勇者進行。魔獣と食糧5
魔獣を倒し村に戻ってきたときには、エース、シルビア、トモネの三人はくたくたになっていて、とても今から出発できるような状態ではなかった。
村人たちは、その姿に何が起こったのかと目を丸くしていたが、ほかの三人がいたって普通の表情だったことで次第にシルビアたちから興味をなくし、いつの間にか普通の生活に戻っていた。
「仕方ない。出発は明日に延期するぞ。サーニャ、それまでに狩ってきた肉の下準備を済ませておけ」
「わかりました」
「私はもう寝るわ。一歩も歩きたくない」
「俺もだ」
「私もです」
続々と部屋に入ってくシルビアたちの背中を見送りながら、キールはカズマを見る。
「あの技、エルフの中でもかなり上級の、それこそハイエルフでもなければ出せない威力だったぞ」
「キールさんはエルフのこともお詳しいのですね」
「はぐらかすな。お前はハイエルフなのか?」
「いいえ」
小さく首を横に振ってカズマはその言葉を否定した。
「私はハイエルフではありません。ですが普通のエルフとも違うんです」
「つまり?」
「もうお気づきでしょ?」
カズマが意味ありげな表情をキールに向ける。その瞳の奥には怪しげな光が宿っていた。
「魔物との混血か」
「はい。それもハイエルフと複腕持ちの混血です」
「道理で。ではサーニャのことも気づいているな?」
「先代の魔王、サタンさんですね」
こともなげにカズマはその名前を口にした。
「最初見たときは驚きました。お父様に聞いていたお姿と全く同じだったんですから」
「だから俺たちと行動している時は、なるべく俺とサーニャを避けていたわけか」
「何を企んでいるかわかりませんでしたからね。父と面識をもっていれば、私の顔にその面影を見つけられる可能性もありましたし」
でも意味がなくなっちゃいましたね。と、カズマは首を振った。
「こちらの正体に気付かれてしまうとは。まあ、あの威力を見せれば当然と言えば当然かもしれませんが」
「なぜ見せた? お前は力を抑えて矢を放つこともできたはずだが」
「魔王城前でじれったくなったのかも知れませんね。それにリズベルトと名乗る魔物が出てきたときサーニャさん隠れたでしょ? それで少し信じてみようと思いまして」
サーニャの姿隠しまでばれていた。それだけでカズマがかなり高位の魔物ほどの力を持っていることはわかる。
ハイエルフと複腕持ちの混血はそこまでの力を持つのかと、キールも内心驚いていた。
「そうか。そっちに害意が無いのならこちらは何もしない。お前のことは黙っていよう」
「そもそもほとんど喋らないじゃないですか」
「重要なことぐらいは話す」
ふうっと小さく息を吐いて、キールは近くにあった椅子に座る。そしてカズマを前の椅子へ促した。
「確認はこれぐらいにしてそろそろ本題に入ろうか」
「そうですね。あまり時間も無いでしょうし」
「なぜ俺たちに付いてきている? お前の最初の理由は人工魔獣の研究施設を偶然見たゆえに魔物に追われるようになってしまったというものだ。しかしさっきあったリズベルトはお前にほとんど興味を示していなかった」
「理由としては本当のことだったんですが……リズベルトが私を気にしなくなったのはおそらく魔獣の研究が完成したからではないでしょうか?」
推測ですが。とカズマは続ける。
「私が見つけた時、人工魔獣の研究はそれほど進んでいるものではありませんでした。まして無機物から魔獣を生み出すことなど不可能です。その状態で人工魔獣のことが人間にばれると検体である動物が隠されるか殺される。ならば私に人工魔獣のことを話される訳にはいかなかったというところでしょうか」
「しかし今は無機物から魔獣を作れるようになった。だからお前に興味はないと?」
「ええ。そして本題の私がついてきている理由ですが、簡単です。魔王のシステムを破壊するためですよ」
「破壊方法を知っているのか!?」
カズマの言葉にキールが勢いよく食いついた。それはキールが求め、いまだ完成しない研究の答えだからだ。
「世界にかけられた魔法はそう簡単に破壊できません。しかし魔王城に隠されている魔王石と呼ばれる石がその魔法のカギになっていることを私は母から聞きました」
カズマの母、ハイエルフだったその女性は、魔王のシステムができる以前から生きていた。ゆえにそのことを知っていた。
「サーニャ、その場所は! なぜそのことを言わなかった!」
「知りませんでした」
サーニャも驚いたように答える。
「仕方ありません。魔王すら知らされていないことなんですから。そもそも魔王のシステムを作ったのは神官なんですから、神官が何かしらの保険を掛けることは当然と言えます。それをわざわざ魔王に伝えることはしないでしょう」
「そういうことか……少し考えればわかることだったな。迂闊だった」
「いえ、ともかくその魔王石さえ破壊すれば次世代の魔王を選定することができなくなります。現在の魔王には死んでもらうしかありませんが、これ以上の被害は起こらないでしょう。しかしそのあとが問題なんです」
カズマは眉をしかめ、難しい表情を作る。
「現在の魔王は王妃の実の娘。王位後継者が王妃の中に宿っているとは言え、むしろだからこそ今ショックを与えるのは避けたい」
カズマが危惧しているのもキールと同じく魔王を倒した後のことだった。だが、その問題はすでにキールが解決している。
「王妃なら大丈夫だ。気付けの魔法をかけて王都を出る前にすべて話してある」
「おや、準備がいいですね。そうですかあの時」
「ああ、会議の後に話した。その時に妊娠も告げておいた」
キールは最近の神官は屑ばかりだ。と付け加える。
女性の妊娠を知ることができるのは神官だけだ。神官は、新しい命が誕生したとき、それを祝福するために妊娠がわかるとされている。実際は神聖魔法を使えるようになった影響で、人の魂の力の大きさがわかるようになるのだ。
女性を見たとき、その女性が妊娠していると明らかに大きなエネルギーを感じる。それで神官は女性が妊娠しているかどうかわかるのだが、最近の神官はその力すら弱まっている。神官の質が非常に落ちているのだ。
「では心置き無く魔王を殺せるのですね?」
「ああ、だが今回の魔王は力に溺れていない。なかなか前には出てこないだろうな」
「ええ、私も射れるものなら外から射てしまおうと思ってるんでいるのですが、それも難しそうです」
「まあ、今は同じ目的の人間がいるだけいいとしよう」
「そうですね。今まで魔王のシステムに立ち向かって一人で生きてこれたことが不思議なぐらいですから」
魔王に正面から勝負を挑んで勝っているキールに、負けたサーニャが半目になる。
「キール様は問題ないと思いますが……」
「俺だって人間だ。首が飛べば死ぬ」
「それ以外では死なないような口ぶりですね」
「実際死なんからな。心臓を貫かれようが、下半身消されようが、考えられるなら蘇生魔法を使える」
その言葉にカズマは呆れ顔になる。
「もうあなたが魔王でいいんじゃないですか?」
「俺がなれば世界が滅ぶぞ?」
「すみません。冗談です」
「……」
「……」
『フッ……ハハハハハ』
この日初めて、二人は目標の理解者を得た。