僕、下世話な話には気を付ける
ジュリアと魔法議論を交わしつつ、彼女の心に薪を焚べていたら、熱を保つどころか火がついちゃって手玉に取られてしまった。
おまけにヘッドスパ・アッシュのお客様が二名追加されて……でも、あんな楽しそうな顔で頼まれたら断れないよね。
加えて本人も言っていたけど、まだ若い彼女達の心がどう移り変わるか分からないけれど、心を掴んで離すなとの事。
……真面目な話、幼い頃の結婚の約束が守られた試しはお話の中ですら中々お目にかかれない。
そんな約束を全員にして自分の力で遂げろなんて鬼畜ミッションだ。
現状の僕に出来るのはいつも通りに構う事ぐらい……だったのだが、ジュリアのおかげでみんなの気持ちに確信を持てたので少しは距離を詰めてお話出来るかもしれない。
それがどう影響していくかは分からないけど、いつかのその日が来た時に僕を求めてくれる人をもらうのは決めた。
この世界は一夫多妻も一妻多夫も何でもありだ。優秀な血を持つ者達が子を産み増やす事が重要だからだ。
容易に命の危険に晒されるこの世界では重婚どんとこい、次代を育め、それがこの国あるいはこの村の理念。
ハーレムだのなんだのが許される場所で、意図せずそんな構図が出来あがろうとしているなら、僕に賄える範囲で嫁にもらうのが道理という訳だ。
……ちなみにジュリア曰く、ジュリア以外の三人で協定が既に結ばれているらしい。そこに参加表明をしてくると言ってさっき駆けていった。
協定の内容は驚く程に肯定的で、且つ僕の自由だった。
僕が望むなら一人だけが選ばれても、みんなが選ばれても、文句無く祝いましょうと。
ただ一つだけ条件があった。愛の加護を得る事、延いては加護を入手する為に協力する事。
愛の加護があれば安産確実。母子ともに健康でいる事を約束する様なものらしく、世の子どもをつくる前の女性は皆んなこぞって加護を得るために動くらしい。
そしてその加護と神の赦しがあれば近親婚だろうと認められるそうな。
……僕が知らない間に話はそんな所まで進んでいた様だ。
なんでも、加護を得るために試練を課される事があるので、その為にも戦闘力も花嫁修行も頑張るんだって。
僕も参加した方が良いのでは無いだろうかと思わないでも無いが、どうやら女性が受け取るのが通例の様で、あまり口を挟む事では無いのかもしれない。
ウィンドウさん! 愛の加護って知ってる?
◇貴方は既に見ていますよ◇
え!? もしかしてサフィー母さん? いやでもそれは見たとは言わないでしょ。
ん? あっ。あった。見たわ。文字で見てる。
転生する時に選ぶスキルの一覧が五十音順で頭に【愛の加護】、【愛の祝福】、【愛の鞭】〜〜ってなってた。
へぇー。スキル枠に入るんだ加護って。
ふーん…………ウィンドウさんの加護……。
「アビリティサーマラ——」
◇——ジュリアから聞いた魔力感知の訓練はしないのですか?◇
墓穴掘ったんでしょ。ウィンドウさん。
◇…………◇
僕に加護、与えてないよね? 初めてスキル欄見た時、加護なんて無かったもんね?
◇加護を与えるには力が足りません◇
…………嘘ついてたんだ?
◇加護があっても私と話は出来ません。こうして神と話しているのは実質加護以上です◇
……それもそうだね。加護なんて貰ってる人いっぱい居そうだけど、ウィンドウさんと話してるのは全人類で僕だけだろうし。
◇いつか……力が戻る事があれば、貴方に加護を◇
加護で話すとメッセージが外に丸見えなんでしょ? このままで構わないよ。内緒話の方が気分良いや。
◇……アッシュ。貴方の力を私が必要とした時、貴方は力を貸してくれますか◇
命の恩人、元い魂の恩神のお願いを無碍になんて出来ないでしょ。
まあせめて、神様のお願いが身に余るものでは無い事を祈ってるよ。
◇【浄化】の力に慣れておくと良いです……◇
よりによって浄化か。今一番の問題児なんだけどな。
浄化魔力を漏らさないために、魔力を圧縮貯蔵しながら魔力を消費し続けて、眠る時は漏れても良い様に魔力で自分を覆っている。
最近のエレアお姉ちゃんは抱きついて来た時によく首を傾げる。
僕から出る浄化魔力を感じなくなって違和感を覚えているのかもしれないが、それでも引っ付く事には変わりないらしい。
……浄化魔力の心地良さに惹かれている可能性も勘繰っていたのだが、エレアお姉ちゃんは変わらなかった。
何の気なしに僕の心を救ってくれたよ。流石自慢のお姉ちゃんだ。
さてと! 考え事はこの辺にして、まずはゼフィア先生に体術の訓練メニューを聞きに行こう。
魔力感知の訓練は体術をやりながらでも出来そうだったのでね。
魔法の指導をしているゼフィア先生に話しかける。
「ゼフィア先生! 訓練の内容……どうしました?」
何故かジト目で見てくるゼフィア先生。
美人がやるとジト目でも綺麗だ。悪い気はしない、居心地は悪い。
「アッシュ、君の手の速さに驚いているんだよ……」
「……は!? 情報源は一体誰ですか!?」
「緩く束ねた金髪を楽しそうに揺らしている若いエルフだ。耳の先がほんのりと赤く、普段とは違う可愛らしい顔つきになっていて驚いたものだ」
「……えっちな事はしていません」
「そ! そそそんな意味で言っていない!!」
初心だ。真っ赤なゼフィア先生は最早癒しだな。
さっき言っていた様に耳の先がほんのり赤くなっている。顔つきは険しくなったけど。
「私を揶揄ったんだ、覚悟は出来ているな!?」
「揶揄っていません。揶揄われたと判断する事自体が——申し訳ありません! なんでもありません! 私語を慎みます!!」
「……パンチ千回、キック千回。木人形に叩きつけて来い。ある程度の回復は自前で出来るしやれるな?」
「……やれます」
「今日の訓練内容はそれだ。終わったら来なさい」
「…………分かりました」
めっちゃ怒ってる……声が平坦でしか無かった。威圧感も無かった。でも怖い。恐い。コワイ。
音を立てない様にすすすっと移動する。
息を殺している僕の方に何故かフェーグさんが寄ってきて身長の低い僕に合わせて肩を組んでくる。
「お前……ぶふっ……ゼフィア煽るの上手すぎ……ゴホッ……天才だな!」
「……流石に、殺されますよ……?」
「上等だっつの! つか身持ち固すぎなんだよなー。強すぎて恐れられてるし、若えもんに貰われなきゃ、あれは一生独身だぞ?」
「ひっ……そうっすか。独身は独身で楽しいとか聞きますけど? 悪いんですかね?」
「悪かねーけどよ、下の世代が居なきゃどーにもなんねーだろ? 子どもなんざ多くて困るこたあ早々ねえ。寿命が長いエルフともなれば尚更よ。あいつ結構歳食ってんだぜ?」
「ほう? 何歳ぐらいなんだ?」
「確か————「死ねっ」おわあああ!!」
ゼフィア先生が気配を消して当たり前の様に問いかけ、その質問に流れる様に答えようとした所で風を纏った拳が上から落ちてきた。
物凄い風圧を纏っていて、振り下ろされた際の風で僕の体が数メートルは吹き飛ばされた。
あんなの食らったらペシャンコになりそうなんですけど。
にしてもフェーグさん、ゼフィア先生を煽るの僕より絶対上手いだろ……。
女性が嫌がりそうな話を当のゼフィア先生に聞こえる距離でやるとか自殺願望があると言っている様なものだ。
しかもゼフィア先生X割と最初の方から目がこっちをロックオンしてたからなぁ……据わった目って怖いんだなって思いました。
フェーグさんとゼフィア先生のじゃれあいはカル父さんとサフィー母さんが割って入るまで続いた。
その後、何故か僕まで怒られた。
……理不尽だ。
騒ぎが落ち着いたところで木人形に向かい合う。
腰を落として、体勢を整えたら大きく息を吐いてリラックス。
脱力からの瞬間的な力み。その際の身体の連動が大事らしい。足から太腿、太腿から腰、腰から胴、胴から肩、肩から腕、腕から指と、これらを身体の回転の勢いも込みでぶつける事が出来れば相当な威力が出るそうだ。
一朝一夕では行かない技術系は僕の苦手分野と言うか、本当の意味での鍛錬だな。
魔法に関しては選んだスキル——ギフトのおかげで凄まじいブーストが掛かっているから楽なだけだろうし。
何て考えながら精密身体強化で握った拳の肌の強度をあげておく。
そして下半身から動かしていき、腕に繋げて指先に力を伝える様にして……ハッ!
いっっったい。痛すぎる。びくともしないし、やり切れるかこれ?
次は左の拳を打ち込む。痛い。拳が削れそう。それでもやるしかない。
……このままだと魔力感知の訓練なんざしてる余裕ないぞ?
誰か、何か見本があれば……ん? あれって、ミルさん?
僕より少し奥の方で木人形と向かい合い拳や蹴りを叩き込むミルさんの姿が目に入った。
打ち出す拳は振り抜くのでは無く、当たると腕を伸ばし切らずに止めている。
蹴り出す足も、ただ蹴るのでは無く軸足の回転を乗せている。
何より上半身がぶれない。格好良い。
今の姿は【記憶】した。少し真似てみよう。
構えて、その場で少しだけ前に出した足を踏み込み。その衝撃を伝える様に身体を捻り、肩から腕にかけても回転をつけて腕を伸ばし切らずに殴る。
感触が違う。このパンチは衝撃を伝えるものだ。押し出すのでもなく、殴り飛ばすのでもなく、殴った先で衝撃を伝える……これって武術だ!
でもミルさんのとは全然違う。ミルさんが打ち込んだ木人形は地面に深く埋まっているのに揺れるのだ。
あの人、身体能力の高さは獣人由来かと思ってたけど、身体運びや力の伝え方に技術を持ってたのか。
……でも人を攻撃するのは得意ではなかったはず。護身術って事なのだろうか。儚気な外見なのに逞しい不思議な人だな。
ミルさんには後でお礼を言うとして、今は自分のことをやろう。
衝撃を伝えるイメージが湧かないから、踏み込んだ瞬間、足先から魔力を巡らせて擬似衝撃になってもらおう。
構えて、息を吐いて緊張を取る。踏み込んだ瞬間に魔力を足から腰や胴、腕を伝って拳へ、拳が木人形に当たる瞬間に拳に魔力を当てる。
身体の動きに合わせて魔力を動かしたのが良かったのか、木人形に衝撃が伝わった気がした。
ちょっと悪い事も思い付いたけど、訓練場の設備をこれ以上壊せないので別日に土を固めた柱でもつくって試してみよう。
これを両手で交互に行って、良さげな動きを【記憶】していこう。
・
・
・
・
左右百発ほど殴ったところで休憩だ。木人形君の表皮が少し剥けてきているのが誇らしい。
僕の拳の皮が少し裂けたりもしたが、流石にそれはすぐに治した。
数分休んだらまた再開するが、この休憩中に魔力感知の練習ぐらいはさせてもらおう。
ジュリアから聞いた話では、魔力感知とは魔力で周囲の魔力を感知する事。薄い膜の様な魔力を自分から放出し、その魔力に触れた魔力を感じ取るものの様だ。
彼女の推測では、俗に言う第六感とは別だろうとの事。第六感は魔力を五感で感じる事だと考えた様だ。
魔力感知の良い所は、魔力を持つ者の存在を明確に感じ取れる事で、悪い所は情報量が多くて頭が痛くなる事らしい。
ジュリアはこれに慣れるために定期的に使っては呻いてを繰り返しているんだそうだ。
……多分、僕が世界に紛れて姿を隠したら、魔力感知では感じ取れないと思う。あれは魔力も込みで自分の存在を周囲に溶け込ませている感覚がある。アビリティサーマライズで見た時の存在霧散とはこの事なのだろう。
感知を掻い潜る技術がある事を知れたのは僥倖。ダラダラしてその技術を得る事が出来たのは奇蹟。肖っていこうじゃないの!
何はともあれ、魔力を膜の様に広げてみよう。ソナーのイメージで良いかな?
補助として魔力視も発動させておく。
軽ーく少量の魔力を一方向にポーンと放つ。
目で視えるものを魔力で感じる。不思議な感覚だ。
形や魔力の量も分かる。面白い。
対して第六感か。五感で魔力を感じるねえ——
「——今やってるじゃん!?」
魔力視って第六感!? でも目が光って見えるって言うし、観察用ではあっても実用性は無いか?
そう考えると、触覚と聴覚と嗅覚で感じるのが本当の第六感なのかな?
五感によっては感知距離変わりそうだな。これも要検証か……やる事多い!!
今何があるっけ。
意思が魔力だけじゃなく魔法にも乗るのかと、衝撃パンチで思いついた悪い事と、第六感の各部位での感覚の違い……無魔法の障壁とか振動とかも知りたいし、あと【浄化】を使い熟せって言ってたっけ!?
これに体術や剣術、魔法のバリエーションも増やしていきたいし、皆んなに告白もしなきゃなんだった……あとヘッドスパだ。
いくら憶えているとは言え、身体は一つ。出来る事にも限界がある。時間が足りない、世知辛い。
とりあえず休憩は終わり! もう一回左右百発ずつ殴ったらまた休憩しよう。
頬を挟む様に叩いて気合を入れ直す。
今すべきは武術の最適化。僕なりのやり方でも良いから、力を伝える動きを模索しよう。




