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護誓散華  作者: くじゃく
望郷なる児
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二十八 駆け落ち(2)

 そこから二人で見てまわったが、薬局がほとんどなので別の店を探すのに手間が掛かった。やっと見つけた茶楼に入って、小腹が空いた宁麗文はすぐにゴマ団子を頼んだ。

 「そういえば、君って食べものだと何が好きなんだ?」

 先に届いた茶を飲みながら質問を出す宁麗文に肖子涵は片手を卓に置いてから口を開く。

 「魚料理と辛味のあるものだ」

 「……全く逆だ……」

 宁麗文は唇を尖らせながら落胆する。この宁麗文という男は元より甘味が好きで、家族に「食べ過ぎだ」だの「太りたいのか」だの「また病気に罹りたいのか」だのと叱られるほどなのだ。本当に食べ過ぎて、一時期は厨房の出入りを禁止されたことがあり、当時の彼はそれに無名で死ぬほど泣いていた。

 しかしこの目の前にいる肖子涵という男は辛味が好きだという。初めて無名で一夜を過ごしていた時に食べていた杏仁豆腐を顔を顰めながら食べていたので、つまりはそういうことなのだろう。

 瞬きをして怪訝そうに首を傾げる肖子涵が彼に問う。

 「なぜそれを?」

 宁麗文は口をへの字にして小さく眉を顰めた。

 「……私、ご飯を作るのが好きなんだけど。君の好物を作ってみたかったんだ。……けど、辛いのが好きだなんて知らなかった」

 しょんぼりと眉を下げる彼に肖子涵が少し眉を上げる。

 「作れるのか」

 「うん。青鈴の手伝いをしてたら作れるようになった。まあ、もし君に振る舞うことがあったら、頑張って作ってみるよ。どういうものが欲しかったらその時に言ってね」

 にっこり笑った宁麗文の前にゴマ団子が運ばれて、目を輝かせてそれを少しずつかじりながら食べていく。熱々としたそれは皮を噛む度に胡麻の食感と香ばしさが口内に充満していて彼は中の餅と餡子に頬を緩ませながら目を弧にして食べていた。それを肖子涵はずっと見ていて、本当に微かな、傍から見れば分からないほどの笑みを浮かべながら卓に置いていた手で頬を支える。

 「美味いか」

 彼からの言葉に宁麗文は団子を口に含んだまま元気よく「うん!」と頷いた。

 「肖寧も食べればいいのに。私ばっかりじゃ申し訳ないよ」

 「いい。そこまで減ってない」

 宁麗文は団子を飲み込んでから頬を膨らませる。

 「手出して」

 「?」

 肖子涵がもう片手を卓の下から出せばもう一つの団子を器ごと渡される。瞬きをした彼は呆気に取られた顔をして、宁麗文はそれににっこりと笑った。

 「そう言わずにさ、食べなよ。これからご飯が食べられないかもしれないんだし」

 「いや……」

 「いいから」

 ずいずいと肖子涵に団子を押しつけるが、彼はただただ困惑するばかりで、一度摘んでみてはそれを器に戻した。宁麗文は拒否をされたことに驚愕してしばらく固まった。

 「いらない」

 「いらないって言うなよ。美味しいのに」

 違い目をする肖子涵を見て、宁麗文は自分がかじっていた団子を一度見てから彼の目の前で見せる。目を丸くする肖子涵に団子を見せた彼が口角を上げた。

 「食べてみなよ。一口なら食べられるだろ?」

 「……あ、ああ……?」

 肖子涵は少し戸惑いながら彼の摘んでいる団子に小さな口でほんの少しだけかじった。宁麗文は団子を持ち、もう片手で頬を支えながら「どう? 美味しいだろ?」と聞く。肖子涵は苦い顔をして、瞼を伏せてから彼を見て頷いた。

 「甘い」

 「そりゃあ餡子も入ってるんだから当たり前だろ」

 宁麗文は少しだけ噴き出して笑う。肖子涵はかじった団子を顔を顰めながらも時間を掛けてよく味わっていた。宁麗文も残りの団子を全て平らげて、程よく時間が過ぎたところで茶楼を出る。

 先程の漢方薬局に向かって中に入って製薬済みの薬をもらった。肖子涵はそれを手に持ったまま店を出て、邪魔にならないように店の前の端に移動する。宁麗文が首を傾げながらそれを見ていると、肖子涵は彼に薬を掲げる。それに目を瞬かせた宁麗文は一度薬を見て、そして肖子涵を見た。次第に頬をひくつかせながらそれを指す。

 「あのさ、これって……」

 「腰痛を治す薬だ」

 宁麗文はその場で膝から崩れ落ちそうになった。いや、崩れ落ちるほどではないが、それでも膝に手をついて項垂れていた。やはり、杏華坊で彼が口を塞ぎ損じた時の阿晴の言葉を聞いて腰痛の心配を募らせていたのだろう。だから肖子涵はわざわざ北武へ行って彼のために薬を買ったのだ。

 「……あのな、肖寧。私は確かに腰を痛めたけど、それも三年前だし、煎じたお茶のお陰で治ってるんだ。だから今更それをもらっても困るよ」

 「一度なったら癖になってしまう」

 「う……」

 肖子涵の言うことはごもっともだ。人間、脱臼だろうが腰痛だろうが、一度なってしまったらそれがふとした時に再発してしまうことがある。しかもそれは唐突に、不意に訪れてしまうのだ。宁麗文はそれも分かっていたが、薬を受け取るには躊躇いがあった。

 (でもなあ……膳無で秦麗孝の猫に驚かされて転んだときもなってなかったし、他の時もなってなかったから大丈夫なんだけど……)

 膝から手を離して次は組み、うんうんと唸る宁麗文に肖子涵が彼の袖口を掴んで無理やり薬を入れた。その行動に驚いた宁麗文は袖口の中身と彼の顔を交互に見る。そして何も言えなくなって右手で頭を抱えて溜息をついた。

 

 その後はただ適当にぶらぶらとだべりながら歩いて、頃合いを見て宿を探す。ちょうど二部屋が空いていたので、宁麗文と肖子涵はそこにそれぞれ別れて泊まった。沐浴を済ませて髪を結ってから寝台に横側に寝そべった宁麗文は、ふとあの二人組を思い出す。

 (汪仔空と湯一鳴か……なんであの二人はあんなにつっけんどんな態度を取ってきたんだろう。特に汪仔空は世長会でももの静かな方だったし、作法も綺麗だった。一目見てぶっきらぼうには思えなかったんだけどな。ていうか女の人だなんて思わなかった)

 ごろりと寝台の上で寝返りを打って天井を見つめながら腕を組む。しかし、世長会でしか見たことのなかった彼女のことはどれだけ考えていても分からなかった。そもそもの話、紗で顔の下半分を覆われていて女だと悟られないように対策をしていたのだ。考えても仕方ないと溜息を吐いてから布団の中に入り、朝を迎えるために瞼を閉じた。

 窓から陽の光が差し込んだ頃に宁麗文は起きた。ぼやぼやとした意識の中で欠伸をしながら着替える。髪を綺麗に梳かしてから髪飾りを着けて、部屋を出た。ちょうど同じくらいに肖子涵も部屋を出て二人で下階へ降りる。宿を出て朝餉の饅頭を買って食べながら歩き、北武を出てまた雑木林の中に入った。

 「昨日さ、寝る前まで考えてたんだけど」

 宁麗文は饅頭を食べ終わった後に指を舐めながら肖子涵に話し掛ける。肖子涵は指を舐めている彼に懐紙を渡しながら頷いた。

 「汪仔空と湯一鳴の様子がおかしかっただろ。二人共、なんであんなに怖い顔してたのかなって」

 懐紙をもらって指を拭きながらまた考える宁麗文に肖子涵は顔を見ながら口を開いた。

 「昔から、北武汪氏と神呉湯氏は仲がよくないと聞いた」

 宁麗文は初めて知った事実に驚く。

 「そんなこと、世長会でじゃ全く見えなかったぞ」

 「あそこはあくまで全世家が集う場だから。私情を出すのはよくない」

 「あ、まあ、そっか……」

 拭き終わった懐紙を肖子涵が回収して綺麗に折り畳みながら「それに」とまた続ける。

 「あの二人はおそらく、恋人同士なのだろう」

 「そうなの?」

 「ああ。お互いの世家の親に見つかりたくなくて、わざわざ人目につかない場所を探しているのかもしれない」

 綺麗に畳まれたその懐紙を囊の中に入れる彼の指を見ながら、宁麗文は懐から扇子を取り出して唸った。

 「にしても、昨日は北武から近いところにいたよな? 人目につきたくないんだったら、もうちょっと離れた場所に落ち合ったりでもいいんじゃないか? ほら、あの河の辺りとかさ」

 「河だと遮る場所がないだろう……」

 呆れる肖子涵は宁麗文は「あ」と思い返した。確かにあの河は木々に覆われることもないとても見晴らしがいい場所であって、そして舟で渡らなければならないほどに広かった。そこに二人が落ち合うとなればきっとすぐに気付かれてしまう。

 歩みを進める二人は違う場所へ、それも神呉へと向かう。

 「そうしたら、今あの二人はどこにいるんだろうな。河のせいで行けないんだったら、ここから更に南に行くかこの林の中にいるしかないだろ? 御剣をするにしたって飛ぶんだからすぐ分かっちゃうじゃないか」

 「そうだな。汪仔空にいたっては次期宗主だから、見つかるとなると相当面倒なことになる」

 「そうなんだよな。……って、今思ったけど、あの人って女の人だよな? 女性が次期宗主になるなんて聞いたことないよ」

 肖子涵は視線を少し動かしてから「昔はあったらしい」と話した。

 「今より大分昔だが、多い時代には三世家にいたらしい」

 「そんなに!? 時代って変わるな……」

 続けて二人が歩きながら話していると、背後から何か気配を感じた。二人は振り返り、肖子涵が彼を守るように腕を横に出して一歩前へ出る。廓偲に左指を添えて気配を探ると、奥から一人の男が現れた。

 「……湯一鳴?」

 宁麗文は肖子涵の背後から背伸びをしながら奥を見る。確かに、あの顰めっ面には見覚えがあった。昨日と同じで弓を番えていた箭袖ときっちりと整えられている胸元に一切の乱れがない。一目見て軽やかな服装であって宁麗文のようなゆったりしたものでもなく、また肖子涵のような重く見えるものではない。

 昨日は一瞬だったので分からなかったが、二人が気になったのは修士なら必ず持たなければならないはずの剣を佩いていないところだった。湯一鳴は道を進みながら舌打ちをして「またお前らか」と言葉に棘を含ませる。

 「またお前らかって……私たちがどこに行こうが勝手だろ」

 肖子涵の腕を下げながら呆れる宁麗文に、頭を掻きながら溜息をついた湯一鳴は周りを見回してから別の場所へ向かおうとする。それを宁麗文が引き留めると、彼は嫌そうな顔を二人に向けた。

 「君、これからどこに行くんだ?」

 「どこに行ったって俺の勝手だ。近寄るな」

 「はあ!? 近寄ってもないのになんだその態度は! 昨日から思ってたけど、君たち二人共、なんでそんなに冷たいんだよ!! 傷付いてんだこっちは!!」

 宁麗文は肖子涵の腕を掴みながら、気に食わない者に対する猫のように目を吊り上げて威嚇をする。肖子涵は瞼を閉じて頭を振ってから彼を落ち着かせてまた湯一鳴に身体を向けた。

 「汪仔空は?」

 彼女の名前を出された彼はぴくっと微かに動く。

 「お前ら、彼女に何か用でもあるのか?」

 「いや、ない。ただ、なぜ一緒にいないのか不思議に思っただけだ」

 湯一鳴は瞼を伏せて顔を横に向けてから、また二人に顔を向けて顎で方向を示す。向けたのは彼が先程見ていた方向だった。

 「来いよ」

 まさか自分たちに案内するとは思わなかった二人は互いに顔を見合せ、怪訝な顔をしてから彼に着いていった。

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