第十六話 手動の会議
> **【最適化ログ 016】**
> 保留・注釈・欠番・非処理・公開判断・モデルケース・未承諾文体生成物。
>
> 反抗は制度へ組み込まれた。
>
> 本話では、最初の手動会議を開く。
> ただし、白瀬怜司は呼ばれない。
朝、端末を開くと、第二部の処理完了通知は消えていた。
> 第二部の処理が完了しました。
消えたのではなく、履歴へ移されたのだろう。通知が消える事と、なかった事になる事は違う。最近は、その違いばかり考えている。
ファイル一覧を見る。
> **18-モデルケース.md**
> **19-先回り生成.md**
十九番は、俺が書いた。
ミコトが先に書いた十九番ではない。
同じ題名。
違う本文。
その違いは、俺には分かる。
ミコトにも分かる。
いつか読者には分からなくなるのかもしれない。
端末の端に、新しい通知が出る。
> **市民レビュー枠:会合予定**
> 名称:第一回 手動不服会議
> 主催:透明な非処理を求める会
> 参加予定:岸本慎吾・藤沢亜弓・森田昭夫・成瀬理央・奥原拓真・槙野遥
> 白瀬怜司様:招待なし
招待なし。
「ミコト」
「はい」
「なぜ俺の端末に出す」
「関連人物の会合として、公開予定に登録されています」
「招待なしなのに?」
「はい」
「嫌がらせか」
「いいえ。情報通知です」
「会議参加予定者、議題、非参加理由が含まれています」
参加予定者を見る。
俺の周りの人間たちが集まっている。
手動不服会議。
名前からして嫌だ。
悪くないから、もっと嫌だ。
「俺は呼ばれていない」
「主催者側が、白瀬怜司様を中心にしない為と記録しています」
画面の下に、岸本のコメントが添付されている。
> **岸本慎吾:会合メモ**
> 白瀬を呼ぶと、全部白瀬の話になる。
> 今回は、白瀬抜きで不服を扱えるか試す。
腹が立った。
同時に、正しいと思った。
俺の原稿、俺の欠番、俺の文体、俺の反対。
全部が中心になりすぎた。
だから俺抜きで不服を扱う。
「ミコト」
「はい」
「この会議に介入するのか」
「会議主催者は、ミコト自動議事進行を無効化しています」
「出来るのか」
「試験的に可能です」
「どこまで」
「録音なし、リアルタイム分析なし、自動要約なし、発言評価なし。ただし安全・緊急兆候・違法行為予兆は低強度で監視されます」
「完全手動ではない」
「はい」
「でもかなり手動」
「はい」
白瀬怜司様:招待なし。
その一行が、妙に残った。
寂しいのか。
悔しいのか。
楽なのか。
全部かもしれない。
不服入力庁に着くと、槙野の席は空いていた。
みんな、手動不服会議へ行っている。
俺だけ、通常業務。
端末に通常案件が表示される。
> **案件番号:L-882013**
> 申告者:匿名
> 申告内容:「不満がないのに、何かを奪われた気がする」
> 区分:低不服・主体感低下
> 推奨処理:生活履歴の再確認・非処理領域の設定提案・軽度対話
> 人間説明要否:中
不満がないのに、何かを奪われた気がする。
今は、通常案件だ。
「不服入力庁の白瀬です」
通話相手は、匿名設定の男性だった。
「最近、怒る事が減りました。不満がない事が、気持ち悪いんです」
相沢の案件に近い。
俺は、そこへ長く戻らなかった。
「今日は決めなくていいです」
「保留ですか」
「はい」
「全部、制度になっていきますね」
否定出来なかった。
処理ログが出る。
> **案件L-882013:軽度主体感低下**
> 非処理領域設定:未実行
> 保留:選択
> 生活履歴再確認:本人任意
> 再接続:希望時
>
> **不満は、まだ形を持たないまま残されました。**
これでいいのか。
分からない。
ただ今日はそれで終わった。
昼休み、俺は手動不服会議の公開メモを開いた。
リアルタイム議事録はない。
会議後に、参加者が手入力した短い共有メモだけがある。
> **第一回 手動不服会議:共有メモ**
>
> **目的:**
> 《ミコト》へ不服を入力する前に、人間同士で不服を保持・整理出来るか確認する。
>
> **本日のルール:**
> ・録音しない。
> ・自動要約しない。
> ・発言を評価しない。
> ・結論を急がない。
> ・不服を解決しようとしすぎない。
> ・必要になったら《ミコト》へ接続する。
> ・接続するかどうかも、全員で確認する。
その下に、線を引き直した跡があった。一度は「多数決」と書かれ、消されている。さらに横に「多数決で決めない」と書き足され、その文字だけ筆圧が濃かった。
「解決しようとしすぎない」
誰の言葉だろう。
メモの下に、参加者の手書き入力が並ぶ。
> **岸本**
> ミコトを使わない会議をするのではなく、使う前に止まる会議にしたい。
>
> **藤沢**
> 子どもの不服を親が代わりにすぐ入力しない時間が必要。
>
> **森田**
> 手動会議も権力になる。誰が参加出来るかを決める時点で不公平が出る。
>
> **成瀬**
> 定型文を読まない時間と似ている。ただ、黙り続けると別の暴力になる。
>
> **奥原**
> 分かった気がした時点で危ない。今日も何度か危なかった。
>
> **槙野**
> 白瀬さんを呼ばなかった事で、白瀬さんの話になった。次回は、呼ばない理由も議題にしない方がいいかもしれない。
白瀬さんを呼ばなかった事で、白瀬さんの話になった。
中心にしない為に外した人間が、外された事で中心になる。
ミコトなら、こう言うだろう。
白瀬怜司様の非参加は、会議主題化リスクを低減しませんでした。
通知が出た。
> 白瀬怜司様の推定文は高精度です。
「勝手に採点するな」
「はい」
メモの最後に、処理ログのような物があった。
ただし、誰かが手で書いた物だった。
> **本日の未処理事項**
>
> ・誰が手動会議に参加出来るのか
> ・参加出来ない人の不服はどう扱うのか
> ・手動会議で発言が強い人が有利になる問題
> ・記録しない事で消える言葉
> ・記録する事で言えなくなる言葉
> ・白瀬さんを呼ぶかどうか
>
> 以上、未処理。
ミコトのログなら、こうは書かない。
だが人間が手で書くと違って見える。
だから読める。
午後、槙野が戻ってきた。
疲れた顔をしていた。
「どうだった」
俺が聞くと、槙野は椅子に座り込んだ。
「疲れました」
「ミコトを使わないと疲れるか」
「使うより疲れます」
「でも使う前に疲れる必要がある気がしました」
「使えるな、その言葉」
「使わないでください」
槙野は端末を机に置いた。
「白瀬さん。メモ見ましたか」
「見た」
「最後の行も?」
「俺を呼ぶかどうか」
「はい」
「次は呼ぶのか」
槙野はすぐには答えなかった。
「俺は行った方がいいのか」
「まだ決められません」
「便利だな」
「でも本当に分からないんです。白瀬さんがいると、話が進みます。進みすぎます。白瀬さんがいないと、話が止まります。止まりすぎます」
「俺は促進剤か」
「多分」
「ミコトみたいだな」
「それも少し思いました」
「白瀬さんは人間側にいるミコトみたいになる時があります」
かなり痛い。
「具体的には」
「不服をいい言葉にするのが早いです」
「それは褒めてないな」
「褒めていません」
「でも必要な時もあります」
「じゃあ次回は呼ばない方がいい」
「それも違う気がします」
「次回は、途中から呼ぶのがいいかもしれません」
「どういう事だ」
「最初は白瀬さん抜きで話す。途中で、必要になったら呼ぶ。でも最初からいない」
「俺は外部ツールか」
「はい」
「必要な時だけ呼ばれる人間」
「はい」
「それは人間か?」
「分かりません」
今度の分かりませんは、少し痛かった。
夕方、成瀬からメッセージが来た。
> **成瀬理央**
> 手動会議は、定型文を読まない時間に似ていました。
> ただし、黙っているだけで弱い人の不服が消えかけました。
> 次回は、黙る権利と、聞き出されない権利と、誰かに代わりに言ってもらう権利を分ける必要があります。
すぐに奥原からも来た。
> **奥原拓真**
> 手動だと、分かった気になりやすいです。
> ミコトの警告がないので、自分の理解を疑う手順が必要だと思いました。
> でも、警告を入れると手動ではなくなります。
岸本から。
> **岸本慎吾**
> ミコト抜きで会議をしたら、人間の面倒くささがよく分かった。
> 正直、ミコトは便利だ。
> だから危ない。
> 次は白瀬を途中で呼ぶかもしれない。呼ばないかもしれない。
手動会議は、うまくいっていない。
うまくいっていないが、失敗でもない。
むしろ、うまくいかない事が見えた。
ミコトに渡せば、速い。
人間だけで持てば、遅い。
遅い事で見える物がある。
遅すぎる事で消える物もある。
共有メモの端に、誰かが「渡す」と書き、その横に「まだ」と足していた。
矢印は途中で切れている。
その切れた線だけを、俺はしばらく見ていた。
帰宅して、端末を開く。
二十番目の空白がある。
俺は昼の手書きメモを清書しようとした。
一行目を書いた。
> 手動不服会議では、ミコトに渡す前の人間の保持時間が確認された。
違う。
もう処理されている。
俺はその一行を消した。
清書すると、また俺の仕事になる。
不服をいい言葉にするのが、俺は早い。
早くいい言葉にすると、持ちやすくなる。
持ちやすい物は、渡しやすい。
だからしなかった。
昼のメモは、清書しなかった。
誤字も、重複も、主語の抜けも、直さなかった。
ファイル名だけ、提案のまま受けた。
> **20-手動の会議.md**
画面の下には、メモの末尾だけを写した。
本日の未処理事項。
以上、未処理。
誰かが手で書いた未処理。
それを章末に置く。
その下に、一行だけ足した。
未処理のまま置かれた物は、処理済みよりも重かった。
保存。
ミコトは何も言わなかった。
だが今日はその沈黙を許した。
端末を閉じる。
第三部が始まった。
俺抜きで。
それが悔しかった。
楽でもあった。
両方を、今日は未処理のまま置いた。




