困惑 弐
目線 → 視線 (201/1/19)
目覚めてから大体二十日経った。あれから杖なしで歩ける様になって、今では走れるまで回復した。筋肉どころか体力も落ちてたから、森中を走り回って体力作りをしている。
「はあはあはあはあ、ちょっと休憩~」
広場まで戻ってきて、寝転がって息を整える。この位で疲れていたんじゃあ、旅なんて出来ない。まずは寝込む前までの身体に戻さないとな。その為に走り込んでいるんだけども、鍛えたからといって直ぐに効果が出るものでもないしなあ。気長にやるしかないか。
「アロ、走り込みは終わりか?」
「ん? あ、兄さん。今は休憩中」
目を瞑って上を向いていると、影が差したと思ったら声を掛けられた。目を開けるとそこには兄さんがいた。
「そうか。じゃあ休憩が終わったら弓の練習でもしないか?」
「あ、うん。お願いするよ。多分、相当鈍ってると思うし」
「分かった。まだ休んでろ。弓を取りに行ってくるよ」
「うん、ありがとう」
久しぶりに会った兄さんや姉さんだけど。目覚めてからは良く会いに来てくれる。余程心配なのかな? それとも、忘れられると思って会いに来てくれてるのかな? まあ、家族との触れ合いは大事だよね。
もしかして、記憶の引継ぎなんて事気付かれたとか? ……まさかね。そもそも記憶の引継ぎがある事を知らないと駄目だしね。ただ単に心配してるだけだよね。
「じゃあ、向こうの樹に何射か射てみてくれ」
「うん、分かった」
良く狙いを定めて射る。射る。射る。うーん、遠くはないのに狙いがバラバラだな。前までなら大体狙い通りだったのに。やっぱり鈍ってるな。
「どう? 兄さん」
「そうだなあ。構えは良い。だけど、手を離す時に身体が揺れてるな。それで、手元も狙いも外れるんだろう」
「そっかあ。どうしよう?」
「まあ、目覚めてから初めて弓を持ったんだ。身体が鈍ってるのなんて当然だろ。まあ、焦らずに練習しかないな。感覚は忘れてないんだろ?」
「流石に感覚は忘れてないよ。でも、そっか。自分では分からなかったけど、揺れてるのか。やっぱり鈍ってるね」
「練習って言ったけど、数をやれば良いってもんじゃないぞ。構えから離すまでを集中して意識してするんだ。そうしないと、駄目な癖が付いちゃうからな」
「あ、うん。そうだね。じゃあ射るから見ててね」
呼吸から足幅、体重の掛け方、視線、引き絞り方、一呼吸おいて手を離す。駄目だ、離す時に前に少し倒れたのが分かった。これじゃあ駄目だ、次は身体が揺れない事を意識して射る。駄目だ、今度は離す時に手が揺れてしまった。今度は……。
「はあはあ、疲れたあ。こんなに色んな所を意識しながらしたのって、初めて弓を持った時以来だよ」
「そうだろうな。慣れてしまえば意識しなくても出来るからな。まあ、今までの感覚で射ると身体は鈍ってるからズレが生まれるんだな。でも、段々と良くなってきてたぞ。一度で戻るわけないんだから、今日はこの辺で終わりにしようか」
「そうだね。弓を幾ら練習しても、身体の筋肉を戻さないと意味ないよね」
「久しぶりに弓を引いた感触はどうだ?」
「とにかく疲れたよ。感覚は覚えてたけど、色んなとこが痛くて痛くて」
「まあ、起きてから初めて弓を持ったんだ。使ってない筋肉を使って疲れただろ。もう直ぐ飯だから、一度戻るか」
ふう、疲れた。弓なんて小さい頃から使ってたから大丈夫だと思ったんだけど、眠ってる時が長かったって事か。こんなにも鈍ってるなんてな。的の樹までの正確な長さは分からないけど、大股で三十歩位かな。
ダイスケの記憶にある様な、決まった基準なんてないからどう表現したら良いか分からないんだよね。人によって体格が違うからバラバラなんだよね。長さもそうだけど、重さとかも人によらない統一された物があった方が良いのかな。
「弓の練習してたみたいだけど、どう?」
「やっぱり相当鈍ってるみたい。自分では的に向かって射てるのに、外れが多くて。感覚は覚えてるんだけど、身体が付いていかないね。前の状態に戻るにはまだ掛かりそう」
「そうだな。筋肉が衰えてるから、止まってる時は大丈夫なんだけど、動き出すとぶれるな」
「そっかあ。まあ、直ぐに戻さないといけない訳でもないんだし、気長にいきましょうか。それよりも、家族が揃ってるんだから、狩りにでも行かない?」
「スイ、アロはまだ全快ではないんだよ? 大丈夫かい?」
「大丈夫よ。狩りとは言っても野草の採取もするんだし。それに、私たちがいるんだから、大群でもない限り平気よ。もちろん油断はしてはいわよ」
「ま、まあ。そうだな。じゃあ久しぶりに家族で狩りでもするか」
昼飯の時にそんな話になった。狩りか、しかも全員で。油断しても大丈夫な気がする。だって、全員精霊と複数契約してるし。これは楽しくなりそうだ。
それよりも、この肉ってランだよな。こんなに軟らかくて臭みがなかったか? 確か臭みが強かったと思ったんだけど。何か特別な方法があるのかな。今度、母さんに習って料理でもしてみるかな。ダイスケの記憶にあった、味付けが出来ないか試してみたいし。まあ、どんな物を使ってどうやってかは全く分からないけどね。
「こうやって家族揃って狩りなんて、いつ以来かしらね」
「初めてじゃない? アロが生まれた時には兄さんと私は別に暮らしてたし。私たちはアロと狩りに出掛けたなんてないわよ」
「そうだったかしら。じゃあ今日が家族揃って初めての狩りなのね」
そう言いながらも野草や果実を採る手は止まらない。周りの警戒は一応目や耳でしてるけど、精霊術で危険が迫ったら報せる様にしているらしい。
「こんなに安心して採取出来るなんて、精霊術って便利なんだね。早く契約したいよ」
「まあ、便利と言えば便利なんだけどね。私たちは複数契約してるから、他の人よりは安心かもね。ただ、同じ属性でも契約する精霊の力が違うからね」
「え? 同じ属性の精霊でも違うの?」
「ああ、そっか。精霊については詳しく話してなかったね。精霊と契約する場合、精霊殿で精霊長様と一対一で問答をするんだよ。周りには自我のある精霊が見守っているんだけど。その時に、精霊長様がその人に見合った位階を示すんだ。そして、その位階の中の精霊が契約する事になるんだ。当然、認められない事もあるし、精霊長様が契約する場合もあるよ」
「へー、知らなかったよ。因みに父さんたちは幾つ契約してるの?」
「私は五つ、スイは四つ、トプロとミラは三つだね」
「そんなに!? 確か精霊って八属性だったよね。やっぱり父さんたちは凄いんだね」
うわ、そんなに契約してたのか。知らなかった。そりゃ安心出来る訳だ。
「でも、見知らぬ人に幾つ契約してるのかは言わない方が良いよ」
「それはどうして?」
「精霊術を使えるってのは、それだけで強力なんだ。まして、複数契約してるとなると、その力は計り知れない。だから、利用しようとする人が現れて狙われやすくなるんだ。それに、旅に出ると分かるけど、精霊術を使うのは何も動物や魔物だけじゃない。人に対しても使う事がある。そんな時に自分の手の内を明かすのは死に直結するんだ」
「それは旅に出て、経験した事なの?」
「ああ、そうだよ」
ふむ、なるほど。確かに使える精霊術が予め分かっていると、対策も取られてしまうか。敵になりそうな人には教えないか、嘘の情報を流すってのも良いかもな。
「分かった。旅に出る時は気をつけるよ」
「え? アロは森の外に出たいのかい?」
「うーん。今ははっきりと分からないけど、森の外に出てみるのも良いかなって」
「そうかそうか。小さい時は興味がなさそうだったけど、そうか。旅にねえ」
そんなに森の外に出て欲しかったのかな。確かに小さい時は精霊には興味を持ったけど、外には興味がなかったもんなあ。
「あなた、話してないで手を動かして下さいよ。アロもね」
「う、うん」
「母さん、近くにルスがいるみたいよ。狩りに行かない?」
採取に戻ろうとしたら、姉さんが獲物が近くにいる事を報せてくれた。精霊術って便利なんだなあ。あれだけ俺たちが探したのに精霊術だと簡単だ。
「そうね。じゃあ最初の一射目はアロに任せようかしら」
「え? 良いの? 今日練習始めたばかりだよ?」
「大丈夫よ。走ってるなら無理だろうけど、止まってるなら当てられるわよ」
「分かった、当てられる様に頑張るよ」
野草を採取してた所から歩いて直ぐの所でルスが草を食べていた。ルスってダイスケの記憶にある……えっと何だっけ。毛深くて四本足で大柄で。そんな動物たくさんいるか。まあ、分かったところでって話だな。
「アロ、ルスは一頭だ。距離は今日の練習と同じ位だから、思い出して射るんだ」
兄さんの言葉に頷いて、狙いやすい位置に移動してゆっくりと弓を引く。
……あれ、手が震える。いや、手だけじゃなくて足もだ。なんでだ? さっき練習したじゃないか。それに、獲物を弓で狩るなんて初めてじゃないだろ。
駄目だ、何だか息も荒くなってきた。緊張してるのかな。心の臓まで早くなって音が大きくなってくる。可笑しいな。緊張してるのかな。どうしたんだろう。前なら何も考えずに出来たのに。そんな状態だから当然だが、ルスに当たらずに近くの樹に当たって気付かれてしまった。
どうしたんだ俺は。




