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護誓散華  作者: くじゃく
晴れの行方
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十九 これからのこと(3)

 江陵に帰って三ヶ月が経った。宁麗文は怨詛浄化での経験を重ねに重ね、遂に一人での任務も任された。今までは宁雲嵐も着いていたが、桂城、膳無での行動をしていたこともあって「そろそろ一人でもできるだろう」と宁浩然が判断したのだ。……それでも両親は、特に深緑は相変わらず宁麗文を気にかけている。彼は二人からの心配から逃げるように怨詛浄化の任務を遂行していた。

 世長会では膳無秦氏、秋都漢氏は宗主のみの出席となり、秋都漢氏に関しては次男の漢沐阳カンムーヤンが漢沐熙の代わりに出席していた。その理由を宁麗文は知っているので何も言わなかった。

 今日もその怨詛浄化に向かい、最後の邪祟を倒して祓邪を納める。宁麗文は息を吸って吐いた。季節はもう春を迎え、そろそろ夏を待つ頃だ。少し前までは寒かったのにと宁麗文は心の中で呆れ笑いながら森を抜ける。抜けきったところで脳内に声が響いた。

 ──麗文、今すぐ帰ってこい。

 それは宁雲嵐からの連絡だった。宁麗文はその言葉を聴き「もしや江陵に何かあったのでは?」と危機を感じて御剣で帰った。

 秋都漢氏が建てた壁を越え青天郷も越える。邸宅の前に着いて祓邪から降り、鞘に仕舞いながら門を開けた。宁雲嵐の姿を探すが、そもそも誰もいない。

 (どうして誰もいないんだ?)

 宁麗文は辺りを見回しながら滅法へ向かう。やはり誰もおらず、不安が募る。廊下を走って角を曲がれば滅法に着く。宁麗文は角に一歩踏み出したところだった。

 「う!」

 いきなりどんっと誰かとぶつかって尻もちをつく。相手も壁にぶつかったからか、腕に衝撃を受けたようだ。

 「いったい! どんだけ速く走ってるの!?」

 顔を上げるとそこには痛みで頭にきている青鈴がいた。壁にぶつかった方の腕を擦りながら宁麗文の元へ歩いて、しゃがみ込んだと思えば彼の額を指で弾く。宁麗文は一点の衝撃に瞼と口を思いきり瞑った。

 「ご、ごめん……誰もいなかったから、皆に何かあったんじゃないかって」

 「あーー……」

 青鈴は宁麗文の手を引っ張って立ち上がらせる。宁麗文は服についた埃を払うように手で叩いた。彼女を見るとまだ腕を擦っていて申し訳なさでいっぱいだった。

 「着いてきてよ。そこに皆いるよ」

 青鈴は宁麗文の顔を見ずに歩き出す。彼も釣られて彼女に着いていき、曲がり角を二回曲がって客間へ着いた。宁麗文はなぜ客間なんだ、と怪訝な顔をしていたが、青鈴はそれに気付きながらも戸を開ける。

 そこに広がっていたのは、どれもこれも赤だった。血の赤ではなく、綺麗に装飾のされている赤色だ。といっても決して客間の装飾をしているわけではなく、まるで誰かのために拵えているような準備の仕方だった。確かに家僕も門弟も家族もそこにいて、それぞれ準備を進めている。宁麗文はぽかんと口を開けて唖然としていて、青鈴が振り返って噴き出した。

 「どう? びっくりしたでしょ」

 「う、うん……これは何? なんでこんなに赤色があるんだ?」

 青鈴は前を向いて歩き出す。宁麗文も慌てて着いていくと、宁雲嵐が赤い布を持っているのを見る。彼が二人に気付くと布を近くの家僕に預けて合流する。

 「やっと来たか」

 「やっと来たか、じゃなくて……なんなんだよあの連絡は。焦ったじゃないか」

 不満そうに唇を尖らせる宁麗文に宁雲嵐は笑いながら彼の肩に腕を回す。

 「実はな、三日後に青鈴の婚姻の儀が行われるんだ」

 「……婚姻?」

 宁麗文は目を丸くする。宁雲嵐を見てから青鈴を見ると、彼女は口角を上げていた。

 「ど、どことだ?」

 「桂城唐氏とよ」

 「桂城唐氏……唐公子との結婚か!?」

 青鈴は頷く。宁麗文は驚愕して何も言えなかった。まさか、養子である彼女が結婚するとは思わなかったのだ。

 通常なら直系の人間のと別の世家の人間が結婚するのだが、彼女は養子である。世間からしてみればそれはなぜか、相手の世家に失礼ではないのかと言われるのかもしれない。しかし、現に青鈴は唐秀英と結婚する。彼女が直系の人間であろうと養子の人間であろうと関係がないのだ。

 宁麗文は宁雲嵐の腕を肩からどかして青鈴の肩を持つ。視線をあちらこちらに流しながら言葉をどうだのああだのと頭の中で選んでいた。

 「い、い、いつ決まったんだ? 私、そんなこと知らなかったぞ。ていうか、私以外の皆はもう知ってるのか?」

 「麗文、落ち着いて。慌てすぎよ」

 「これが慌てないでいられるか!」

 青鈴は宁麗文の言葉にまた噴き出して笑う。わざと彼の頬を抓って目を細めた。

 「一ヶ月前から。その時はあんたは怨詛浄化に行ってたでしょ。帰ってきても報告書と向き合って、終わったらまたすぐにどこかに行く。だから中々言えなかったのよ」

 「少しぐらい家にいなさい」と宁麗文に少し叱って抓った頬を撫でる。宁麗文は眉間に皺を寄せて眉尻を下げ、瞼を伏せて下唇を噛んだ。青鈴は彼の顔を見て驚き慌てる。

 「やだ、なんで泣きそうなのよ! あたしが悪者みたいじゃない!」

 「泣くもんか。絶対に泣かない……」

 宁麗文は彼女の肩を優しく掴みながら、自分の肩を震わせて俯く。目の奥から熱さが込み上げてきて下唇をずっと噛んでいた。宁雲嵐と青鈴は互いに顔を見合せて少し笑って、彼女が宁麗文の背中に手を回す。

 「青鈴……」

 「うん」

 「結婚、おめでとう」

 「ありがとう」

 宁麗文は顔を上げて手を肩から彼女の背中に回す。首元に顔を埋めて、結局流れてしまった涙で彼女の肩を濡らした。青鈴は涙で濡れた肩に気付いていながらも、何も言わないで笑いながら彼の頭を優しく撫でていた。

 

 そしてそこからまた三日が経った。青鈴は無事に結婚式を迎え、正式に唐秀英の妻となり桂城へ旅立つ。門の前で宁麗文と宁雲嵐が彼女の乗っている花轎かきょうを見て、桂城へ向かう花嫁行列に少し憂いを感じた。

 (もう、青鈴はいないのか)

 お互いに幼い頃から知り合い、養子として家族に迎え入れられた青鈴。宁麗文は最初に彼女を見て、あまりの汚さに驚き体調を一気に崩した。青鈴もまた、幽霊のように何もかも白すぎる彼を見て驚き泣き喚いた。最初の印象はどちらも「怖い」が勝っていたが、宁麗文が体調を回復した頃には青鈴も綺麗にされていた。そして再び会えばまるで最初から家族だと言わんばかりの仲がそこにあった。

 たまに二人はいたずらをして、その度に二人して怒られていた。宁麗文に嫌なことがあって、裏庭の大木の下で泣いていれば必ず青鈴が迎えに来てそっと傍にいてくれた。青鈴が風邪をひいた時は宁麗文が率先して看護をして、結局もらってしまった彼を今度は彼女が看護した。宁雲嵐が入れば三人で草原の中で宁雲嵐の鍛錬を見て、夜になれば三人で杏仁豆腐を食べていた。そうして十何年も過ごしてきた。

 宁麗文は視線を下に向ける。夏の風が彼の髪を撫でた。少しだけ、ほんの少しだけでも行ってほしくなかったと願ってしまった。それはかつての秦麗孝の思いと重なっていた。

 (こういうことなんだろうな。青鈴にわがままを言ってうちにいさせるのって)

 「何しんみりした顔してる。嬉しくないのか?」

 宁雲嵐は腕を組みながら宁麗文の顔を覗き込む。宁麗文は慌てて顔を上げて正面に向いて「べ、別に」と口を出した。

 「嬉しいよ! 嬉しいけど……」

 口を噤んで、小さくまた開く。

 「淋しい……淋しいよ……」

 口から一言ずつ出す度に彼の声は小さくなる。顔を歪ませながら服を握りしめた。

 「淋しいなぁ……もう、いないんだ……ご飯も、作ってくれないんだな……」

 宁雲嵐は鼻から一つ息を吐いた。宁麗文の背中を軽く叩いて「そうだな」も呟いた。

 「青鈴もそう思ってるよ。俺たちともういられないんだって。これからは桂城唐氏の人間として生きていくんだなって」

 宁麗文は熱くなった目頭を押さえず、また涙を零す。握っていた服から手を離して両手で顔を覆った。

 「別に、桂城にはいつでも行けるさ。あいつもいつでもウチに来れる。お前、青鈴が結婚する前に言ってたの覚えてるか?」

 からかうように笑う宁雲嵐に宁麗文は鼻をすすって顔から両手を離す。手の甲で何度も目元を擦ってまた鼻をすすった。

 「……覚えてるよ。『嫌なことがあったらすぐ帰ってこい』だろ。それの何が悪いんだよ」

 「完璧な過保護だなって思ったんだよ」

 宁麗文は泣きながら宁雲嵐を睨んで「うるさい」と短く罵る。それを聞いた宁雲嵐はそれでも笑って彼の背中をまた叩いた。

 「でも気持ちは分かるぞ。いつか唐秀英殿に愛想が尽きるかもしれない。いつか桂城が嫌になるかもしれない。だからそうなる前にウチに帰ってこいってことだろ」

 「そこまで言ってない。普通に嫌だったら帰ってこいって言ったんだよ」

 「同じだろ」

 宁麗文は頬を膨らませて宁雲嵐の脇腹を思いっきり殴った。それまで笑っていた宁雲嵐は突然の衝撃に驚いて「なんで殴るんだよ!」と宁麗文の頬を抓る。

 「うっさいばーーか! 違うったら違う! そこまで言ってないからな!」

 「だから同じだって言ってんだろ! いい加減認めろ!」

 「いーーやーーだーー!」

 門の前から響く宁兄弟の声が花轎の中にいる青鈴の耳にも届く。蓋頭の下で微笑みながら彼らの声を聴く。

 「ふふ、またやってる」

 一つ息を吐いて瞼を伏せる。彼女の目尻には涙が溜まっていた。瞼を閉じて開けばその涙は頬を伝って零れ落ちた。

 「……兄さん、麗文。本当に嫌だったら帰ってくるからね」

 その声は彼らには届いていないだろう。それでも青鈴はそう呟いた。

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