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護誓散華  作者: くじゃく
蕾に刺す毒
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二十五 愛おしい蕾(4)

 夜が明けて宁麗文と肖子涵はまた琳玩に入る。門の下は大声で叫んだ男に駆けつけたであろう人々がその場を片付けていた。それを通って暁蕾と戦った宝仙楼へ向かう。まだボロボロになった状態で、その前に桜綾が仁王立ちをして待っていた。

 おそるおそる彼女の元へ行くと「バカ野郎」と言われ彼の脇腹を蹴られる。戦って疲労して体力があまり残っていない宁麗文は蹴られたまま肖子涵にもたれる。

 「しゅ、修繕費ですよね……いくらですか……」

 もたれかかったまま、頬をおかしそうに動かしながら桜綾に問う。彼女は煙管の中をふかした。

 「いらないよ。代わりに龔氏に払わせてやるさ」

 「えっ本当ですか!?」

 宁麗文は肖子涵に肩を掴まれながら目を輝かせる。「よかった、貯金がなくならない!」とウキウキしていると桜綾が目を伏せた。

 「それで、どうだったかい」

 彼女の問いに二人は昨夜の出来事について言い迷う。結局のところ、暁蕾は二度死んで塵となって消えてしまった。これで被害は出ない。しかし、龔飛龍の想い人だった彼女はもうどこへ探してもいない。

 「……邪祟は浄化できました」

 「玥は?」

 「身請け話を受けて琳玩から出ました」

 宁麗文の言葉に彼女の口端が上がる。

 「嘘つけ」

 彼女からの返事に宁麗文は声を出して肖子涵も目を丸くする。桜綾は踵を返して「来な」と二人を招いた。宁麗文と肖子涵は互いに顔を見合せてから彼女の後を追う。

 桜綾は受付の卓の奥に座って灰皿に煙管の灰を捨てた。

 「あの子は死んだんだろ」

 「えっ」

 「それにあの子は邪祟だった。それぐらい私だって分かる」

 肖子涵は首を傾げる。

 「なぜ、分かっていながらも言わなかったのですか?」

 「言わないでくれって頼まれたんだ。玥……じゃないね、暁蕾はうちに来た直後に話してきたんだよ」

 「なんと?」

 「『あたしは化け物として生まれてしまった。願いが叶うまで、ここにいさせてくれ』ってね」

 桜綾は煙管を見ながら息を吐く。卓を指でトントンと叩いた。

 「自分で自分のことを化け物だって言うんだ。最初は信じられなかったけれど、十年前の放火事件と行方不明事件に関わってるって聞いてから本当だと知った」

 「……その、放火事件って……」

 宁麗文はその過去を知りたかった。なぜ、龔飛龍と暁蕾が関わったのか。なぜ、彼が犯人だと仕立てあげられたのか。

 桜綾は宁麗文に顔を向けて口を開く。

 「あの日、あの遊郭に龔氏の仕えがいたんだと。そいつに暁蕾がついていて、身請け話を出してきた。本来なら暁蕾はそれを受け取って琳玩を出るはずだったんだがね。あの子は……龔公子のことを本気で愛してしまったんだ」

 卓を叩く指は固く握り締められる。桜綾は目を伏せて少し間を空けて続きを言う。

 「何度も何度も来るガキは遊郭に入る資格はない。それは金があろうとなんだろうと、所詮ここは遊郭で大人しか入れない建物なんだ。だけど、龔公子はそれでも諦めなかった。時には暁蕾を誘って一緒に茶楼に向かったり、散歩をしたり。身体での関係しか知らなかったあの子にとっては、それだけが救いだったんだろうね」

 宁麗文はかつて、暁蕾が話していた過去を思い出した。「ひと時の癒し」と彼女はそう呟いていた。それは心の底から楽しく過ごせた日々のことを言っていたのだろう。あの幸せは身体を売る者には味わうこともできない、嬉しくてたまらないものなのだから。桜綾は瞼を伏せながら溜息を吐く。

 「それで……あの仕えは龔公子が遊郭に通って暁蕾を迎えようとしていたことを知った。次期宗主とはいえ邪魔をされたくなかったんだろうね。だからあの日、仕えは暁蕾に相手をしてもらいながら外にいる龔公子を脅してやろうって考えていたみたいだ」

 「……」

 「それをあの子が気付いたんだ。龔公子が殺されてしまうなら、仕えを殺してしまえばいいって。でも、ただの妓女でじゃ何も力はない。だからあの子はわざと遊郭に火をつけた」

 夜に涙を零しながら「守りたかった」と言っていた意味が分かった。暁蕾は、彼女は、本気で愛してしまった龔飛龍を守るために全部を火で殺した。それが例え自分が死んでも構わない。愛している人が生きていればそれでいいと望んだのだ。

 「暁蕾は遊郭の外で立ったままの龔公子を見たんだと。彼も死んでしまわないように嘘をついたんだ。『お前がやったんだ、この放火魔』ってさ」

 「……だから……」

 肖子涵は納得して声を漏らす。桜綾は頷いて「だからさ」と言った。

 「十年前の事件なんてものは皆知ってる。もちろん龔宗主も知ってるし、その場にいたことも知っていた。彼がやったことじゃないってことも分かっていたんだが、当時、その場にいた全員が彼がやったんだって思い込んじまって。それから龔公子は遊郭に顔も出さなくなったし塞ぎ込んじまったんだ」

 彼女は困ったように笑いながらまた煙管をひっくり返して中の灰を灰皿に落とす。

 「今回の行方不明事件は、わざと遅めに通報した」

 「え、なんでですか?」

 「暁蕾が引き留めたんだ。『あたしがもう限界だと言った時に通報してくれ』ってさ。多分、あの子なりにケリをつけたかったんだろうね」

 二人は何も言わずにただただ桜綾の言葉を聞く。

 暁蕾はきっと、十年前の放火事件に負い目を感じていたのだろう。自分が死んだその日から妖として生まれ変わって、宁麗文たちに浄化をしてほしかった。だから嘘に嘘を重ねて、彼らを誘導して殺してほしかったのだろう。

 「でも、桜綾さんより前の人たちも通報はできたはずなんですけど……」

 宁麗文の言葉に彼女が笑う。

 「皆、あの子の言う通りに従ったのさ。出ていく時も行方知らずの妓女みたいに消えて。目的を達成した後にすぐに去ってまたふらっと別の遊郭に働きに出た。そう聞いたよ」

 宁麗文と肖子涵は互いに顔を見合わせて瞬く。桜綾は瞼を伏せる。

 「でも、あの子は龔公子が龔氏の者だとは知らなかった。奴が龔公子のことを言わなかったんだから、そりゃあ知らないさ。今までの被害者だって全員男だけで妓女なんていないさ」

 「もしかして、今までの被害者って」

 「龔氏の奴らだよ。あそこはそういう奴が多いからね。人が一人や二人消えても分からないさ。なんなら汚職事件なんてもんも当たり前のようにある。そりゃあ喰われ殺されても文句なんて言えやしないだろうよ」

 桜綾はまた煙管を吸って息を吐く。宁麗文は口を開けたり小さくしたりと次の言葉を出せなかった。

 あの時、暁蕾が龔飛龍のことを琳玩龔氏と知って驚いたのはそのせいなのだ。元凶は龔飛龍を殺そうとした龔氏の仕えであり、彼を殺してからは想い人である彼を守るために次々と狙いを定めて喰い殺してきたのだろう。

 全ては、龔飛龍ただ一人のためだった。

 「で、でも。他の妓女たちは? 経営してるのなんて、こことあと数店舗だけですよね?」

 「それはわざとさ。騒ぎにさせるためにあの子が必死に手を回したんだ」

 「一人の男が妓女を喰い殺されているのを見たと聞いたが」

 肖子涵の問いに彼女が噴き出して笑った。

 「誰だい、そんな嘘をついたのは。まあ、大概ろくなもんじゃないね。遊郭に来る奴は大体頭がぶっ飛んでるんだよ」

 宁麗文は呆れ笑いを浮かべてしまった。それならば肖子涵も当てはまってしまうだろうと思ったが、本人がいる手前声に出せなかった。肖子涵も自ら遊郭に来ているので、心の中でなんとなく気まずいやらなんやらの気持ちを抱えていた。そのまま宁麗文が口を開く。

 「あの三人も今は外にいるんですか?」

 桜綾は瞬きをして顎で彼ら二人の後ろを指す。振り返ると色とりどりの服を身にまとった少女三人が立っていた。宁麗文は目を見開いて彼女たちの元へ駆ける。

 「子麗! 無事だったのね。羽織はどうしたの?」

 「あれ、なんか疲れてない? それになんでボロボロなの?」

 「あらやだ! この人がそうなの? とてもかっこいい人ね!」

 三人は彼の前にずいずい寄る。宁麗文は返答に困ってから肖子涵を見た。彼は何も言わずに卓に後ろ肘をつく。

 「皆も無事だったんだね」

 「え、声……」

 叶青が驚いた声に宁麗文は桜綾に顔を向けてしまった。ダラダラと汗を流しながらどうしようと考える。飴はもうないので声を変えることもできない。裏声を使おうとも、彼は今までそれをやったことがないので自信がない。桜綾は目線を逸らし、宁麗文は次に肖子涵を見たが彼も逸らした。

 (最っ悪だ……)

 しかし、三人はそれに顔を輝かせる。

 「子麗って男の人だったの!? だからそんなにたどたどしかったのね」

 「えっ」

 「あら? 気付いてなかったの? 時々男っぽい口調になってたわよ」

 「嘘」

 「でも、それでもあの人だけといたわよね。あれは本当なの?」

 宁麗文はぴくぴくと頬と目元を引き攣らせた顔で「あれって?」と聞く。それに答えたのは妃紗麻だ。

 「一目ぼ──んぐ!」

 宁麗文は慌てて彼女の口を手で塞ぐ。それに唖然とした三人のうち、次は叶青が口を開いた。

 「ずっと一緒に──むぐ!」

 彼はまたもう片手で彼女の口を塞ぐ。瞬きをして面白くなってきた翠蘭は元気に口を開いた。

 「永遠にあの人と──」

 「あーーあーーあーー! 今日は暑っついなぁ!?」

 宁麗文は翠蘭の声を掻き消すように耳まで赤くしながら叫ぶ。それを見た三人は面白そうにニヤニヤと笑った。

 「お願いだからこれ以上言わないで! 聞かれたくないから!」

 「ていうことはあれは本当なの?」

 翠蘭は口角を上げながら小声で問う。宁麗文は真っ赤になりながら首を横に懸命に振って両耳の前に垂らした髪を交差して顔を隠した。おそるおそる振り返ると、肖子涵はその彼をじっと見つめていた。

 (やっぱり言わなきゃよかった! 肖寧ごめんなさい!)

 宁麗文はその場でへたり込んで三人からのちょっかいに抵抗もできずにいた。

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