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覚醒

 その日もいつもの様にアロの様子を見に来ていた。朝にアロの様子を見てから狩りに行き帰ってきたらもう一度様子を見る。これが一日の習慣になっている。オクヤマ様が降臨されて説明を受けてから、アロがこのまま死なないと知ってからは大分気が楽になった。スイも思い詰める事がなくなって、今まで通りの生活に戻っている。

 

 「いつ目覚めるんだろうか」

 

 思わずそんな事を呟いたらスイに聞かれてしまった。

 

 「今は待つしかありませんよ。オクヤマ様も言っていたでしょ?」

 

 「そうなんだけどね。でも、幾らなんでも遅すぎないか?」

 

 「そうねえ。あれからどれだけ時が経ったかしら?」

 

 「そうだね。大体六十日ってところじゃないかな」

 

 「え? もうそんなに経ったの? 確かにそれは遅すぎね。オクヤマ様はいつになるか分からないけど起きるとは言っていたけど。その”いつ”が分からないと不安になるわね」

 

 オクヤマ様が必ず起きると確約されてからはいつも通りに戻った。戻ったが、一体いつになったら起きるのか。起きると分かっていてても、こんなに時が経つと不安になってしまう。

 

 「でも、何をすれば起きるか分からないでしょ?」

 

 「そうなんだけどな」

 

 「だったら待つしかないんじゃない? 森人なんだから、起きないまま死ぬなんて事はないだろうし。それよりも、この子が起きた時にいつも通りに振舞える様にしましょうよ」

 

 「そ、そうだな。分かった。何かあったら直ぐに報せてくれ。僕は狩りに出掛けるよ」

 

 そう言って精霊殿の戸へと向かった。確かに長命な森人ならば大丈夫だろう。百年や二百年は問題ない。問題ないけど、それまでこの気持ちを維持出来るだろうか。幾ら長命だとは言っても、待つには限界があるぞ。その限界を迎えたときにスイがどうなるのか。

 

 そんな事を考えていたお陰なのだろう。精霊殿を少し出た所でスイが大声で呼んできた。

 

 「プーマ! アロが、アロが動いたわ!」

 

 「!!」

 

 待ちに待った日が来たのだと思い、直ぐに精霊殿に向かって走り出した。いつもなら苦もなく駆け上がれるというのに、今はこの階段が恨めしい。

 

 「スイ! アロはどうなってる?」

 

 勢い良く戸を開けたら壊れてしまった。だが、今はそれどころじゃない。

 

 「さっきは指が動いたのよ。もしかしたらこのまま目覚めるかもよ?」

 

 それを聞きながらスイの横に座る。スイはアロの手を握りしめている。俺は今か今かと顔を覗き込む。

 

 どれだけ見ていたか分からない。分からないけど、今まで待ったのだから、それが少し位伸びたところで何も問題ではない。

 

 「おお、今、ま、瞼が動いたぞ!?」

 

 つ、ついに目覚めるのか? さあ、早く起きて声を聞かせてくれ。

 

 

 

 どれだけ長い間一人だったろうか。二人と別れて直ぐに眠ってしまった。心の中なのに眠るというのも変だけどね。眠っているのに夢は見ない、見ないけど真っ暗な所に自分が横たわっているのを上から見ている。真っ暗なのに自分だけははっきりと見えている。自分を見ているのも不思議だけど、真っ暗なのに見えているのも不思議だ。まあ、記憶の引継ぎなんて聞いた事のない事をするんだ。この位、不思議の一つにもならないか。

 

 何だか不思議とだけしか感想が出てこないな。はあ、どうすれば良いんだろうか。記憶のせいごうせいとか言ってたけど、何をすれば良いんだ? まあ、何かする必要があるなら言ってるか。このまま待つか。

 

 いつどうやってこの話を打ち明けようか。それとも打ち明けない? ……いや、父さんたちには隠し事はしなくないし。でも、言わなければ父さんたちも知る事はないわけで。どうすれば良いんだ? 大体、言って信じてもらえるのか? 神様に会ったよ、何て言って信じるか? どうやってとか、その証はどこだとか言われても困るし。言って頭が可笑しくなったと思われて、集落から放り出されるかもしれないし。うーん、やっぱり言わない方が良いのかな。

 

 

 そんな答えの出ない事をずっと考えていたら、光が降ってきて自分を照らし出した。最初は小さな、本当に小さな目玉位の大きさの光だったのが次第に大きくなっていく。身体全体に光が行き渡ったと思ったら、身体が浮いてきた。そのまま、見ている俺に重なったと思ったら急に眩しくなってきた。

 

 

 

 眩しくて瞼を開けようとするけど、上手く開かない。開けようとするけど、思う様に動かない。それでも徐々に徐々に瞼を押し上げていくと、光が入ってきて何も見えない。光に慣れていくけど、ぼやけてはっきりとは見えない。目だけじゃなく耳も徐々に音を捉え始めた。水の中にいる様で、上手く聞き取れない。

 

 声はどうかと思ったら、まず口が開かない。これじゃあどうする事も出来ない。他の所はないかと探していると、微かに手に感触がある。誰かが触っているのか何だか安心する。

 

 「アロ! 聞こえるか!? 父さんだぞ。分かるか?」

 

 徐々に聞こえる様になってきて、今は遠くで叫んでいるみたいだ。でも、聞こえる。声を出そうとするけど、口が少し開いただけ。でも、光に慣れてきて段々と姿を捉えてくる。まだぼんやりとだけど、多分父さんと母さんだ。指を少し動かせば強く握り返してくる。

 

 「アロ! 母さんよ。見える?」

 

 今度ははっきりと近くで聞こえた。目はまだぼんやりだけど、さっきよりは見える。父さんに母さんだ。ああ、何だか長い事見てない気がするよ。嬉しいから何か言おうと口を開けるけど、喉に何かが引っ掛かってるみたいで声が出ない。

 

 「……ぁ」

 

 それが精一杯だった。それでも二人は嬉しかったのか泣いちゃった。声はまだ出ないから、笑顔になろうとするけど上手くいかない。それでも二人には伝わったのか、また泣き出しちゃった。そんなつもりじゃなかったのにな。どうすれば良いんだろう? でも、何だか眠くなってきちゃったな。次に起きる時は話せる様になりたいな。

 

 

 

 「アロ! 聞こえるか!? 父さんだぞ。分かるか?」

 

 ついにアロが目を覚ましてくれた。何と言って良いのか分からないけど、生まれた時を思い出した。見えてるのか聞こえてるのか分からない赤子の時の様に、自分という存在を見て聞いて欲しかった。いや、生まれた時よりも今の方がその欲は強いだろう。

 

 「アロ! 母さんよ。見える?」

 

 スイも堪らず声を掛ける。今まで何をしても応えてくれなかったから、ついにという気持ちなのだろう。俺もそうだし。目を開けてはいるけど、こっちを見てない感じだ。まだ寝ぼけてるのかな。長い事眠っていたからね。

 

 「……ぁ」

 

 ああ、小さいけど本当に小さいけどアロの声だ。待ち望んだ応えに嬉しくなり、自然と涙が溢れてくる。ああ、今度は笑って……。何という事だ、アロはしっかりと分かっているんだ。スイと俺がいる事を。でも、笑ったと思ったら直ぐに目を閉じてまた眠ってしまった。

 

 暫らくスイを抱き寄せてお互いに嬉し泣きをしていた。これで、これでようやく一歩を踏み出せる。そう思えた時だった、

 

 「長い事、よく耐えましたね。目覚めて本当に良かったですね」

 

 そこで精霊長様が声を掛けて下さった。振り返ると精霊長様も泣いておられた。

 

 「はい。ありがとうございます」

 

 そうお礼の言葉を言うと精霊長様は首を横に振り

 

 「お礼なんて。わたしは何もしてませんし、出来ませんでしたよ。二人いえ、家族で見守っていたからですよ」

 

 と言う。だけど、そうは思わない。

 

 「何を言われますか。精霊長様がこの場に留まる様にと仰って下さったからですよ」

 

 スイも同じ想いなのか、頷いてくれる。

 

 「そうですか? そうだと嬉しいのだけれどね。でも、これで一歩を踏み出せますね」

 

 「はい。今まで通り、いや今まで以上に愛情をもって接する事にします」

 

 「そうですね。でも、余り力を入れすぎない様にお願いしますね」

 

 「何を言われますか。オクヤマ様も言っておられたではないですか。記憶に引き摺られない様にする為には、今まで通りにするのが良いと」

 

 「それは、そうなんですけどね」

 

 と苦笑いをしながら、指を出口の方を指す。つられて顔を出口に向けると。

 

 「あっ」

 

 何とも間抜けな声が出てしまった。アロが起きたって事でそれどころじゃなかったんだった。

 

 「もう、貴方は慌てすぎなのよ」

 

 そうは言うが、あんな事を聞かされたら慌てるだろ。頭を掻いて誤魔化そうとするけど、二人には通じない様だ。二人して笑っている。けど、これからの事を思うと笑いたくもなるさ。

 

 「程ほどにお願いしますね」

 

 精霊長様に念を押されてしまった。よし、これからが大事だ。頑張って行こう!

 

 

 

 

 

 「ふう、何とか目覚めてくれましたね。長命の森人だから年単位掛かるのかと心配しましたが。取り敢えずは大丈夫そうですね。起きるのにもっと時間が掛かってたら、信用問題に関わりますからね。後は、あの地の者たちに任せるとしましょうか」


ようやく、転生(記憶のみ)できました

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