困惑
オールスに遭遇してから六十日も寝込んでいたらしい。長い事寝込んでいたから、全身の筋肉が衰えていた。始めは座る事さえ出来なくて、寄り掛かれる椅子でないと駄目だったし。まして、歩く事なんて出来なかった。今では支えがあれば歩けるようになった。食事もそうだ。塊肉を食べたいと思うのに、受け付けなかった。だから、軟らかい物や飲み物を摂っていた。でも今は、塊肉を食べられる様になったけど、味付けは薄いままだ。
目覚めた時は父さん母さんがいるんだなって、ぼんやりと分かっていた。だけど、次にはっきりと見た時は、一瞬誰だろうって思ってしまった。一番身近な家族でさえそうなんだから、ナックたちはもう少し時が必要だった。今までは意識しないでも直ぐに口に出たんだけど、今は見た後に頭の中で確認してから口に出す様になっている。
杖があるから家の周りを歩いているんだけど、生まれ育った所だと言うのに何だか不思議な感じがする。今まで普通に住んでいた樹でさえ、少し嬉しいというか興奮するというか何と言うか。これが記憶のせいごうせいと言う事なのだろうか。
「本当に樹の中で生活してるんだなあ」
ん? いや、当たり前じゃないか。何言ってるんだよ。もしかして声に出してた? これってダイスケの記憶が関係してるのかな。……だよなあ。生まれ育った所なんだから、疑問や興奮なんてないはずだよな。
そんな感じで集落の中央にある広場で、椅子に腰掛けて周りを観察していると声を掛けられた。
「アロ、もう歩いて大丈夫なのか?」
振り返ると見知った顔だった。だけど、一瞬誰だか分からなかった。そんな俺の気持ちが顔に出たのか心配されてしまった。
「俺だよ、ナックだよ。お前大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫大丈夫。ナックとキューだろ? 分かってるって」
「本当に大丈夫? 頭打ってわたしたち忘れられてない?」
「大丈夫だって。長い事寝てたからまだ寝ぼけてるのかもな」
キューにも心配されてしまった。ダイスケの記憶があるから混乱しているだけだ。だけど、それを知られるのは避けたい。知られると仲間外れになるとは思わないけど、絶対とは言い切れないからな。
「それよりも、ナックたちはもう儀式終わったんだろ?」
心配してくれるのは嬉しいけど、話を逸らさないと。
「まだだ」
「え? どうしてだ? もしかして認められなかったのか?」
「そうじゃない」
うん? 儀式には事前に何かを課せられると言う事はないはずだ。なのにまだ?
「ナックはね、アロが怪我をして起きないのに、自分だけ儀式をするのは嫌だって言って断ったのよ。わたしもだけど」
何だよ、ちょっと嬉しいじゃないか。ちょっとだぞ。……いや、結構かな。
「でも、こうして起きたんだから儀式を受けても良いんじゃないか?」
「いや、お前が回復するまで待つさ。今まで待ったんだ。少し位先になったところで変わらないさ」
「あ、うん。ありがとう?」
うん。何だか恥ずかしい。ナックも恥ずかしかったんだろう、最後の方は顔を逸らしてたし。
「それよりも、アロは怒られなかったか?」
「ん? んー、怒られてないな。泣かれたけど」
「そっか。じゃあ元気になったら覚悟しておいた方がいいぞ。俺たちは凄い怒られたからな」
「え? 本当に?」
「うん。すっごい怒られたよ。父さん母さんは勿論だけど、族長にまで怒られたよ」
げ? それは嫌だなあ。でも、大物を狩る事を提案したのは俺だから仕方ないか。それに、怒られないと二人が可哀相だ。
「はああ。怒られるのが分かっていて避けられないなんてな。今からそれを思うと気が滅入るよ。でも、俺が大物を狩ろうって言った訳だからな。しっかりと怒られるとしますか」
「そうだよぉ。わたしたちが怒られたんだから、覚悟しててよねえ」
「でも、その時はまた二人も呼ばれて怒られるかもな」
俺がそんな事を言ったもんだから、二人して絶対に行かないって顔してる。
「じゃ、じゃああたしたちは狩りに行かないと駄目だから。ちゃんと休んで元気になってよ」
そう言ってそそくさと広場を後にした。
「逃げたな」
うおー、あれがエルフってやつか! 森に住んでいて美形で緑の服装で武器は弓って、イメージにぴったりだな。って言うか、俺もそのエルフじゃん! 鏡がないから自分の姿を確認出来ないけど。いや、精神世界でアロに会ったから分かるか。
それにしてもナックってヤツ、エルフにしては筋肉モリモリじゃないか? 細マッチョが理想なんだけどなあ。それに耳も尖っていて長髪なら完璧なのに。でも、二人ともコスプレみたいな髪の色だよなあ。ナックは黄色でキューは薄い緑か? まあ、それを言ったら俺もか。
「ん? 俺は何を想像した? 完璧って何だよ、えるふじゃなくて森人なんだからあれが正しいんだよ」
あれ? 可笑しいな。記憶だけ引継いでダイスケとしては消えたはずなんだけど。興奮すると記憶と一緒に、ダイスケの人格になるのか? 分からない。でも、心の中で呼びかけても応えないからいないんだろうな。消えるって言ってたし。
「考えても仕方ないか。もう少し歩いて帰るか」
「ただいま、母さん」
「おかえり。調子はどう?」
「んー、久しぶりに歩いたから疲れたよ。でも、もう少ししたら杖なしでも歩けると思うよ」
「それは良かったわ。もう少しでご飯だから待ってて」
「うん」
そう言って俺は椅子に腰掛ける。見慣れた部屋だけど、何だか違う部屋の様に感じる。これも、記憶の影響かな。樹の中に家があるから、家具や食器など、全て樹で出来ている。ある意味、森人らしいと言えばらしい。調和が取れていていいけどね。だけど樹の中に家って、樹齢いくつなんだ? 百や二百じゃあ無理だぞ。もしかしたら万いってるのか? それに、よく腐らないよなあ。ダイスケの記憶には……どうやって探せば良いんだ? まあいっか。いつかふとした時にでも出てくるだろ。
そう言えば母さんは別の森の出だったよな。その森では母さんと同じ黒髪が多いのかな。所々茶色だから、真黒って訳じゃないけど。耳は尖ってないけど美形、と。耳が尖ってるなんてダイスケの記憶の中だけか。 いや、待てよ。もしかしたら、どこかにダイスケのえるふと同じ耳が尖っている森人がいるかもな。そうだ、ダイスケは旅をしてくれって言ってたな。じゃあ、ダイスケの理想の森人を探すのも悪くないかもな。
「ただいま」
「おかえりなさい。あら、二人も一緒なのね」
「そうなんだ。まあ、一緒に狩りに行ってたしね」
「おかえり、父さん」
「ただいま、調子はどうだ?」
「まあまあかな。もう少しで杖なしで歩けると思うよ」
「お、そうか。じゃあ歩ける様になったら狩にでも行くか」
「父さん、歩ける様になっても狩りは早いと思うよ。調子が戻ってないんだから、急ぐと前と同じ事になるかもよ?」
「そうよ、父さん。走れる様になってからでも遅くないと思うわよ」
「よ、アロ。元気か?」
「……ああ、兄さんか。元気だよ」
「おい、大丈夫か? 頭打って俺たちの事忘れたんじゃないのか?」
「大丈夫だよ、忘れてなんかないよ。ただ、兄さんたちは久しぶりだからさ」
「そ、そうか」
ふう、あぶねー。誤魔化せたか? 誤魔化せたよな? 兄さんたちと会うの久しぶりすぎて、忘れるとこだったよ。それにしても、兄さんってこんなに大きかったか? 父さんよりも大きいぞ。それに、ナック以上の筋肉だし。黒髪に青が少し混じってるから、母さん似なのかな。
「久しぶりだから、忘れられたのかと思ったわ。で、誰だか分かる?」
「もちろんだよ。トプロ兄さんに、ミラ姉さんでしょ?」
「なあんだ。ちゃんと分かってるじゃない」
「なんだって。忘れて欲しかったの?」
「そんな訳ないわよ。ただね、久しぶりだし頭打ったって聞いてたからさ」
「ふーん、そっか。まあ、まだぼんやりとしてるけど、ちゃんと覚えてるさ。でも姉さん、何だか大きくなってない? 太ったって意味じゃなくて、背伸びてない? 父さんと同じ位だよ」
「え? そう? アロと前に会った時と変わらないと思うけど。どう思う、父さん?」
「んー、変わらないと思うな」
「そっか、じゃあ勘違いかな」
おお、ミラ姉さんってダイスケが言ってたえるふってのに一番近いかも! 金色の長髪で、美形。耳は尖ってないけどさ。でも、綺麗だなあ。手足は細くて長いけど、痩せ過ぎって訳じゃない。うん、これで耳が尖ってたら完璧なんだろうなあ。
「ほら、食事の用意も出来たし、食べましょ。話は食べながらでも良いでしょ」
そう言ってどんどんと卓に皿を載せていく。今までは薄い味付けだったけど、今日はいけそうな気がする。匂いが鼻を通ってお腹に来ると、勢い良く音が鳴る。うん、大丈夫そうだ。
「それでは。自然の恵みに感謝して」
自然の恵みに感謝をしてから食事をする。うん、大丈夫だ。これからは皆と同じ物が食べられる。
「アロは寝たかい?」
「ええ、寝たわ」
「私たちは狩りに出てたから、分からないんだけど、アロはどうなんだい?」
「そうねえ。何と言うか周りを珍しそうに見ていたわね。キューちゃんたちと会ってたんだけどね、誰だか分からない様だったわ」
「そうか」
うーん、アロが目覚めて嬉しい。だけど、今までのアロじゃないのは何か違う気がするんだよな。オクヤマ様は今まで通りに接してくれって言ってたけど……。
「それは分かるな。俺たちの顔を見たら、誰? って顔してたから。名前だって直ぐには出てこなかったしな」
「そうねえ。確認の意味で名前を聞いたけど、あれは怪しかったわね。それに、私たちの事も見るってよりも観察っていうのかな。じーっと見られてるって感じがしたわ」
「言われてみればそうかも。ミラが大きくなったなんて言うなんてね。前に会った時と変わらないのにね。それに、食事もそうだわ。今まではたくさん食べる子だったのに、量よりも味付けを気にしてる様だったわ。まあ、今はそんなに食べられないんだろうけどね」
「うん、それは私も感じたよ。一口一口しっかりと味わってるって感じだった。もしかしなくても、前の記憶が関係してるのかもね」
「たぶん、そうだと思う。だからさ、俺たちも出来るだけアロと会う様にするよ。オクヤマ様が言ってた様に、前の記憶に引き摺られないようにする為にさ」
「そうね。忘れられるのは悲しいものね」
「そうだね、お願いするよ。今までと同じとは言っても、今までがどうだったか意識してなかったからなあ。何だか、甘やかしちゃいそうだよ」
「あなた、アロが言い出すまで黙っていて下さいね」
「わ、わかってるよ」
「どうだか、父さんって顔とか態度に出やすいからアロが警戒しちゃうかもよ~」
「そ、そんな事はないさ。私ほど、態度に出さない者はいないだろうさ」
「「「え~~~」」」
家族として今まで通りに接して行こうって再確認をした。トプロたちは別に住んでいるけど、これもアロの為だと思って協力してくれるみたいだし。ああ、早く秘密を話してくれないかな。いつなのかな、待ち遠しいよ。話してくれないなら、こっちから話すってのもアリかな? うん、いいかも。
「あなた、もしかして記憶の事、話しちゃおうかなって思いました?」
「!!」
なんで分かったんだ?
「もう、顔がニヤニヤしてたわよ。大丈夫なの? アロが話すまで黙ってるって決めたじゃない。もし話すのだとしても、抜け駆けは駄目よ。私だって話したいんだから」
「え、母さんも? 私もよ。アロの驚く顔が見たいのよ」
「俺もだな。どんな顔するのか今から楽しみだよ」
「おいおい、私だけじゃないみたいだな。まあ、それまでは楽しみはお預けって事で」
「あはは、そうね」
なんだよ、俺だけじゃなかったのか。安心したあ。焦らずに気長に待ちますか。




