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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十六 淋しくならないように(2)

 それからまたしばらく歩いて宁麗文が思い出したように声を出す。

 「そういえば、ここを抜けたら江陵と桂城だろ。江陵に戻る前に桂城に寄ってもいいかな?」

 「なぜ?」

 「桂城にね、青鈴がいるんだ。結婚したからもううちにはいなくて。だから会いに行きたいんだよ。付き合ってくれないか?」

 肖子涵は頷いて「行こう」と言った。宁麗文は微笑んで、そのまま雑木林を抜ける。桂城へ行くには時間が掛かるので、馬を引いている商人を探した。

 ちょうど休憩を取っていて馬に草を食わせていた商人を見つけ、銀貨を出して桂城へ向かう。四年ぶりに来たその場所は相変わらず壁がそびえ立っていた。門の中に入って商人と別れて橙花坊を通りながら唐氏の邸宅へ向かう。宁麗文は辺りを見回しながら懐かしさを覚えていた。

 「肖寧はここに来たことはある?」

 肖子涵は彼の問いに首を横に振る。

 「ない」

 「そっか。ここは野菜がとても美味しいんだ。青鈴と会ってからご飯を食べに行こう」

 「ああ」

 大通りを渡って進んでようやく辿り着いた。家僕を探して彼女の居場所を聞こうと見回すと「宁公子?」と一人の女の声が聞こえた。やけに聞き覚えのある声だと宁麗文は振り返って見る。そこに立っていたのは、巻物を腕に数本抱えている、唐氏の制服を着ている紅花だった。

 「やっぱり、宁公子でしたのね!」

 「紅花さん! お久しぶりです」

 紅花は二人の元へ駆け、対面して互いに拱手をして、彼女はそのまま肖子涵にも拱手をする。彼も紅花に続いて返してから三人は腕を下ろした。

 「唐公子から聞きました。君が科挙に合格してここで働いてると」

 「はい。科挙に挑戦する前は色々とあったんですが。でも、皆のためにって思って受けました」

 紅花は巻物を抱え直しながら目を弧にして笑う。そして肖子涵に顔向けて「あなたが肖子涵殿ですね」と言った。

 「知っているのですか?」

 目を見開いて驚く彼を見た紅花は頷いて「若様と青鈴様からお聞きしました」と返した。彼女は唐氏の仕えとなったからか、唐秀英のことを『唐公子』ではなく『若様』と呼んでいた。

 「特に青鈴様は、宁公子が会えなくてずっと淋しがってると。でも、会えてよかったです」

 肖子涵は思わず彼を見て、宁麗文は心の中で青鈴に「余計なことを……」と悪態をついて恥ずかしくなる。そのまま頭を振って紅花に「青鈴はどこへ?」と聞く。

 「青鈴様は若様と杏華坊へ向かいました」

 「杏華坊に?」

 「はい。お二人は時々、そちらに遊びに来ています。青鈴様は元々杏華坊に興味があったらしくて……」

 彼女は顔を一度伏せてから上げて、にっこりと笑う。宁麗文はその先を聞かなくても分かっていた。

 青鈴は、大切な家族である宁麗文の精一杯仕事をした場所を見に行きたかったのだ。半年もの間帰らずに任務に必死になっていた彼の努力を見たかったのだろう。

 宁麗文は微笑んで紅花に「ありがとうございます」と返して拱手をする。彼女も同じように返して、肖子涵もした。そうして二人と一人は別れて、宁麗文と肖子涵は馬車を借りて杏華坊へ行く。その間にも世間話をして、半時辰ほどして近くの道に到着する。先に宁麗文が降りてから肖子涵も降りて、誰もいなくなった馬車は邸宅へと去っていった。

 「ここから先が杏華坊だ。皆、元気にしてるかな」

 宁麗文はウキウキとした面持ちで先に歩いていく。肖子涵も後を歩いて、そのうち隣に並んだ。

 「前はね。君は知らなかったと思うんだけど、あの場所に邪祟が出たんだ。それで私と唐公子が任務に向かって……半年ぐらいかな、そこで暮らしながら邪祟を追っていたんだ」

 口から言葉を紡ぐ度に四年前の出来事を思い出していく。

 「皆、いい人だったよ。女の人と子供しかいなくて、最初は大変だったけど。でも、元気になってからは皆で復興作業をして。そりゃあね、半年もあれば畑は潤うし町も活気が湧いてくる。皆だって笑顔で過ごしてたし私も唐公子も元気になれてよかったって思ってたんだ。それで、その任務が終わって、兄上と合流してから帰るつもりだったんだ」

 宁麗文は歩みを止めてから瞼を伏せる。右の拳を握り締めて、それを胸元に当てた。肖子涵は何も言わずに同じように足を止める。彼の顔を見ながら続きを待っていた。

 「……あのね。違ったんだ。私たちが最初から間違ってたんだよ。邪祟は最初から、町に潜んでて……数人は死んじゃった。兄上が倒してくれたんだけど……その後は、紅花さんの、仲のいい子が……」

 脳裏に浮かび上がった、あの夜の可馨の、言葉を発せずに死んだ虚ろな目を思い出して目元に涙を溜める。手の甲でそれを拭ってから顔を上げて、肖子涵を見た。

 「もう、何も言うな」

 肖子涵はまた溜まった彼の涙を指でそっと拭う。宁麗文は瞼を震わせ、一度伏せてから彼を見上げる。

 「辛いことは思い出さなくていい」

 涙を拭ったその指は折り畳まれてゆっくりと下がる。宁麗文は彼のその言葉を聞いて、瞼を閉じて頷いた。

 

 杏華坊の入口に着いた二人は辺りを見渡す。唐秀英が再復興を遂げたお陰か、はたまた攫われた男たちが戻ってきたのか、宁麗文がいた時よりも更に活気に満ち溢れていた。宁麗文は肖子涵を見てから前に顔を向ける。また歩き出すと頭の両横に輪っかを作って結ばれている、彼よりも背の低い、見慣れた背中が見えた。宁麗文は顔を明るくして目に光が差し込んで潤わせる。

 「青鈴!」

 彼女の名前を呼んで、呼ばれて振り返った青鈴も彼を見て顔を輝かせる。青鈴はその場から走り出して、宁麗文もまた走り出した。そして二人は互いに抱き締めあって、宁麗文は青鈴をくるりと回して降ろす。

 「麗文、久しぶり! 元気にしてた?」

 「うん! 青鈴も元気そうでよかった」

 二人は身を離して互いに手を握り合う。青鈴は桂城唐氏の橙色の服を身にまとっていた。しかし、深緑や秦夫人のような華やかな深衣ではなく、唐秀英に合わせた軽めの服装だった。宁麗文が彼女の服を不思議そうに見回していると、青鈴が噴き出して笑う。

 「これでしょ? 紅花さんから聞いたと思うけど、あたしもここに遊びに来てるの。で、ついでに皆のお仕事も手伝ってる。麗文ったら、こんな大変なことばっかりしてたのね」

 「君も畑仕事を? そんなの……」

 青鈴は微笑んだまま宁麗文の頬を軽く抓る。

 「そんなのやらなくていい、でしょ。あたしがやりたいからやってるの。あんたにどうこう言われてもやめないわ」

 抓った頬を撫でてから手を下ろした青鈴はそのまま宁麗文の手を繋いで踵を返す。先に行った彼の後ろを肖子涵は追って、三人は野菜を乗せた籠を持っている唐秀英の元へ来た。

 「宁公子。それに肖子涵さんも」

 唐秀英は籠を地面に置いて二人に拱手をする。宁麗文も肖子涵も彼に向けて拱手をした。

 「肖子涵さんとどこで会ったの?」

 青鈴は宁麗文に不思議そうに問う。聞かれた瞬間、琳玩での出来事を、それも本当の再会の時のあの口付けを思い出してすぐに顔を赤らめた。青鈴と唐秀英はそれに首を傾げながらも彼の返答を待つ。いくら待っても答えない宁麗文の代わりに肖子涵が答えた。

 「琳玩で会いました。その時の彼は龔氏からの依頼任務を遂行していて、俺はそれの手伝いに来ました」

 宁麗文は心の中で肖子涵に感謝を述べる。「よくぞ上手くまとめてくれた! ありがとう!」と実際に声に出したいところだが、赤くなったままで一向に冷めない彼は「そ、そうなんだ」と続けた。

 「そういえば、青鈴。君は琳玩の生まれだったよね?」

 「そうよ。今更どうしたの?」

 宁麗文は口元を上げたまま「龔飛龍のことは覚えてる?」と聞いた。彼女は目を見開いてから微笑む。

 「当たり前でしょ。阿龍のことなんか一度も忘れたりしないわ」

 「そっか。実はね、彼が君の結婚を祝いたいらしくて。でも、昔のことで申し訳ないって思ってここに来ようか迷ってるみたい」

 青鈴はいつかの龔飛龍を思い出したのだろう。小さく噴き出してにっこりと笑いながら「来ればいいのにね」と言った。

 「別に、もう昔のことなんだし今更ぶり返しても遅いわよ。ねえ阿英。金丹のない人も伝達術って使えたりする?」

 彼女は唐秀英に顔を向けて問い、彼は困った顔をして首を横に振った。青鈴も苦笑をして宁麗文に顔をもう一度向ける。

 「とりあえず、こっちから連絡してみるわ。ありがとね」

 「ううん。あ、あと漢沐熙からもお祝いの言葉をもらったよ」

 「あは、あたしどんだけ祝われるのよ」

 青鈴はおかしくなって更に笑いだす。笑いすぎてできた涙を指で拭いながらにっこりと笑って、宁麗文と手を離した。

 「これから江陵に戻るの?」

 宁麗文は頷く。唐秀英が青鈴の隣に並び、肖子涵も宁麗文の隣に並んだ。

 「でも、その前に皆に挨拶したいんだ」

 唐秀英は眉を上げて頷いた。籠を持って「案内します」と先に青鈴と歩き始める。宁麗文と肖子涵も彼に着いていって広場へ向かった。

 広場には子供たちがいて、年齢もバラバラだったがそれを気にすることもせずに楽しく遊んでいた。宁麗文は彼らの笑顔に微笑みながらふと阿晴を思い出した。

 「阿晴は?」

 それに青鈴が答える。

 「あの子なら漢方薬局にいるわ」

 そのまま漢方薬局へ向かうと、そこの店長であろう男の隣で瓶を卓に並べている、いくらか成長した阿晴を見つけた。彼は成長をしていたが、それでも三年前の面影はあった。彼は宁麗文に気が付くと顔を明るくして「麗兄ちゃん」と彼の元に駆けてそのまま抱きついた。

 「久しぶり、阿晴。元気にしてた?」

 「うん。兄ちゃんも元気にしてた?」

 宁麗文は笑いながら頷いて身を離す。阿晴は口元を上げて思い出したかのようにまた薬局の中に入って何かを持ってきた。そこにはいくつかの包みが握られていた。

 「また腰を痛めたらアレだから、おれも調合したんだ。大丈夫、おじさん仕込みだから効能は保証するよ」

 宁麗文は「はは……」と冷や汗をかきながら振り返って肖子涵を見る。彼は宁麗文を見て首を傾げていたので、どうやらこの話は聞かれていないようだった。

 (腰を痛めたなんて言えない……ましてやあの時だなんて……)

 阿晴が彼の後ろにいる肖子涵に気が付いて「その兄ちゃんは?」と宁麗文に聞く。すぐに顔を阿晴に向けて眉を上げた。

 「彼は私の一番最初の友人なんだ」

 「そうなんだ」

 宁麗文から離れて肖子涵の元へ歩いて彼を見上げた阿晴は包みを握りながら笑う。

 「初めまして。おれは阿晴って言うんだ。兄ちゃんは?」

 「肖子涵だ」

 「じゃあ肖兄ちゃんだ」

 それに宁麗文は噴き出してしまい、肖子涵は瞼を閉じて微妙な顔をした。瞼を開けてから包みを見て「これは?」と彼に問う。宁麗文は我に返って慌てて阿晴の口を塞ごうと駆け走る。

 「麗兄ちゃんの腰を治す薬!」

 しかし少し遅れて阿晴の口を閉じてしまった宁麗文は、弱そうに笑いながら彼の口を塞いだまま肖子涵から後ろ後ろへと退く。そして阿晴の前で片膝を立てて包みを受け取ってから小声で言った。

 「あのな、阿晴。世の中には言っちゃいけないことがあるんだよ。言ったら人を怒らせてしまうし、悲しませてしまうから。だから言う時はちゃんと時と場合を考えて言うんだよ。分かった?」

 彼は首を傾げ、よく分からない顔を浮かべながらも「分かった」と返す。

 阿晴と離れてから唐秀英と青鈴と合流する。次は杏の下の墓地へと案内された。

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