言につきる。
やっと結ばれると思った矢先に物語全体の答え合わせと共に起こる最大の事件! からの二人だけで迎える穏やかなハッピーエンド! そしてエンディングで見せつけられる新婚生活!
そんなんオタクが喜ぶに決まっているだろう要素が詰め込まれているがこのクロウリールートである。公式カプの覇権にならないわけがない。
「熱心に見つめ続けられると照れるのだが?」
「あ、え、わ、不躾ですみません……」
また思考が大気圏を突き抜けていた。本日何度目かの宇宙エリン状態である。
クロウリーを見上げたまま呆けていたとはいえ、よくもまあいけしゃあしゃあと歯が浮くようなセリフを言えるものだ。照れた素振りも無いどころか、からかいさえ含んでいるだろうに。
「クク、冗談だ」
でしょうね、とは言えないので笑ってごまかした。
上機嫌なクロウリーはまた小さく笑うと、私の後頭部に手を添えた。物理的に近づいてしまったものの、幾分かつらさは緩和された。もう密着しすぎて真っ黒のコートしか視界に無いけれど。
「お前の気の緩んだ顔はいつ見ても愛いな」
え、それ褒められてないよね?
のど元から飛び出しそうになったのをギリギリのところで飲みこんだ。これが対ジャンだったら間違いなく言ってたと思う。
気の緩んだって、一体私はいつもどんな顔してるんだ。間抜け面晒してるってことだよね?
(褒められてないけど褒めるならルーチェのこと可愛がってもらえませんかね……)
表情は見えないけれど、きっと演技じみた作り笑いを貼り付けているのだろう。
私はルーチェみたいに可愛い反応もしてあげられないし、面白みもなんにもないだろうに。なんでこんなに私の反応にこだわるのか。
されるがままになった私を憐れんだのか、咳ばらいがそばで聞こえた。
「ンン! 殿下、そろそろ本題に入っていただいてもよろしいでしょうか?」
「……仕方ないな」
いやはや、主の色恋(演技)なんて間近で見たくないよね。お疲れ様です、オーウェン先生。
手を引かれ、ソファまでエスコートされる。何気なくこなしてしまうあたりに「人気」の文字が頭をよぎった。
私が座るのを確認してから、ローテーブルを隔てたソファにクロウリーも腰掛ける。オーウェン先生はクロウリーの後ろに控えていた。
(足がソファから余っとる)
足を組んでいるせいか、背の低いソファでは窮屈そうに見える。これは股下五メートルだわ。
「改めて、引きとめてすまない。帰る途中だったと聞いている」
「お気になさらず。どうせ家に帰ってもすることはないので……」
ジャンに言われた通りで悔しいけれど、学校の帰りに寄り道をするような青春は私に無かった。
家に帰っても似合わない天蓋のベッドでだらだらするぐらいしか予定はない。正直早く家に帰って寝たい。
「クク、そうか。正直でよろしい」
クロウリーは私のテンションの低さを見透かすように笑った。まあ間抜け面晒すような女ですし、顔に出ていたんだろうね。
何が楽しいのかわからないけれど、演技じみた笑みを口もとに残したまま、クロウリーは本題へ入った。
「お前を呼んだのはこれの件だ」
「これとは?」
クロウリーは背もたれに首を預け、後ろに控えたオーウェン先生へ合図する。顎をしゃくる首筋のラインがまたお綺麗なことで。
オーウェン先生が戻ってくるまでの時間をうまく使い、脳内オタク会議に励む。今の顔の角度、誰かに画面共有出来ないのが本当に悔しい。共感してほしさしかない。
頬がにやけないように奥歯を噛みしめながら、オーウェン先生から箱を受け取るクロウリーを見つめていた。
「え、えっと……?」
「心配せずともお前に返す物だ。開ければいい」
拒むより先に手渡されたものの、全く見覚えが無い。片手で持つには少し大きなそれは淡い緑色に銀箔で模様が施されていて、アプリコットオレンジのリボンが花のように結ばれていた。見た目からして高価な箱にあわあわしていると、離れていたはずの手がリボンを解いた。
「あ、これ……」
開けざるを得なくなり、意を決する。えいやとふたを開けてみると、見覚えのある物が佇んでいた。
「返すのが遅くなってしまい、悪かった」
クリスマスパーティーの時に履いていたヒールだった。そのうえ、ご丁寧に靴の周りには緩衝材代わりの花も入っている。色は箱とリボンにあわされているんだろう。真ん中に配置された白いヒールも映えていて、自分の物なのに同じものとは思えなかった。サプライズの仕方すら優雅である。さすが王族。
もっとも、この箱の中身の感激はそれだけではなかった。
(てかこの花、魔法で枯れないようになってない?)
一輪取り出し、まじまじと見つめる。やはりかすかに魔力を感じた。
見たこともない魔法に胸がどんどん高鳴っていく。
(プリザーブドフラワー的な? そんなのこの世界で見たことないんだけど! どうやってるのこれ!)
自分の属性的にも植物に関することは興味が止まらない。オタクの性とも言えるかもしれないが。
花をいろんな角度から覗き込んでしくみを考えていると、正面から笑い声がした。
(しまった! また自分の世界に入っていた)
慌てて花から視線を奥に向けると、クロウリーが頬杖をついてこちらを見ていた。器用に片目を瞑っている姿は、私の反応に満足しているようにも見えた。
「お気に召したかな、レディ?」
「は、はい……! こんなの初めて見ました! すごいです!」
まだ興味はプリザーブドフラワーらしき花にあった。ぜひネタばらしをしてほしいところだけど、きっと教えてくれないだろう。なんとしても原理が知りたいところだ。
得意げな顔をしているクロウリーの視線が一瞬だけ箱を見た。視線の先を追いかけると鎮座している靴だった。
そこでようやく、まだ大事な一言を言っていないことに気づいた。
「ありがとうございます、クロウリー様」
背すじを正し、勢いよく頭を下げた。
「持っててくださったんですね」
「当たり前だろう? お前と会う口実になるからな」
いつものごとく熱のこもった視線に真っすぐと射抜かれる。花をいただいたこともあって、なんだか照れくさくなった。クロウリーから花に視線を落として手の中でくるくると回していると、頭上から声がした。
「エリン」
いつの間にか立ち上がっていたクロウリーがローテーブルを越えて私の目の前に立っていた。目を丸くして動かない私をよそに、クロウリーが膝の上にあった靴を取り上げる。
「足を出せ」
「え?」
何ごとですか? 突然のことで頭が回らない。
(片足だけ持ってどうする気? サイズ合わんじゃろ!? それともルーチェに!? いや、あげるなら新品あげてくれよな!?)
まじで何!? と声に出してしまいそうになったが、クロウリーが膝をついたことによって難を逃れた。……本当に?
「うぇ、あ、ちょ、く、くくくクロウリー様!?」
「で、殿下!?」
我に返るなり奇声を発した。いや、当然だろう。
こともあろうにヒールを手に取ったクロウリーが私の前に跪いた。しかも慣れた手つきでするりと靴を脱がされた。
今にも靴を履かせようとしている手を、オーウェン先生が制止する。やはりオーウェン先生はゴリラのようで、クロウリーの動きが止まった。力の均衡が一進一退なのは私にも伝わってくる。
「おやめください。王族が一介の女性に跪くなど、あってはなりません!」
「そそそそそそうです! オーウェン先生の言う通りです!」
そうだそうだ! 跪くのはルーチェの足元だけにしてくれ~!
半泣きになりながら、私も必死に抵抗する。残念ながらかかとをがっしりと掴まれてしまい、何度身をよじっても逃げられそうになかった。
「こら、逃げるな」
「う……ひゃい……」
超有名声優の低音ボイスを聞いてぴしりと固まる。正常な時だったら絶対に「今の画面録画したかった!」とか言ってたはずだけど、そこまで余裕がない。許してくれ同胞たち。
「アップルシェードさん、従わなくて良いんですよ!」
そう言ってオーウェン先生は黒衣を掴む手に力を込めた。威圧感がびりびりと部屋中に蔓延している気さえする。舌打ちをするクロウリーを気にする様子もなく、鋭く主を射抜く。
今のオーウェン先生からは普段の覇気のない姿なんて微塵も感じない。これが王弟の側近であるオーウェン先生の本来の姿なのだろう。いきなりのことで自分の正体隠せてないところもオーウェン先生の忠誠心のあらわれだと思う。そういうの尊いよね、わかる。
主従の絆を間近で感じることが出来て私はハッピーですが、そんな雰囲気でもないのがつらいところである。遠い目をしているって? 当たり前じゃん。




