第一話
本作は異世界転移・転生を題材としたお話ですが、主人公は転生しません。
それ以外でも「いわゆる異世界転生もの」とは大きく異なるお話しとなります。
お読みいただく場合、どうかその点にご留意をお願いいたします。
ではどうぞ。
輪廻転生。
異なる地、異なる時に、新たなる命を得て生まれ変わること。
時に寿命を全うし、時に非業の死を遂げ、生前の記憶を持ちながら生まれ変わることもある。
言ってしまえばオカルトの類の話ではある。
しかし、生まれ変わりにまつわる話は世界各地にある。
一概に全くの非現実と看做すのも早計…と言えば、言えるのかもしれない。
ともかく、記憶や魂を保ったまま新たな世界への生まれ変わりは、人々にとっては憧れ、あるいは恐怖の対象と言える。
この物語はそんな異世界への輪廻転生、そして異世界への転移にまつわる、ある少女達の物語である。
ある春の日の夕方。
大きな和風の屋敷の座敷で、何人かの人間が座り、睨み合っていた。
竜崎家。第二次世界大戦以前から続くという資産家一族の本家だ。
この家には父親・母親・そして娘の3人家族、さらに住み込みの家政婦数人が暮らしている。
座敷で向き合っているのは、この家の家族3人と、一人の少女だ。
老齢の男…父猛守と、中年の母籠女。
2人に向き合っているのが娘の翼。
向かい合う竜崎家の親子の間には、極めて険悪な空気…あるいは威圧と恐怖が漂っていた。
そして翼の隣に、彼女の恋人――この物語の主人公である少女、志信田 一花が座っている。
彼女だけは気丈に面を上げ、竜崎夫妻を真正面から見つめていた。
一花と翼は同じ学生服を着ているが、首元のリボンの色だけが異なる。学年違いの恋愛関係だ。
そして、夫妻は一花を全く見ていない。一花の隣で顔を伏せる翼だけを見ていた。
威圧的な空気を放っているのは猛守、恐怖しているのは翼。
この空気の発生源になっているのは、実の親子であるはずの2人であった。
母親である籠女は怯えてこそいないものの、他人事に感じているのが視線からありありと感じられた。
「翼」
猛守に名を呼ばれ、翼の肩がビクリと跳ねる。
額から脂汗が流れ、息をのむ翼。その手を一花が握る。
恋人の手のぬくもりに勇気づけられ、翼は一度目を閉じ、開いて、顔を上げた。
「はい」
「来年の春には卒業だな」
「……はい」
「卒業したら貴様はこの竜崎家を継ぎ、俺の会社を継がねばならん。そう言ったな」
実の娘を猛守は『貴様』と、まるで敵対者か何かのように呼ぶ。
そして籠女はそれを咎めることなく、夫のさせたいようにさせていた。
嫌悪感に一花の顔がゆがむ。威圧する父、それを放置する母。
この竜崎家の夫妻は、毒親と呼ばれる部類の人間だ。
住み込みの家政婦もその夫妻を止めることはできなかった。というより、我関せずと放置していた。
不幸にして、娘の翼はそんな家庭に育てられた。
この家とは関係ない存在、一花と出会っていなければ、とうに心が折れ砕けていただろう。
一花と翼は一度視線を交わした。
助けを乞うがごとき翼の視線に対し、一花は小さく、しかし力強くうなずいた。
翼がもう一度、猛守に視線を向ける。
「はい…お父様」
「いつまでも遊んでおらんで、ゆくゆくは副社長を婿に取れとも言ったな。
――明日から婿の男の家に住め。今日のうちに支度を整えろ」
威圧的な物言いに、そして一方的で高圧的な物言いに、しかし再び翼は口を閉ざしてしまった。
翼はもう一度、隣にいる一花と視線を交わし、顔を上げる。
抗う意志はある。だが、物心ついてからこの父親の許で育った彼女のそれは、あまりに弱い。
「…お父様、わたくしも申し上げました。一花とは別れたくありませ」
「我儘を抜かすな!!」
だが猛守の怒号のごとき怒鳴り声で、翼は瞬く間に委縮してしまった。
籠女はやはり何も言わない。むしろ翼にあきれ果てているようだった。
なぜ、夫に従わないのか――そんな内心が透けて見える表情だ。
怒りの余り、一花は身を乗り出し、猛守に食って掛かる。
「翼さんを貴様呼ばわりなど、赦しませんよ!!」
「口の悪い小娘と遊んでおるな、翼」
しかし一花の怒りを、猛守は完全に無視した。
自身の会社を継ぐ娘には不要…どころか、一花の存在そのものを無視している。
「餓鬼の遊びは終わりだ。貴様は学を修め、婿を取り、子を産め。
そして俺の会社を継げばそれでいいのだ」
「――でもお父様!」
「ねえ翼さん」
抗おうとする翼に、ようやく籠女が声をかけた。
穏やかな声だが、優しいようでいて、底冷えする程に冷たい声だ。
猛守以上の冷酷さ。実の娘の生涯を決める時にさえ、他人事と見ている内心が、声に現れている。
「お父様はね、あなたに期待しているの。
あなたなら会社を継ぎ、より大きくしていくと期待しているの。
それにそちらのお嬢さんだって、社長になってから家政婦さんに雇えばいいじゃないの。
それまで少し我慢すればいいだけなのよ。良い子だから、そうなさい」
「………お母様」
籠女はそれだけ言い切ると、視線を再び逸らした。
翼はやっと母から掛けられた言葉に絶望している。
実の娘さえ自身の会社の継続のための道具としか見ていないこの男が、どうして翼に期待していると見えるのか…
要するに、夫も実の娘も、内心ではどうでもよいと思っているのだろう。
あるいは…娘が会社を継げば、社長夫人という役目を終え、竜崎の家から離れられると踏んでいるのか。
翼をそのための踏み台としか見ていないのだ。
「…あなた達は」
実の娘をそれぞれの道具としか見ない竜崎夫妻に、一花が怒りの眼差しを向ける。
それでもどちらも一花のことなど気にかけず、目を合わせようともしない。
――経験から、一花はこの2人に話が通じないことを知っている。
翼と別れる気が無いことを、一花は何度も説いてきた。
だが翼に対しては、2人揃って会社を継ぐことだけを要求してきた。
当然一花のことは気にもかけていない。
翼が自分から別れを切り出すよう、猛守が威圧し、籠女が宥める形で仕向けているのだ。
別れろとさえも言わないのが、ある意味でその証拠である。
そして翼がこの2人に抗えない理由が、この歪んだ家庭での日々の中にあることも、一花は知っている。
一花は固く握りしめた拳に触れた翼の手を感じ、力を緩めた。
そっと添えられた翼の手は冷たい。翼の視線を受け、一花は拳を下ろした。
「……一花を、送ってまいります」
それだけ言って立ち上がる翼に付き従い、一花も座敷を出た。
フン、と猛守の声が聞こえた。
2人で翼の部屋に着く。大きな和室だが、翼自身の私物は少ない。
これはいずれ翼を結婚させ、相手の男の家に引っ越しをさせるため、両親が買い物を制限しているのだ。
学校帰りに立ち寄ったので、机の横には一花のバッグが置いてある。
ちなみに一花と翼は、通学路の途中にある喫茶店でアルバイトをしている。
今日は二人ともシフトが入っておらず、この日は真っ直ぐに翼の家に辿り着いた。
翼のアルバイトが認められたのは、社会経験をさせるためという、猛守の許可ゆえであった。
しかし実際は2人でどこかに引っ越し、共に暮らすための資金を稼いでいる。
そんな2人を出迎えたのは、丸っこいチャウチャウの仔犬であった。
「わふ!」
「チョコ。ただいま」
「わふっ」
名をチョコという。体毛がチョコレート色だからという、シンプルな理由で付けられた名前だ。
チョコの存在はこの家で唯一、翼にとっての安らぎであった。
チョコを膝に抱えて翼がベッドに座ると、一花が隣に座り、翼の肩に寄りかかった。
翼もまた一花の肩に寄りかかる。
「…すみません。私、何も言えませんでした」
小さな声で謝罪する一花。翼は一花の髪を優しく撫でる。
「一花は気にしないで。私が弱いから…私が何も言えないのが、悪いの…」
「……言い出したのは私です…今日こそ、翼さんを自由にするって」
一花がここに来たのは、翼の恋人として彼女の両親を説得するためであった。
翼に彼らの――否、猛守の会社は継がせない。竜崎家とは縁を切り、2人で暮らすのだと。
だが自身の話を幾度も跳ねのけられ、無視され、一花も自身の話が通ぜぬことを理解してしまった。
無理やり娘に家を継がせる――正確にはその婿に継がせ、翼自身はその嫁にさせられる――など、時代錯誤であるとは、2人も思う。
それでも一花が彼らを説得しようとしたのは、理由がある。
翼の胸の内にある、とある忘れられぬ想い。否、未練からであった。
ぽふっ、とチョコが一花の膝に顔を伏せる。
チョコはのんきで人懐っこく、一花とも仲が良い。
そんなチョコを翼に与えたのは、母・籠女である。
それ以外にも、翼は母から優しくされたことが、どうしても忘れられずにいた。
チョコを飼い始めたのはごく最近だが、それ以外はすべて幼い頃の思い出だ。
「いいえ、私が………お母さまなら…
きっと判ってくれると…そう思いこんでいたせいよ」
「わふっ」
チョコを優しいまなざしで見下ろす翼。チョコは伏せていた顔を上げ、翼を見上げる。
――先刻の会話とも言えぬ会話は、最後の説得であった。
猛守は翼を1年間教育させ、卒業後すぐに社長を継がせ、さらに結婚もさせるのである。
しかし恋人である2人はそのために別れるつもりは無い…筈だった。
翼がどこの誰とも知れぬ男と結婚するなど、一花としても許せることではなかったのだが。
読んでいただきありがとうございます。
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ちなみに私が聖闘士星矢シリーズで一番好きな技は劇場版2作目の「襲撃群狼拳」。
絵面からはどんな技か全く理解できないけど、疾走感がありつつおっかないヴィジュアルが最高です。




