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護誓散華  作者: くじゃく
晴れの行方
42/220

十四 世長会(1)

 宁麗文は長く重い溜息をついていた。これからどうやって三年前の杏華坊についての報告をすればいいのか悩んでいるのだ。宁雲嵐に今までの担当していた事件の報告内容を聞いたが全て一貫しているわけでもなく、所々違う点も含まれていた。つまるところ、彼の報告の仕方は当てにならないというか、参考にならなかった。

 (どうやって言えばいいんだよ……唐公子も加わってくれればいいんだけど。ていうか本当に唐宗主は父上に言ったのか? 言ってないから私に回ってきたんじゃないのか?)

 眉間を揉みながら段々と唐暁明に対しての苛立ちが混み上がってくる。そもそもこの問題は桂城唐氏が言うべきであって宁麗文が言うべきではない。ならなぜ、宁浩然は彼にそれを託したのか? それは彼にしか分からないが、きっと宁麗文の経験という理由で任せたのだろう……。

 宁浩然は巻物をいくつか広げ、次々と各世家で起きた怨詛浄化の内容の報告を述べていく。それを全て述べてから巻物を全て戻し、宁麗文に顔を向けた。

 「阿麗。ここからお前の報告の時間だ」

 その一言に客間は一気にざわつき、宁麗文を見る。彼は注目されるのが嫌で嫌で懐から扇子を取り出して顔を隠した。

 「麗文。お前が言わないと世長会は終わらないぞ」

 隣にいる宁雲嵐が宁麗文の肩を手で揺らす。そうは言っても言う側に目が行くのは仕方がないし、確かにすぐに終わらせてしまえば後々楽になる。しかし、宁麗文は本当に、どうしても、自分の口からは言いたくなかった。しばしの間扇子の内側で難しい顔をして、決意を顕にしたのか扇子を下ろした。片手で拳を作り、口元に寄せて一つ空咳をする。彼のその行動に一気に全体が静まり返った。

 「……私から報告することは、三年前の桂城唐氏の管轄内である、現在は杏華坊と呼ばれる町での事件です」

 「あ、杏華坊!?」

 思わず口を挟んでしまったのは唐秀英だった。彼の声に唐暁明以外の周囲の目は彼に向けられ、唐秀英は慌てて顔を青くしながら口元を手で押さえる。宁麗文は気難しい顔をしながら頷く。

 「まず、昔の桂城唐氏にはいくつかの町で飢饉が訪れ、一部では人食いが発生したとの過去がありました。前任の唐宗主はその問題に手をつけず、代わりに現在の唐宗主が全て解決いたしました。唐宗主、そうですね?」

 宁麗文の口を動かしながら目線を唐暁明に向ける。唐暁明もゆったりとした動きで「そうだ」とだけ答える。

 「その飢饉の原因は餓蝗。これらは全ての農作物を荒らし、益虫までも食い殺しました。残ったのは何もない土に何もない食糧。そして骨と皮だけになった人間だと聞きました。それが三十年ほど前でしたが、三年前にもあった町に再び飢饉が訪れ、唐宗主から任を受けた私と彼の息子である唐秀英殿が現場へ赴きました」

 「そうです。宁二の若様、ここからは僕も申してもよろしいでしょうか?」

 急に立ち上がった唐秀英にまたもや客間が騒然とする。それは宁麗文も例にもれなく、真剣な顔の唐秀英に面食らった。

 (なんで!? いや一緒に言ってくれるのはありがたいけど! もしかして私の情報がどこか間違ってたのか!?)

 唐秀英は真っ直ぐと宁麗文に目線を向けている。宁麗文は一度唾を飲んで長い溜息をついた。こうなれば二人でやるしかないだろう。

 「はい。でしたら主な報告は私が、補足は唐公子にお願いしてもよろしいですか?」

 「はい、大丈夫です。失礼します」

 唐秀英は自分の席から離れて客間の中心に立つ。宁麗文も立ち上がって席を外し、彼の隣に立った。その時に唐秀英に耳打ちをする。

 「あの、唐公子も唐宗主から何か言われたんですか?」

 それに唐秀英は少し驚く。その後に口角を上げた。

 「いいえ。僕もいないと信憑性がないと思われそうだったので」

 まさに神だと言えるだろう。宁麗文は天が味方したと心の中で両手を合わせて唐秀英を拝む。唐秀英は宁麗文の気持ちを汲み取ってわざわざ共に報告しようとしてくれたのだ。

 (一人で報告するのは心細いと思ってたから、いてくれるだけで本当に助かる……! あと私の情報は間違ってなかったんだ! よかった……)

 心の中でそっと胸を撫で下ろし、そしてまた前を向く。

 「まず、杏華坊という名前は事件が解決した後に、現在は唐氏邸宅で働いている方が名付けたものです。理由は私情になりますので割愛とさせていただきます」

 唐秀英の杏華坊の由来の補足を簡単に聞き、宁麗文も口を開く。

 「私たちが向かった杏華坊にはおそらく、かつての唐宗主も見たことのある景色でしょう。畑は硬い土に覆われていて何も実っておらず、大通りは屋台が散乱していて荒れ果てていました。そして肝心の住民ですが、男性は全て他の町へと連れ去られ、残っているのは女性と子供、そして一人の老翁でした」

 「ちょっと待て。老翁だって? 男は全員誘拐されたんじゃなかったのか?」

 宁麗文の言葉を遮るように声を上げたのは、秋都漢氏の漢氏の漢博龍だ。宁麗文はその声を聞いて宁浩然がなぜいつも不機嫌そうな顔をしているのかの意味を理解した。

 「理由は後ほど言いますので、今はそれだけ覚えていてください」

 頬をぴくぴくと引き攣らせてまた空咳をする。

 「最初に私たちは農作物をするにあたり、畑を耕すところから始めました。酷く乾燥していたその土は硬く、掘り起こすのにも時間が掛かり、一日だけで住民の確認も行うのは不可能でした。そして私たちは近くの空き家を拝借し、夜を過ごしていると戸を叩く音が聞こえました。……餓蝗という邪祟です」

 それに唐秀英が続ける。

 「餓蝗は元々、僕たちの管轄内の桂城のみに発生する邪祟です。彼らは他の世家の管轄内には襲来せず、おそらく農作物を主とした町を対象にしていると思われます」

 「そして二日目には住民の生存確認をいたしました。女性、子供、老翁を全て含めて二十人近くであり、全員衰弱状態でしたので軽い食事と運動を重ね、数週間後には彼女たちも畑仕事などの復興作業を行い始めました」

 宁麗文は口から言葉を出すにつれて段々と記憶が明瞭になっていく。荒れ果てた町、衰弱状態の住民、餓蝗、死んだ敏の中にいた四蝗王、そして可馨と紅花。出せば出すほどに彼の顔は真っ青になっていく。それに気付いた唐秀英は宁麗文の背中を軽く一回だけ叩いた。

 「大丈夫です。僕がついてます」

 宁麗文は彼の顔を見る。唐秀英も彼の顔を見て微笑んだ。その表情に緩やかに口角を上げて、宁麗文はまた表を向く。

 「私と唐公子は合わせて半年もの間、この杏華坊に滞在しました。誘拐された男性たちの行く先の特定がなされ、そちらは桂城唐氏の者が対処いたしました。私と彼は餓蝗について調べていたところ、亡くなった老翁に妖が寄生したことが原因だと判明いたしました。その妖は『四蝗王』と名乗りました」

 『寄生する妖』という言葉に一同は小声で騒ぎ始める。本来の妖とは『魔が人を喰らい知識を持ち』始めてなるものだからだ。唐秀英は宁麗文の背中を叩いた手とは逆の手で拳を作り、震わせる。

 「……彼は、老翁は衰弱死でした。住民の皆さんと葬式をした数日後に表に出た四蝗王が彼女たちを襲いました」

 「……」

 宁麗文ははくはくと口を震わせる。あの四蝗王のただならぬ異臭を思い出して口を手で覆った。形容しがたい気持ちの悪い臭いは初めてで、彼の額から脂汗を滲み出してしまうほどに吐き気を催していたのだ。口を覆っている手を上げて鼻も覆い、その手の下で深呼吸をする。宁麗文の心臓はバクバクと鼓動を早めていて、全身が冷たくなっていく感覚がする。それでも彼は息を吸って手を下ろした。

 「四蝗王は私の兄である宁雲嵐が浄化を行いました。兄上、浄化後の彼の死体の報告をお願いいたします」

 宁麗文は話の途中で宁雲嵐に身体を向ける。宁雲嵐も頷き、立ち上がって服の裾を軽く払った。

 「四蝗王に寄生された老翁は、既に脳を始め全身に餓蝗に覆い尽くされていて、もはや皮のみとなっていた。しかし対象はその皮膚を破っていたため、私が倒した直後には骨も皮も残らずそのまま塵となった。四蝗王と老翁に関する情報は以上だ」

 「ありがとうございます」

 宁兄弟は互いに頷き、宁雲嵐がまた着席する。宁麗文は身体の向きを元に戻して唐秀英に目を向けた。彼も頷いて口を開く。

 「そしてその後は他の町から男性が戻ってこられ、町の再復興が行われました。三年前経った現在は杏華坊の名前に負けず、杏の木が植えられ育てられています」

 宁麗文と唐秀英は最後に締めくくり、二人で拱手をして報告を終える。席に戻った宁麗文は少しの酸欠でふらりふらりと身体を揺らしていた。言えば言うほど、あまりの惨劇を思い出してしまって何度も倒れそうになったのだ。宁雲嵐は彼の背中をずっと支えながら「お疲れさん」と声を掛けた。

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