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護誓散華  作者: くじゃく
望郷なる児
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三十 秘密の話(2)

 鬱蒼とした森の中で、汪仔空が休めるような場所を探す。数年前に起こった凶鶏は既に浄化されているので邪魔なく見つかった。そこは少し大きめの穴が空いており、中に入ってみると土壁ではあるが肖子涵が立っても余裕なほどの空間があった。

 「ひとまずここで休もう。……さっき、湯一鳴が食糧を持ってたな……もらってくればよかった」

 「大丈夫だ。俺が何か狩ってくる」

 肖子涵は廓偲の柄に掌を乗せて出る。宁麗文は彼の後ろに「気をつけて」と言った。肖子涵がいなくなった後、宁麗文は出入り口を背にして火を起こして辺りを照らす。隣には汪仔空がいて、二人は並んで起き上がった火を見る。

 「そういえば、君たちはどうやって知り合ったんだ? 世長会でも湯一鳴は次男だから出られないだろ?」

 汪仔空は宁麗文の顔を見て微苦笑をする。

 「阿鳴とは二年ぐらい前から知り合ったわ。ちょうどその時は怨詛浄化の途中で。邪祟を追い掛けていたら崖まで来ちゃって、足を滑らせたの」

 宁麗文の背筋がゾッと冷える。

 怨詛浄化での依頼中に亡くなることは珍しくない。世家の次期宗主やその兄弟に亡くなった報告はされていないが、どの世家にも所属していない他の修士だとそういうものが頻繁にあるので十分に気をつけなければならないのだ。汪仔空は火に目線を移して次に呟いた。

 「それで、崖から本当に落ちそうになった時に阿鳴が助けてくれて。その時はお互い、敵同士だって知らなかったの。だけど、それでも……それからも一緒に任務をしていて。お互いに好きになるのに時間は掛からなかったわ」

 汪仔空は肖子涵の外衣を両手で強く掴む。宁麗文は目線を斜め上にしてから彼女を見た。

 「でも、服装からしたらすぐにバレるだろ? なんでどっちも分からなかったんだ?」

 汪仔空が少し俯いてから火を見るように顔を上げて苦笑を浮かべる。

 「その時は、私は北武汪氏の次期宗主だって分かられないように服装を変えてたの。阿鳴も、元々は自分の父親の息子だって気付かれたくなかったから、わざと違う服に着替えてた」

 そして一つ息を吐いて火を見つめる。

 「……それで、一年半前に、北武汪氏の任務が終わって帰ろうとした時に湯氏の門弟と鉢合わせちゃったの。追い掛けられて、隠れられるところに隠れたんだけど、そこから出られなかった。どう出ようか考えていたら阿鳴の声が聞こえて……彼が湯氏の人間だって、そこで知ったの」

 汪仔空は火を見ながら独り言のように呟く。その声は淡々とはしているが、密かに哀しみを含ませていた。宁麗文は弱くなった火に枝を放り込んでいく。

 「でも、それでも好きだったのよ。あの後、阿鳴と会って……北武汪氏だって言ったら驚かれたけど。でも彼はいつもと同じように接してくれた。それが……嬉しくてたまらなかった」

 汪仔空は顔を上げて宁麗文を見た。彼は何も言わないまま彼女を見る。汪仔空の口元が少し上がって微笑む。しかし眉は顰めたままだ。

 「私ね。北武汪氏の次期宗主だなんて言われてるけど。本当は継ぎたくないの」

 「それはどうして?」

 「普通の女の子になりたかっただけよ。汪氏としてのしがらみから解放されたかった。皆から男らしくあれって言われて、その通りに動いてるけど、それが辛かった。だから、阿鳴と出逢って……今やっと、自分らしくいられてる」

 火の明かりに照らされた汪仔空の目は少しずつ潤んできて、一筋の涙が頬を伝う。

 「お父様もお母様も悪くない。私が悪くて……男として生まれなかった私が悪い人間なの。だから、今も必死に男のふりをしてる。世長会でも女に見られないように頑張ってた」

 「……だから、あんまりこっちを見なかったんだね。顔を向けたら女の人だって分かっちゃうから」

 汪仔空は頷く。世長会での彼女は顔の下半分に紗を掛けていた。汪俊杰はそれに「息子には痣がある」と公言していた。しかしそれは単なる嘘で、実は彼女が女だと気付かれないように配慮していたのだ。汪俊杰も宗主としての跡継ぎである男児を産めなかったことに、彼なりの負い目を感じていたのだろう。

 宁麗文は一つ息を吐いて「でもね」と声を出す。

 「君は自分が悪いって言うけど、私たちはそうは思わないよ」

 汪仔空は驚いて目を丸くする。宁麗文はにっこりと微笑んで枝を火に投げた。

 「そりゃあ女の人が次期宗主だってなったら、皆驚くし自分も嫌かもしれない。跡継ぎだって向こうから婿をもらわないといけない。けど、君は次期宗主である前に一人の女の人だよ。どこにでもいる、普通の女の人だ」

 宁麗文は膝を抱えてその膝に顎を乗せる。にこやかに笑いながら続けて言う。

 「それに、そんなことを湯一鳴に言ってみなよ。本気で怒っちゃうと思うよ」

 「どうして?」

 「だって、君のことを一人の女の人だって想ってるだろ。それなのに自分を悪く言ってたら『なんでそういうことを言うんだ』って怒りそう。本気で愛してる人が自虐してたら嫌だろ?」

 汪仔空は頷く。

 「だから言わない方がいい。私と君だけの秘密の話ってことにしておこうよ」

 宁麗文は火を見てから汪仔空を見る。彼女は唖然としてから気の抜けた顔をしてまた頷く。その顔を見た宁麗文はまた笑った。

 「あとさ、これは肖寧から聞いたんだけど。女宗主って昔の時代にもいたんだって。一つの時代に三つの世家にいた時もあったってさ」

 「……そうなの?」

 「そうだよ。信じられなかったら後で聞いてみて。肖寧はなんでも知ってるんだよ」

 汪仔空は宁麗文の話を聞きながら少しずつ笑みが浮かび上がっていく。それは悲しみを誤魔化すようなものではなく、本当の笑顔だった。

 「分かった。聞いてみる」

 「うん」

 二人でにこにこと笑いながら火に温まり、少し間を開けてから今度は汪仔空が口を開いた。

 「そういえば、聞きそびれちゃったんだけど。あなたと肖子涵はどうして一緒にいるの? いつから一緒に旅をしてるの?」

 その質問に宁麗文はギクッと身体が強ばる。急に琳玩での任務中を思い出して頬を引き攣らせながら顔を青ざめた。汪仔空はそれを見て首を傾げる。

 「あ……はは、えっと……そのぉ……」

 膝を抱えながら両人差し指を互いに突く。どう説明すればいいのか分からない。言えば言うほど墓穴を掘ってしまいそうで怖いのだ。

 「な、なんやかんやで……」

 「はぐらかさないで」

 「……はい……」

 宁麗文は観念して膝に顔を埋めながら汪仔空を見る。

 「……肖寧にも言わない?」

 「言わないわよ。これも私とあなただけの秘密の話よ」

 「うん……絶対言わないでね……湯一鳴にもだよ……」

 宁麗文はやや泣きそうに笑いながら膝から顔を上げる。

 「そのね、初めて会ったのは世長会で。ほら、肖寧だけ前に出て報告してただろ。あれが初めてで、その後は私が結丹するまでは会えなかったんだ。えっと、半年ぐらいかな。それぐらいした後に肖寧がうちに来て、大体二日ぐらいは一緒にいたんだ」

 初めて会った日からの月日を指を折りながら数え、できるだけ覚えていることを話す。汪仔空は宁麗文と同じように膝を立てて抱えた。

 「それで……ちょっと訳があってそれから会えなくて。三年ぐらいかな。うん、そのぐらい会えなかった」

 「三年も? その間に何かあったの?」

 「閉関してたんだよ……肖寧が……」

 あの会えなくて淋しかった三年間を思い出しては泣きそうになる宁麗文に、汪仔空は気持ちを分かりながら彼の背中を擦る。宁麗文は背中を擦られて「ありがとう」と苦笑を浮かべてから続けた。

 「それで、三年……四年になるのかな? その頃から一人だけで怨詛浄化の任務に行けることになってて、色々なところに行って報告書を書いてからまた任務に行くって繰り返しをしてたんだけど。家で報告書を書いて父上に出しに行く途中で肖寧に会ったんだ。……会ったんだけどさ……」

 「会ったけど?」

 「『すまないが、あなたに用はない』って言われたんだよ。酷くないか?」

 今はもう許してはいるが、それでも宁麗文は久しぶりの再会の時の第一声を忘れていなかった。おそらく、これは宁麗文の中で一生続くほどに根に持つ言葉だろう。汪仔空は驚いて声を出しながら瞬きをした。

 「肖子涵ったら、そんなこと言ってたのね」

 「そうなんだよ。本当に辛すぎて、悲しくて。青天郷で漢沐熙と会って愚痴ってたんだよ。……まあ、途中から記憶ないんだけど」

 「漢沐熙はどういう反応をしてたの?」

 宁麗文はあの日を思い起こすが、如何せん酒の一気飲みからほとんど記憶がない。自分の言い分はなんとなく覚えてはいるが、漢沐熙が何を言ったのかはぼやけている。

 「うぅん……お酒の一気飲みだけは止めろ、ぐらい? 本当に途中から覚えてないんだけど、多分そんな感じかな」

 「どれだけ呑んでたのよ……」

 汪仔空は半ば呆れながら浅く笑う。宁麗文は下唇を噛んで視線を彼女から逸らした。

 「で、で。その後に龔飛龍から依頼を受けて琳玩に行って……」

 そこから琳玩での妓女としての生活を思い出して苦い顔をする。龔星宇が任務に最適な自分を選び、そして龔飛龍から女の声になる飴をもらう。これは宁麗文の生涯における、史上初で人生最大の『今すぐに忘れたいし受けなきゃよかった』任務なのだ。話の流れとしては避けては通れぬものだが、それを思い出してしまって両手で顔を覆って膝の間に埋まる。汪仔空は彼を覗き込むように下から見た。

 「宁麗文?」

 「……ちょっと待って……急に恥ずかしくなってきた……」

 「何が恥ずかしいの? ここには私とあなたしかいないわよ」

 「そうなんだけど……そうなんだけどさ……」

 汪仔空は片頬を膨らませて宁麗文の頭を軽く手刀の形で叩く。それに驚いて手から離して上げた顔には赤みが広がっていた。それに汪仔空は口をぽかんと開けて唖然とする。宁麗文はいたたまれなくなってまた膝に埋まった。

 「……そのさ。龔飛龍と龔宗主に騙されて、妓女のふりをして任務をしてたんだよ……」

 「妓女のふり? なんでそんなことになったの?」

 「色々あったんだ、詳しくは聞かないでくれ。それで、けい、閨房で初めての客として肖寧が来て……」

 宁麗文は口付けのことを思い出して顔のみならず耳まで真っ赤になる。

 「……汪仔空」

 「?」

 「き、君は……湯一鳴とどうやって口付けをするんだ?」

 「は?」

 顔を上げた宁麗文は今にも泣きそうな顔をして彼女の顔を見た。汪仔空は少し戸惑いながらも答える。

 「どうやってって……普通に口同士でしょ? ああ、でも、頬っぺにもするわね」

 「頬っぺ……!?」

 宁麗文は愕然とし、そして己を恥じながら動揺する。

 (じゃああの時、わざわざ口にしなくてもよかったじゃん! バカ! 私のバカ!!)

 真っ赤な顔をまた手で覆って呻き声を上げる。汪仔空はますます分からなくなり、とりあえず彼を落ち着かせてから聞くことにした。

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