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護誓散華  作者: くじゃく
望郷なる児
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二十八 駆け落ち(3)

 林と長い雑草を掻き分けながら歩いて着いていくと、やがて道が切り開かれていく。辺りを見回しながら進めば湯一鳴が立ち止まった。宁麗文と肖子涵も続いて立ち止まって目先のものを見る。そこは一軒の古くて小さい民家だった。

 「ここは?」

 宁麗文が湯一鳴に問うが、彼はそれをまた無視してまた更に歩く。宁麗文はまた悲しくなって背中を丸めた。肖子涵は猫背になって落ち込んでいる彼の背中を擦りながら共に着いていき、戸を前にした湯一鳴が「阿仔アーシ」と優しく声を掛ける。少し経って重々しく戸が開かれ、中には彼と同じくきっちりとした胡服に後ろに高く結い上げられている髪の姿……ではなく、顔を青くして宁麗文のような漢服を身にまとい、髪を流すようにして下ろしている汪仔空がいた。もちろんあの白い紗はなく、そこから見える顔の下半分は柔らかい。それにより汪仔空は女なのだと確信した。

 彼女が湯一鳴の後ろにいる二人を見て息を詰まらせたが、それを彼が気付いて「大丈夫だ」とまた優しく声を掛ける。

 「見つかりたくないから、早く中に入れ」

 湯一鳴は汪仔空の肩を掴んで奥に入れ、そのまま二人に呼び掛ける。肖子涵は背中を擦っていた手を下ろして先に宁麗文を入れてから自分も入って戸を閉めた。

 中は外から見た時よりかは綺麗になっていて、必要最低限のものだけだが綺麗に掃除をされているのだろう、埃の一つさえも見当たらなかった。寝台は見えるがそれはかなり老朽化していて、座ってしまえば瞬く間に壊れてしまうだろう。その傍らに布団類が綺麗に畳まれていて、そのうちの一組の布団は整えられている状態で床に置かれていた。

 湯一鳴は二人を卓まで連れて行って座らせる。そのまま汪仔空を布団まで連れて行って何か声を掛けてから彼女を寝かせた。汪仔空はその言葉に小さく頷き、布団に入る前に小さく振り返って宁麗文と肖子涵を見てから寝そべった。

 「これは?」

 肖子涵は卓に戻った湯一鳴に疑問を出す。二人と自分の分の茶を用意した湯一鳴は彼らの目の前に茶器を置きながら「このことは他言無用で頼む」と返す。

 「俺と阿仔は恋人なんだ」

 宁麗文は背筋を伸ばして肖子涵に目配せをした。やはり、彼の言った通り、二人は関係を持っていたのだ。

 「あの子は今、妊娠中で。ここのところ体調が優れないんだ。俺たち、昨日は危うく湯氏の奴らに見つかりそうになって必死に逃げてたんだよ。そうしたら、あの子がお前らを見つけて湯氏の協力者だと勘違いして襲いかかってきたんだ」

 「そういうことか。つまり、私たちが君たちを追っているって思われてたんだな」

 湯一鳴は席に座って頷く。茶を啜ってから「神呉湯氏と北武汪氏が仲がよくないことは知ってるだろ」と続きを話す。

 「実際その通りで、阿仔は次期宗主になる。俺は次男だから、兄さんとは違うんだ。だからこそ、俺と阿仔はここから逃げなくちゃならないんだよ」

 「ちょっ……と待て、その……聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 宁麗文は卓の上に肘を置いて頭を支えながら彼を見上げる。話を聞いているうちに一つ思い出したことが浮かんだのだ。湯一鳴は薄い目をして「なんだ」と返した。

 「そのさ、私たち……昨日通った村の人たちから『道長の二人組』だって思われたんだよ。断袖だってのも思われてた。それって──」

 『断袖』という言葉に湯一鳴は卓を殴るように拳を力強く落とした。それに二人は驚き、汪仔空は微かに動く。

 「誰が断袖だ。俺はまだしも、あの子は女性だ。二度とその言葉を口にしてみろ。お前を的にして射ってやるからな!」

 「わ、分かったよ。もう言わない。ていうことはそう言われたのは事実なんだな?」

 「そうだよ」

 湯一鳴は深呼吸をして茶を飲みきってから息をつく。俯いて肘を卓に置いて掌で顎を支える。

 「あの時は真夜中で、二人で身を隠しながら河を舟で渡ったんだ。一旦河の向こうから出て駆け落ちをしようって話をしてたんだよ。それで村人たちに助けを求めたら、あいつらが俺たちの服装を見て阿仔も男だって決めつけられて……」

 「それで、襲いかかったのか」

 肖子涵の返した言葉に彼は俯きながら頷く。

 切羽詰まった時、人は他人に心もとない言葉をぶつけられると気分を害してしまう。それが例え善意からの言葉だとしても、焦りからなる感情からすればそれすらも悪意へと変えられることがあるのだ。特に湯一鳴は彼女を男に間違えられたことも相まって、村の人々に憤ったのだろう。

 「じゃあ、いつこっちに帰ってきたんだ?」

 「ついこの前だ。家には帰りたくないし、あの子は妊娠してるから帰ってきたとしても腹の形ですぐに分かってしまう。今はそんなに出てないけど、次第に膨らんでいくから、俺たちはまたここから出て誰も行かないようなところに逃げるんだ」

 宁麗文は茶を飲んで一つ息を吐いた。

 お互い仲の悪い世家に生まれてしまって、それも片方は次期宗主になる。そんな二人が出会ってしまって、関係を持ってしまったとなれば、駆け落ちをしてひっそりと暮らすしかないだろう。宁麗文は心の中で生まれた時代を間違えたんだと少なからずとも同情して、肖子涵は瞼を少し伏せて言葉に迷っているようだった。

 「お前たちは北武に行ったのか?」

 それに二人は頷いた。

 「薬を買いに」

 「へえ。何を買ったんだ?」

 湯一鳴の問いに宁麗文は肖子涵を見た。彼からの視線に気付かない肖子涵が口を開いた瞬間、宁麗文は手を伸ばして彼の口を塞ぐ。それに呆気に取られた肖子涵と湯一鳴は彼の顔を見て、二人からの視線を浴びた宁麗文は口元をひくつかせた。

 「……ただの、風邪薬だよ」

 怪訝そうな顔をする湯一鳴を前にして、宁麗文は肖子涵の肩を引っ張って耳に口を寄せる。

 「絶っっっ対に私の腰痛の薬なんて言うなよ。恥ずかしいから」

 「言えば後から楽だろう」

 「何が!?」

 愕然とする宁麗文をよそに肖子涵は茶を一気飲みした。そして湯一鳴に向き直って「いつ出るんだ」と問う。湯一鳴は顎から手を離してそのまま腕を出したままにする。

 「まだ決まってない。阿仔の体調がよくなってからだ」

 「でも彼女、今もしんどそうだぞ。このままだったらよくならないままここを出ることになる。やっぱり薬かなんかを調達しないと……」

 「北武に行けって言うのか? あの子を連れて?」

 「俺たちが買ってくる」

 肖子涵は興奮し始めた湯一鳴を制するように顎を引く。湯一鳴は彼を見てから横に顔を向けて舌打ちをした。

 「なるべく早く買ってこいよ。金は出す」

 「分かった。できればどんな薬かも教えてくれ」

 「……冬虫夏草とうちゅうかそうや人参、白芍びゃくしゃくとか……ならなんでも。元から製薬してある店に行けばあるから、聞いてみて」

 彼の後ろから、起き上がってこちらを見る汪仔空が声を上げた。湯一鳴は慌てて振り返って彼女の元へ駆けた。

 「バカ、無理に起きるなって」

 「いいの。私たちを助けてくれそうだし、そもそも宁麗文は江陵宁氏の息子よ。彼たちにならなんとかしてもらえる」

 弱々しく声を出す汪仔空は、昨日のような切羽詰まった表情が見えなかった。それに口調も他の女と変わらない、お淑やかで上品なもの言いだ。世長会で見る彼女より、今見ている彼女が本当の姿なのだろう。湯一鳴と汪仔空は卓の向こうの二人を見て、「よろしく頼む」と湯一鳴が重々しく呟いた。

 

 二人は小さい民家から出て再度北武へ向かう。その間はいつどこで湯氏が自分たちの話を盗み聞きしているか分からない疑心により会話をしなかった。先程は何も気には留めていなかったが、彼らと話をしてみて迂闊に話題に出すものではないと考えを改めたのだ。最初は普通に歩き、段々と顰めっ面になって腕を組み始め、そのうち項垂れながらうんうんと唸り始めた宁麗文に肖子涵は顔を向けて心配をしながら声を掛けるべきか迷っていた。彼の名前を口に出そうとすると、先に宁麗文が口を開いた。

 「肖寧」

 「なんだ」

 「さっきの生薬の名前、なんだっけ」

 ずっと黙っていた宁麗文は、汪仔空から頼まれた薬に入っている生薬の名前を必死に思い出していた。肖子涵は黙っていたのはそれが理由だったのかと半分呆れ、もう半分は安堵して「俺が言う」と返した。

 「君はもう覚えたのか?」

 「ああ。問題ない」

 「すごいな。やっぱり一緒にいてよかったよ。じゃあ買うのは君に任せるね」

 肖子涵は頷いて前を向いた。二人はまた北武に入って、先程とは違う店に入っていった。

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