番外編3
なんとなく懐かしくなってしまって、気づいたら書き上がっていました。
学生時代の話です。番外編としては、時系列ごちゃごちゃですし、季節外れなネタですが、どうかご容赦くださいませ。
「何度考えてもさっぱりわからない。もうダメ…」
わたしの目の前にあるのは、数学の問題集だ。前世でも理系が大の苦手だったわたしには、数学なんてものは苦痛でしかない。
ここはゲームではない。学園の定番といえば……、そう!試験です!
「ゲームで試験の問題なんて、見たことないわよ」
試験の内容を見ることができていたら、楽勝だったのに。いま思えば、ゲーム内では、授業の内容もほわわんとしたものだった。仕方ない。だって、あれは恋愛ゲームだもの。
「はぁぁぁ…………」
わたしは机の上に突っ伏して、大きなため息をついたのだった。
* * * * *
翌日の朝、学校に着いてすぐ、わたしはリックに声をかけた。
「リック、お願いがあるんだけど」
「珍しいね、ジェシカ。どうしたの?」
「もうすぐ試験でしょ?勉強、教えてほしくて…」
「僕に?」
言外に、レオンハルトじゃないのか?と問われている気がする。レオンハルトは、学年トップクラスの頭脳の持ち主だ。わたしだって、レオンハルトに勉強を教えてもらうという案が、一瞬だけ頭をよぎった。でも、レオンハルトに頼るわけにはいかない。
小さい頃、一緒に勉強していたではないか、という人もいるだろう。あの頃は、内容が簡単だったため救われた。理系が苦手だとはまだ知られていないのだ。顔も頭脳も完璧なレオンハルトに、「こんな問題も解けないのか?」なんて言われた日には…
「………生きていけない」
「え?」
「あ、なんでもない!なんでもないの」
リックから怪訝な顔をされたので、わたしは慌てて顔の前で両手を振って誤魔化した。妄想の中で、ひと足先にレオンハルトに幻滅されていた、なんて言えないだろう。
「リックしか頼める人がいないのよ。お願い!」
わたしがリックに頼み込んでいると、横から声をかけられた。
「何してるの?」
「アンナ!いいところに!」
隣に立っていたのはアンナだ。振り返って、レオンハルトの机を見たが、学校にはまだ来ていないようだった。レオンハルトが登校する前に決着をつけるためにも、アンナからの援護射撃は必要不可欠である。
「アンナもお願い!」
「え?どうしたの?」
アンナにも、勉強を教えてほしい、わたしが頼れるのは2人しかいないのだと伝える。
「ふーん、わかったわ」
「ほんとに?!ありがとう!」
アンナからの返事に、わたしは飛び上がって喜び、そのまま勢いよく抱きついた。切羽詰まっていたわたしには、アンナが女神に見える。リックの少し困ったような顔が見えたが、アンナがいいと言ったので、気にしないことにした。
「今日の放課後から、みっちり勉強するわよ」
今日から試験の日までは、授業が昼で終わる。その間に詰め込むしかない。
「はい!アンナ先生!」
そのとき、教室の扉が開き、レオンハルトが入ってきた。わたしたちが集まっていることに気づいて、こちらへと歩み寄ってくる。
「3人揃って何してるんだ?」
「秘密よ」
アンナが、ニヤリと笑いながらレオンハルトに言うので、わたしも合わせてコクリと頷く。そのままアンナがわたしの手を引くので、つられるままにリックの席を離れた。
「秘密って、なんだ…?」
「大したことじゃないよ」
バレた後が怖いなぁ、というリックの思いは、誰にも気づかれないまま、心の奥へとしまわれるのであった。
* * * * *
「ジェシカ、今日こそ一緒に帰らないか?」
「ごめんなさい!今日はアンナと約束してて」
おとといは家の用事といって断り、昨日はレオンハルトに声をかけられるよりも先に教室を出た。毎日一緒に帰っているわけではないが、3日連続で断ったのはさすがに初めてだ。試験が終わるまでの我慢だ、と自分に言い聞かせ、アンナと並んで教室を出る。
ショックを隠しきれていないレオンハルトの隣で、リックがくすくすと笑っている。
「リック、何か知ってるだろ?」
「アンナが秘密って言ったからね。僕からは言えないよ」
リックはアンナに弱いのだ。また明日、と言って教室を出て行くリックを、レオンハルトは黙って見送った。
* * * * *
「お待たせ」
わたしとアンナが教科書を準備し始めたところに、少し遅れてリックがやってきた。
「いつもごめんね、2人とも」
「大丈夫。僕たちも勉強になるからね」
わたしたちがいるのはラウンジだ。試験前に、勉強スペースとして解放されるため、ありがたく利用させてもらっている。試験が近づいているからか、席は半分ほど埋まっていたが、運良く部屋の角のテーブルが空いていたので、そこで勉強を始めた。それなりにざわざわしており、教え合うために多少話しても気にならない。
「ジェシカは政治が得意だから助かる」
「私も、歴史の問題でわからないところがあったの」
わたしたちは、それぞれ得意分野が違ったので、リックとアンナに理系科目を教えてもらうかわりに、わたしが文系科目を教えていた。2人に聞かれた内容に答えたあと、数学を見てもらうために、手元にあった問題集を開く。
「ねぇ、この問題なんだけど…」
「ここにいたのか」
なぜか、わたしの後ろから、聞こえるはずのない声がする。恐る恐る振り向くと、そこには…。
「レオン!帰ったんじゃなかったの?」
「さすがに、3日も避けられたら気になるだろ」
探したぞ、と言ったレオンハルトは、空いていたわたしの隣の席に座った。
「言ってくれたら、俺が教えたのに」
「レオンが思っている以上にできないのよ。ひどすぎるから…」
思わず下を向いたわたしの頭に、ポンと優しく手が置かれた。そのままゆっくりと撫でられる。
「誰にだって苦手なことはある。で、どこが分からないんだ?」
「……………………………これです」
観念したわたしが指さした文章問題をちらりと見た後、レオンハルトのしなやかな指によって、手前の数ページがパラパラとめくられる。
「基礎はできてるから、そんなに心配しなくても大丈夫だ。式の使いどころを理解すれば問題ないだろ」
「ほんと?」
レオンハルトの言葉のおかげで、少しやる気が出てきた。そっと顔を上げたわたしに、レオンハルトが笑みを向けてくれる。
「あぁ、この問題のときは…」
目の前で繰り広げられるレオンハルトとジェシカのやり取りを、アンナとリックは静かに見守っていた。
「3日でしょ?よく耐えた方よ」
「1日目で乗り込んでくると思ったんだけどな」
そんな会話が繰り広げられていたとか、いなかったとか。
* * * * *
レオンハルトが合流して、2時間ほどがたった。
「けっこう時間が経ったし、休憩しましょう」
問題集を前に、1人でうーんと頭を悩ませているよりも、みんなでやったほうが捗るし、なにより楽しい。
「今日ね、みんなで食べようと思って、これを持ってきたの」
わたしは、カバンからチョコレートを取り出した。蓋を開けると、15粒ほどのチョコレートが並んでいる。名のある職人が作ったものらしく、デザインも凝ったものだ。
「好きなの選んで食べてね。ここに置いておくから」
「綺麗!ありがとう」
「あ、でも、レオンは食べられないかも…」
今日、レオンハルトも一緒に勉強するとわかっていれば、食べられそうなものを持ってきたのに。悔やまれる。
「気にするな」
「ごめんね。次は別のもの持ってくるから」
「ねぇ、ジェシカはどれ食べたい?」
アンナの弾んだ声に、わたしも笑顔で振り返る。
「えーと、わたしはね…」
目をキラキラさせながら、楽しそうにチョコレートを選ぶ女子2人を、隣に座った男子2人が優しく見つめていたのだった。
* * * * *
「ちょっと先生に聞いてくるわね」
「僕も行くよ」
レオンハルトもわからないという難問が登場し、アンナとリックが、先生に聞きに行ってくれることになった。残されたわたしとレオンハルトは、別の問題を解いているところだ。
「やっぱり、頭を使うと糖分が欲しくなるわね」
「食べたらどうだ?」
レオンハルトが指さす先には、わたしが持ってきたチョコレートがある。
聞きに行ってくれている2人には悪いと思いながらも、チョコレートに手が伸びる。アンナと相談して、わたしが食べることになったハート型のチョコレートを1粒つまみ、口に放り込んで溶かす。
「…さっき食べたチョコレートのほうが甘かったわ」
どうやら、ビターチョコレートだったようだ。これはこれで美味しいのだが、脳が甘いものを欲しているので、いまは少し残念だと思ってしまう。口の中でチョコレートを転がしていたその時、広げられた教科書が目の前に現れた。
「え?なにして…」
全部言い終わる前に、唇が奪われて、口の中にあったチョコレートまで、レオンハルトに奪われる。
「ちょっ、ちょっと」
「……十分甘いぞ、これ」
「いや、そうじゃなくて」
「あぁ、ちゃんと隠したから大丈夫だ」
「そこじゃない!」
アンナとリックが戻ってきた時、なぜかレオンハルトが、顔を真っ赤にしたジェシカに、教科書でペシペシと叩かれていたのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
もしよろしければ、評価・ブックマークなどしていただけると嬉しいです(*^^*)