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護誓散華  作者: くじゃく
晴れの行方
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十三 散歩をする男(3)

 秦麗孝は自分に目をもくれない宁麗文の肩に腕を回しながら「なあ、あの時はごめんって。お前がやられそうだったから殺っただけなんだって」とにこにこと悪びれもしていなさそうな顔をする。

 「だからその不機嫌な顔やめてくれよ。なっ、饅頭とかなんか奢るからさ!」

 「いりません。触らないでください。離れてください」

 「そんな冷たいこと言うなよ!」

 秦麗孝は眉を下げて渋々と宁麗文から腕を離し、自分の頭の後ろで手を組む。宁麗文は帰りたい、帰ろうと足早に青天郷を通る。秦麗孝も彼と同じ歩調で着いていく。宁麗文は自分に着いてきているのに気付いて振り返り「着いてくるな!」と目を吊り上げた。

 「なんで?」

 「なんでじゃない! こっちが聞きたい!」

 「いいじゃん。散歩のついでにお前ん家行っても」

 宁麗文は肩を落とし、顔を仰いで呆れ果て「この人、また散歩してるのか」と心の中で呟く。

 また踵を返して今度は違う道へと進んだ。秦麗孝も青天郷には来たことがなかったからか、そのまま宁麗文に着いていく。行き先は酒場であり、この夕暮れの時間帯には人だかりが多い。それに加えて今日は講談師も招かれているのだそう。宁麗文は行き交う人々の話を耳にしていたので、そこに行ってどさくさに紛れて退散しようとの魂胆でいた。

 一炷香もしないうちに酒場へ着き、秦麗孝共々中へ入る。予想通り店内には人で多く賑わっており、中でも大量の酒瓶を転がせてはしゃいでいる男もいる。秦麗孝は興味津々に辺りを見回しており、宁麗文はその隙に人と人の間へ滑り込む。

 (ふう、やっと撒けた。なんでここまで着いてくるんだよ、全く……大人しく膳無に帰れよ……)

 宁麗文は額に手の甲を擦って今度は出入口に進む。少し進んだところでくんっと服の袖を掴まれた。何かと思って振り返ると、そこにはまた秦麗孝がいた。

 (またかよ!)

 「やっと見つけた! 気付いたらいなくなってんだもん、置いてくなよ」

 秦麗孝は宁麗文の袖を高く引き上げ、頬をひくつかせる宁麗文はそのまま腕を上げられる。もう無理かと諦めた宁麗文は空いている卓に秦麗孝を連れて卓を囲んで座った。

 「それで? 散歩にわざわざうちを選んだ理由はあるんですか?」

 秦麗孝は使い回されて古くなった品書きを見続け、宁麗文がまた呆れた頃に顔を上げる。

 「理由? あったら今頃こんなとこぶらぶらしてないって。まああんたに再会できたのは僥倖だと思ってるよ。あっ、お姉さん! ちょっといいかな?」

 秦麗孝は手を上げて近くにいる女の店員を呼ぶ。彼女は卓に近付いて秦麗孝を見ると、すぐに顔を赤らめて注文を聞いた。秦麗孝は変わらない笑顔で次々と注文を頼んで宁麗文を見る。宁麗文は頭を振って何も言わないまま頭を抱える。女の店員は受けた注文をそのまま奥に伝えにいった。宁麗文は一刻も早くここから出たかった。

 「さっきのお姉さん、ずっと俺たちのこと見てたよな? だから呼んだらすぐ来てくれた。なんだお前、流石江陵宁氏の息子だな!」

 宁麗文は何も言わず、ただただ頭を抱える。瞼を閉じてどうすれば秦麗孝と別れて帰れるのかを必死に考えていた。秦麗孝は何も言わない彼に口元をへの字にしながら抱えている頭を支えている片腕を掴む。宁麗文は引っ張られていても顔を上げることは一切しなかった。

 「おい、聞いてる? そろそろ聞かないと秦兄ちゃんが泣くぞ? いいのか、こんな大の大人がこんな場所で泣き喚いて。そうしたらお前は俺を落ち着かせなきゃいけないし、きっとここで白い目で見られるだろ。だからこっち向いて話してくれよ。頼むよ! お兄ちゃんって呼んで止めてくれ!」

 「誰がお前をお兄ちゃん呼びなんかするか! 私に着いてきて本当に何がしたいんだ。お詫びと言うならさっさと江陵から出ていってくれ。ていうか今すぐあっち行け!!」

 ぎゃんぎゃんと宁麗文はまるで警戒する犬のように喚く。幸い今は講談師の講談だの、酒盛りの男たちの話だので誰も彼の声に気付かない。秦麗孝は溜息をついて宁麗文の腕を離した。

 「だからさあ、言ってるだろ? 俺は普通に散歩に来ただけなの。あっちこっち歩いてたら偶然ここに着いたの。何がしたいって俺は普通に歩いてるだけだって。他に理由なんてないよ」

 宁麗文はゆっくりと顔を上げる。その顔には嫌そうな表情が張りついていた。

 「宿は決まってるのか?」

 「何も? 突発的だから決まってないよ。あっ、そうだ。ここに唐秀英っている? いたら一緒の宿の部屋に泊まれるんだけど」

 秦麗孝は口角を上げて唐秀英の居場所を聞く。唐秀英とは半時辰ほど前に別れた。行く道中で姿を見かけなかったのだから、今はきっと宿にいるか、それとも出発しているかのどちらかになるだろう。

 それにしても、この秦麗孝という男は唐秀英をも巻き込んで、あまつさえ彼と同じ部屋に寝泊まりしようと企んでいるのだ。宁麗文は視線を横にずらしてなるべく秦麗孝を見ないように答えた。

 「唐公子なら宿にいるよ。伝達術で聞けばいいだけの話だろ」

 「使うのめんどくさい」

 「……」

 片肘を立てて掌で顎を支えて溜息をつく宁麗文は店員の持ってきた料理に手をつける。奢るつもりの秦麗孝も同じように食べていき、「そういえばさ」と口を開いた。

 「今度の世長会ってなんの話題出すんだろうな」

 思わず宁麗文の箸を持つ手が止まる。

 「だって最近じゃあどこもかしこもお前らが怨詛浄化しに行ってるから数は減っていってるはずだろ? こうなったら次がなんの話題が出るか分からない」

 「……三年前の」

 「うん?」

 秦麗孝は宁麗文の顔を見て湯匙を持ったまま瞬きをする。宁麗文は恨めしそうな声を吐いた。

 「三年前に起きた桂城での報告をしなきゃならないんだ。……私が」

 「えっ?」

 秦麗孝はまた瞬きをして湯匙を落とした。落とした先は汁物で秦麗孝の服の袖を軽く濡らす。

 「いやいやいや、だってそれ、普通は桂城唐氏がやることだろ? なんでお前がしなきゃならないんだ? というか三年前なら、なんでその時にすぐ言わない?」

「……君、たまにはまともなこと言うんだな」

 箸を持つ手を動かして肉団子や餃子を口に入れる。秦麗孝は湯匙をひとつまみして「あのなあ」と呆れながら口を開いた。

 「お前、俺のことなんだと思ってんの? 俺だって仮にも膳無秦氏の次期宗主だぜ? 世長会にも毎回出席してるし、どの世家もそれぞれ自分たちのやった任務をまとめてお前の親父さんに伝えてる。唐宗主だってもう伝えてるはずだろ? それなのになんでお前が言わなきゃならない? 言わなくても唐宗主が言うだろうし、彼も言わなかったら唐秀英が言う。たったそれだけだぜ?」

 秦麗孝は湯匙を既に空になった器に入れて箸で餃子を突く。宁麗文はそれを見て溜息をついた。

 「私だって分からない。急に父上に言われたんだ。そもそもまだ三年前のことだって、覚えてるのもそうじゃないのもある。ただでさえ……」

 宁麗文は話の途中で口を噤んだ。秦麗孝は急に何も言わなくなった彼に片眉を上げる。

 ただでさえ、まだ人が死ぬ瞬間を忘れられていないのだ。直接的に殺害の現場を目の当たりにして、それが夜の更けた時間帯であろうとも、宁麗文の頭には絶望と悲観、そしてやるせない思いがずっしりとのしかかっている。これを忘れるというのは無理な話であり、宁麗文が実際に世長会で報告をすれば彼の心は更に傷が付いてしまうだろう。

 「……まあ、なんでもいいや。とにかくそう言われたんなら仕方ないと思えばいい。今までお前の親父さんが主に言ってて、たまに宁の兄貴が話してた。今度はお前が話す番なんだろ。そういう経験をするって思えばいい」

 秦麗孝は最後の肉団子を頬張って汁物を一気に飲み干す。舌で唇を舐める彼を見た宁麗文はまた溜息混じりに「そうだな」と答えるしかなかった。

 

 結局最初から最後まで秦麗孝と一緒にいた宁麗文は疲れてしまい、人気のない場所に行って伝達術で唐秀英を呼んだ。少ししたぐらいに唐秀英が駆けて来て、疲れ果てている宁麗文とまだ元気ににこにこと笑顔を浮かべている秦麗孝を見て目を丸くした。

 「秦兄さん? なんでここに?」

 「散歩してたらここに着いた」

 宁麗文は唐秀英の近くに来て両肩を掴んで小声を出す。

 「頼みます、唐公子。本っっ当に頼みますので、この人を同じ宿に泊めてやってください。これ以上一緒にいると気が狂いそうなんです!」

 「え、えぇ……」

 唐秀英は半ば引きながらも、宁麗文の後ろにいる腕を組んでいる秦麗孝に顔を向ける。

 「兄さん、泊まるところは決まってないんですか?」

 「そうだよ」

 「本当に昔から変わらないですね……」

 そして唐秀英は秦麗孝の手を引きずるように引っ張って宿へと帰っていく。それを見送った宁麗文はこれまでかいていた汗を懐から出した扇子で扇ぎ、遠い目をしながら邸宅へと帰った。

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