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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十六 淋しくならないように(1)

桜綾は三人を呼び寄せて代わりに宁麗文と肖子涵を追い出す。宁麗文は最後に叶青に行方不明事件の時期のことを再び聞いた。

 「ああ、あれ? 姐さんがそう言えって言ってたからその通りにしただけよ。そもそも私が三ヶ月前に知ったって、その前から働いてるんだから知らないわけないじゃない。それがどうしたの?」

 宁麗文は瞬きをして驚く。まさか、暁蕾が嘘をつけと言いつけていたとは思わなかったのだ。これも彼女の思惑通りなのだろう。そのまま苦笑を浮かべながら叶青の頭を撫でて別れた。

 少し歩いて離れた肖子涵の元へ駆けて再び二人で龔氏の邸宅へ向かう。

 「それにしても、まさか君がここに来るなんて思わなかった。どうしてここに来たんだ?」

 宁麗文の顔を見た肖子涵は顔を前に向ける。

 「別に、たまたま寄っただけだ」

 「ふうん? でも私がいる遊郭にはまっすぐ来たよな? 実は知ってたとかじゃないのか?」

 「知らない」

 否定を即答する彼に宁麗文は怪訝な顔をする。しかし、もう終わったことなのだからと心の中で完結した。

 二人は邸宅に着いて中に入る。そのまま家僕に連れられて着替えを済ませた宁麗文はすっきりとした顔つきをしていた。

 「やっぱりいつもの服が一番だ」

 宁麗文は両手を広げて太陽を受け止めるように日光を浴びる。肖子涵は少し下唇を噛みながら宁麗文を見て、彼が振り向いた時にそれに気付いた。

 「肖寧? どうしたんだ?」

 「いや……なんでもない」

 「君、さっきから色々と素っ気なくないか? 私がまだ怒ってるとか思ってるのか?」

 宁麗文は肖子涵にずいずいと寄る。肖子涵は彼の前で視線を斜め下にずらしてから掌を見せて動きを制した。

 「龔宗主の元へ行こう」

 話をかわされてしまった宁麗文は一度目を見開いて驚くが、すぐに顔を前に向けながら目線だけを彼に向けてじと目で睨んで「分かったよ」と頬を膨らませる。

 家僕に案内されて書室に入る。そこには巻物を全て片付け終えた龔星宇が座っていた。宁麗文と肖子涵が拱手をすると彼が「座ってくれ」と促す。椅子に座った彼ら二人に龔星宇が口を開いた。

 「犯人は邪祟だったのか」

 それに言葉を探す宁麗文の代わりに肖子涵が答える。

 「はい。こちらで浄化しました」

 「そうか」

 「龔飛龍殿はどちらに?」

 肖子涵はそのまま龔星宇に問う。彼は卓に肘をつけて顎を支えた。

 「あいつなら部屋にいる。ただまあ、そっとしておいてくれ」

 宁麗文は少し息を吐いて「分かりました」とだけ言った。そのまま拱手をして去ろうとしたところに龔星宇に呼び止められる。二人は振り返って見て、龔星宇は特に宁麗文を見た。

 「妓女での生活はどうだったか?」

 その顔は明らかに面白がっていた。宁麗文は顔を引き攣らせながら愛想笑いをする。

 「もう二度とやりません」

 書室を出て廊下を歩く。宁麗文が邸宅の門の下で振り返ると、奥の方から二人を呼びながら走ってくる人物がいた。続いて振り返った肖子涵が「龔飛龍?」と声に出した。

 龔飛龍は息を切らせながら二人の元まで駆けた。着いてから膝に手をついて肩を上下に揺らす。

 「君、部屋に籠ってたんじゃ……」

 宁麗文からの問いに膝から手を離した龔飛龍はそのまま手の甲で頬に流れた汗を拭う。その顔には涙の跡がくっきりと残っていた。

 「ちょっとだけな。父上は大袈裟だからあんなことを言うんだよ」

 「そ、そうなのか……」

 宁麗文は龔星宇に少し呆れながらも、龔飛龍の次の言葉を待つ。彼はゆっくり深呼吸してから口角を上げた。

 「あの時、どこかで見てただろ」

 その言葉に二人共にギクッと身体を強ばらせる。龔飛龍はそれを見て声に出して笑った。

 「気付いてたなら言えよ……」

 「どうせ口に出せなかったよ。いてもいなくてもそれどころじゃなかった」

 「……」

 何も言わない二人に彼は目を細める。

 「宁麗文。最初、俺に『どうして女嫌いって呼ばれてるんだ』って聞いてきたよな」

 宁麗文は一つ瞬きをしてから返事をする。龔飛龍はそのまま言葉を続けた。

 「十年前の放火事件の後に散々放火魔扱いをされてきたんだ。その中には多くの女性がいて、彼女たちから酷い扱いをされてきたんだよ」

 龔飛龍は瞼を伏せて呆れるように笑う。

 「『あんたのせいで姐さんが死んだ』とか『あんたがいなきゃ姐さんは生きていた』とか言われてさ。そこから女性が嫌いになったんだ」

 一つ瞬いた後に瞼を上げて二人を見る。宁麗文はその答えに言い淀んで、肖子涵は眉間に微かな皺を寄せる。龔飛龍はそんな彼らに微苦笑を浮かべる。

 「ただの濡れ衣だし暁蕾さんが俺を守るためにやってしまったってのも分かってる。けど、俺たちの関係を知らない外野がああだこうだ騒いで、特に女性たちが騒いで。だから俺は今でも彼女たちと話すのに距離を置いてるし、深く関わらないようにしてる」

 「……でも、青鈴のことは聞いてきたよな?」

 宁麗文が彼に問う。龔飛龍は片眉を上げて小さく笑った。

 「青鈴は幼なじみだから。あの子は俺の唯一の仲のいい友だちだし、そんな酷いことなんて言わないだろ。信頼してるから、あの子と暁蕾さんだけは特別なんだ」

 「そっか」

 龔飛龍は小さく笑いながら頷く。

 「これからどうするんだ?」

 次に口を開いたのは肖子涵だった。龔飛龍は今度は苦笑いながら頬を掻いてその手を下ろす。

 「どうもしないよ。暁蕾さんはもういないし、俺はただ生きるしかない」

 そのまま瞼を伏せて下がりそうになった口角を少し上げる。

 「忘れないでって言われたから、忘れないように生きるだけさ。死ぬまで忘れないし、死んでも忘れない。それが暁蕾さんの幸せで願いだから」

 「……龔」

 「それに、俺にはこいつがいるんだ。これがある限り死ぬわけにはいかないよ」

 そう言った龔飛龍は髪の束を前に出す。そこには金色の髪紐が輪を作って結ばれてあった。宁麗文は微かに目を見開いてから細めて微笑む。

 「そっか」

 彼の返事に龔飛龍も微笑んだ。

 

 龔飛龍に見送られながら琳玩を出て、二人は雑木林を通っていく。その途中で宁麗文が立ち止まり、気付いた肖子涵も続いて立ち止まって振り返った。

 「君、これからどうするんだ? またどこか行くのか?」

 宁麗文は自身の服を両手で軽く握りながら彼を見上げる。せっかく四年ぶりに会えたのだから、まだ一緒にいたいと願っていたのだ。しかし前々から、特に宁雲嵐と青鈴からはしつこすぎると言われたのもあって、それを口に出せるのははばかられていた。

 肖子涵は彼の顔を見つめていて、その不安そうな様子に首を横に振った。

 「特に何も決まっていない」

 「そうなの?」

 彼の頷いた様子にほっと胸を撫で下ろすが、それでも執着心の強い自分の思いに躊躇ってしまう。次に出す言葉に迷うように視線をあちらこちらに向けている彼に先に肖子涵が口を開いた。

 「だから、あなたに着いていく」

 宁麗文はまっすぐと彼を見た。一つ瞬きをして、そして顔を輝かせる。

 「本当か!? 本当に、まだ一緒にいてくれるのか?」

 「ああ」

 宁麗文はたまらない気持ちになって、にこにこと目を弧にしながら肖子涵の手を両手で握る。掴まれた彼は少し目を見開いたが、それを振りほどこうとはしなかった。

 「嬉しい。ずっと淋しかったんだ。一人で怨詛浄化に行くにしても、一人で青天郷で買い物をするにしても淋しくて……でもよかった、君が一緒にいてくれるだけでも心強いよ」

 心の中で嬉しくて踊っている宁麗文に肖子涵は目を細めて微かに口角を上げる。そして彼の掴んでいる片方の手を、掴まれていないもう片手で優しく包んだ。

 「あなたが淋しくならないように、今度は一緒にいる。だから、旅をしよう」

 肖子涵からの言葉に宁麗文も目を細めて微笑んだ。そのまま彼の手を握っていることに今更気付いて慌てて離す。顔を赤くしながら「ごめん、急に握ったりして……」と両手で顔を覆った。肖子涵は首を横に振って「構わない」と返した。

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