剣士と拳闘士はお休み、勇者は仲間と会う。4
シルビアとトモネは外門の近くにある小川に来ていた。
もちろんトモネの投擲用の石を拾うためだ。
「うーん……」
トモネは河原に落ちている小石を一つずつ取り上げ、握り心地を確認していく。
シルビアが石を探してトモネに渡し、トモネがそれを確認しては捨てていく繰り返しが、すでに三十分以上続いている。
「これはあり……こっちのは無しですね。これは……なし。これは問題外です」
「どう? 大分集まってきたんじゃない?」
シルビアに反応して、トモネが顔を上げる。
「そうですね。後十分ぐらい探したら戻りましょう。あんまり遅くなってもキールさんたちに悪いですし」
時間は分からないが、徐々に日が赤く染まりつつあるのを見ると、五時前後と言ったところだ。
一日自由にしているとはいえ、夕食は宿の料理を皆で食べる予定なので、最低でも七時には帰らなければならない。
「あ! これすごくいい!」
シルビアが何気なく渡した石がトモネの琴線に触れた。
「その石?」
「はい、これなら二キロ先でも狙えますよ!」
トモネは嬉しそうに石を握って感触を確かめる。
「これは試し投げしてみたいですね」
「せっかくの石なのにいいの?」
「シルビアさんがまだ半信半疑みたいですから」
トモネが半目になってシルビアを見る。
シルビア自身、正直一キロ先を狙えると言われても、正直信じられなかったのは事実だが、まさかそれに気づかれるとは思わなかった。
「だって小石よ? どれだけ練習してもやっぱり難しいと思うもん」
「だから証明して見せます!」
そう言ってトモネはあたりをきょろきょろと見回し始める。
このあたりは小川に沿って広い平原と、その横に森が続いている。
平原の中なら狙う物は何かあるだろうと言う考えだったが、トモネはそこで奇妙な物を見つけた。
「シルビアさん。あれってエースさんじゃないですか?」
「エース? こんなところに?」
トモネの小石拾いでもなければ来ることは無さそうな場所にエースがいる。そう聞いて、シルビアは眉をしかめた。
「やっぱりエースさんですよ。誰かと一緒に戦ってるみたいですよ」
「戦ってるって何と?」
「あれは魔獣……ですかね?」
「魔獣!?」
「はい、そうみたいですね。あ、あの人弓上手い」
「そんなこと言われても私には見えないんだけど……」
「じゃあ行ってみます?」
「そうね、魔獣なら見逃せないし。ここからどれくらいの距離?」
「だいたい二,三キロって所ですね」
「分かったわ。ちょうどいいじゃない。一キロ先ぐらいなら私でもはっきり見れるから、そこで投擲見せてよ」
「そうですね、そうしましょう。魔獣に当てればいい隙を作れるかもしれませんし」
エースを特に心配することも無く、二人はゆっくりと平原を歩きだした。
「走れ光の刃。ライトニング・アロー、ワンショットシフト!」
指先に発生した光の矢を、魔獣めがけて放つ。
ワンショットシフトは一発の威力を高めたライトニング・アローのバリエーションだ。
だがそれは、あっけなく魔獣にかわされてしまう。
魔獣のかわした先に矢が飛来した。それは魔獣の目を射抜く。
「いくら魔獣と言えど、目の柔らかさはカバー出来なかったようですね」
「ナイスだぜ、カズマ」
魔獣がひるんだ隙に、エースが一気に距離を詰める。
「行くぜ!
走れ光の刃。ライトニング・アロー、フィックスシフト!」
エースの腕に魔力が集中し、一本の輝くナイフを作り出した。
ライトニング・アローの魔力を固めただけの、簡単なナイフだ。しかし、放つことを前提としたアローの威力を維持するために、この魔法は膨大な魔力を使用する。その量はサウザンドシフトを放つ時に使う量と大差無い。
そのため勇者の様に、特別大量の魔力を貯蔵している存在でもなければ、使うことは出来ない魔法だ。
それがエースが裏技といった理由だ。
刃を振りかぶり、真っ直ぐに魔獣に振りおろそうとしたその時、魔獣に異変がおきた。
ギャアアアアアアアア
突然吠えたかと思うと、魔獣の顔が縦に真っ二つに割れた。そしてそこから何本もの触手が飛び出してくる。
「何!?」
エースはその触手に腕をからめ捕られてしまった。
そしてぐいぐいと割れた顔の間にエースを引きずり込もうとする。
割れた顔の内側には大量の鋭い歯が並んでいた。
「エースさん!」
カズマが矢を放つも、あっさりと皮膚にはじかれてしまいびくともしない。
そうしている間に、エースは完全に顔の間に引きずり込まれてしまう。
「くっ……///」
エースが身構え頬を少し赤く染めた時――
――突然魔獣が強烈な衝撃を受け、吹き飛ばされた。
「な!……」
その衝撃でエースに絡まっていた触手が解ける。
カズマは何が起こったか分からずに呆然としていた。だが、エースは王国兵による特訓の成果で、すぐに動くことができた。
倒れた魔獣に馬乗りになり、今度は触手に捕まれないよう掃いながら、魔獣の二つに割れた頭を両方とも魔力のナイフで切り落とした。
魔獣が完全に動かなくなったのを確認して、ゆっくりと魔獣から離れる。
ナイフは維持したままだ。
「やりましたか?」
「ああ、首を落としたし完全に殺せたはずだ」
魔獣も考えることで動いている以上、頭を失えば死ぬ。
だが、この魔獣は頭を真っ二つにしても生きている様な特殊な個体だった。そのため念のために警戒してい たが、どうやらその必要は無かったようだ。
エースは魔力のナイフを消して、その場にバタリと寝ころんだ。
「ああ……疲れた。もう魔力が残ってねぇ」
「お疲れさまでした。それにしてもさっきの魔獣を襲った衝撃はなんだったんでしょう?」
「しばらくすればその正体が来ると思うぜ」
カズマはエースの言った意味が分からず、首を傾げた。
「ナイスコントロール……」
「思わずエースさんに投げそうになりましたけどね」
「あの時、絶対あいつ喜んでたわよね」
「エースさんですし、そうだと思います」
シルビアとトモネが近づいた時、エース達の戦闘は大詰めになっていた。
シルビアにも、エースと共に戦っていた男が、魔獣の目を弓で撃ち抜くのをはっきりと確認したのだ。
その後魔獣が奇妙な声を上げたかと思ったら、頭がぱっくりと割れてエースを噛み殺そうとしていたために、シルビアに石を投げて貰ったのだが、その命中率にも威力にも度肝を抜かされた。
「どうですか。信じてくれました?」
「はい。全面的に私が悪かったです」
「分かればよろしい」
トモネが胸を張ってクスリと笑う。シルビアもそれにつられて笑った。
「じゃあ、エースの所に行きましょうか。事情も聞きたいし」
「そうですね。あと自力で逃げれたのに噛まれようとしたことに対するお仕置きも必要ですね」
「ほどほどにしてあげてね?」
「善処します」
「今回も失敗ですか。あのエルフにも困ったものですね、いい加減死んでほしいんですけど」
森の中からエース達の様子を窺う女が一人。厳密に言えばそれは人では無い。
人間から悪魔と呼ばれ恐れられる存在。それが彼女だ。
先代の人工魔獣研究者、ヒストライス・セルンが魔王城を追われてから、その後釜に着いたのが彼女だ。
セルンの残した研究データを元に、魔力の暴走を誘発させる装置を完成させ、魔獣に仕込んで実験していたところを、偶然通りかかったエルフに発見されてしまい、そのエルフの排除を試みるが、すでに何度も失敗を繰り返している。
今度こそはと思って出した自信作も、最近魔王城でも噂になっている勇者に邪魔されてしまった。
「また新しい魔獣を用意しなくてはいけないじゃないですか……」
装置を完成させたと言っても、まだ試作段階の域を脱しない。そのため、全てがハンドメイドのその装置は作るのがかなり面倒なものだった。
今後の課題は、それをいかに簡単に作れるようにするかであると、彼女は考えている。
「その必要はありませんよ」
女が今後の魔獣について考えていると、突然後ろから声を掛けられた。
「誰!?」
とっさにその場を飛び去って、声のした方を見る。
そこには一人のメイドがいた。
黒い髪をなびかせ、赤い目は真っ直ぐに女を見つめている。
その立ち姿からは、強烈な畏怖を感じさせた。
「名前を聞く時はまず自分から名乗るべきだと思いますが」
「私はリルベルト・リズ。魔王城お抱えの研究者よ。あなた見たところ魔物のようだけど何者?」
「私の名はサータニアン。契約悪魔です」
「契約悪魔!?」
リズはその言葉に驚く。
悪魔はリズを含めプライドが高い。それが人間と契約するのはかなり異例のことだ。
過去にも、人間と契約した悪魔は何体もいるが、その全てが人間に従ったためしがない。彼らは契約後、自由気ままに振る舞い最後は契約者を殺してしまっている。
そのため彼らが、自分の事を契約悪魔と称することはまずない。
契約悪魔を名乗ることは、そのまま人間と対等な契約を結んでいることを意味するからだ。
「その契約悪魔が私になんの用?」
侮蔑の意味を込めて契約悪魔を強調してリズは問う。
「これ以上あのエルフに関わるのは必要ないと言いに来たのです」
「それを決めるのは私よ」
「いえ、私です」
リズの答えを間髪いれずに否定し、サーニャはリズに詰めよった。
いつの間にか距離を詰められていたリズは驚き離れようとするが、サーニャの速さに体が追い付かない。
あっという間にサーニャはリズの両手を抑えて、正面に立っていた。
「あなたは、ただ私に従えばいい。それが悪魔として当然の摂理なのだから」
サーニャの瞳が紅く輝きを増す。
それに比例するようにリズの瞳からは輝きが失われた。
「は……い……」
「そしてあなたの主に伝えなさい。魔王はあなたを魔王と認めていないと」
「わかりました……」
声を聞いて、サーニャはリズを開放した。
とたんにリズはそん場にぺたりと座りこんでしまう。その表情は酔ったように赤い。
「では、私はこれで」
そう言ってサーニャはその場から姿を消した。
エース達と合流したシルビアとトモネは、ぐったりしているエースから事情を聞き、詳しい話を聞くためにカズマを連れて宿に戻ってきていた。
ちょうど食事時と言うこともあり、料理を食べながら話しを聞くことで、終始穏やかにことは運んだ。
そして、エースのカズマを旅の仲間にしたいと言う意見に、実際にカズマの戦闘を見ていたシルビアとトモネは文句なしでOKを出し、相変わらずキールは興味なし、二人が良いならとサーニャが合意したことで、カズマのパーティー入りが決まった。
「エルフのカズマです。これからよろしくお願いします」
「よろしくね。私はシルビア剣士をやってるわ」
「私はトモネです。拳闘士をやっています」
「こちらが私の主人のキール様です。僧侶を担当しております。そして私がキール様の従者のサーニャと申します。以後お見知りおきを」
サーニャのキールを含めた自己紹介に、カズマは驚いていたが、他の三人がフォローを入れて、それが普通であることを認識させた。
その後、急な飛び入りだったカズマはエースとの相部屋になり、それぞれは部屋に戻っていた。
「今日からよろしくな、カズマ」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
「男手が少なくてさ。肩身の狭い思いしてたんだよ。これでやっと話し相手が出来る」
「キールさんとはあまり話さなかったのですか?」
「あいつは基本しゃべんないし、かなりムカつく奴だからな。あんまり関わらない方が良いぞ」
これまでの数々の暴力と罵倒を思い出し、顔がゆるみそうになるのを抑えながらエースは言う。
「戦闘もかなり強いから、下手に足を引っ張ると敵ごと消されかねない」
「そこまでですか……私も気を付けます」
その後も、パーティー行動するときの注意や、簡単な連携の話しをしながらエース達の夜は更けて行った。
「ねえ、こっちの服とこれって会わせれないかな?」
「いいですね。こっちのも似合うと思いますよ」
「あ、いいわね。ならこんなのは?」
「凄くいいです!」
シルビアとトモネは、今日買った服の着合わせを考えながら夜を堪能していった。
「キール様。魔物には予定通り、魔王城へ帰っていただきました」
「そうか。よくやった」
キールはそう言ってサーニャを抱き寄せる。
そしてそのままベッドに押し倒した。
「褒美が必要だな」
「そろそろ補給も頂きたいです。最近ご無沙汰でしたので」
「いいだろう。存分に満たしてやる」