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護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
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十二 可馨と紅花(1)

 青鈴は江陵に戻った宁麗文を心配していた。宁雲嵐が彼の服を持って桂城唐氏へ向かい、二人して馬車で帰ってきたと思えば血にまみれていた。宁麗文は目を酷く腫らしていて、帰ってきて何日も経つのに一言も話さない。宁雲嵐や青鈴から声を掛けても心ここに在らずといった状態だった。深緑は何かの病に罹ったのかと心配していたが、宁雲嵐から説明をされて仕方なく引き下がった。宁麗文は江陵に帰ってきてから、まるで人が変わってしまったかのように静かになってしまったのだ。

 「麗文、ここにご飯置いておくね」

 「……」

 宁麗文は寝台に座って無名の戸を背にしたまま何も言わない。何度もこうなっているので、青鈴も流石に慣れてしまっていた。無名の戸を閉めて溜息をつく。

 (どうしてあんな風になっちゃったんだろう)

 青鈴は胸の中のざわめきを覚えながらも考えてはいけないと頭を振る。半時辰ほどすれば宁麗文は完食すると分かっているので、その場を後にして廊下を歩く。その途中で宁雲嵐とばったり会った。

 「兄さん」

 「青鈴。麗文の様子はどうだ?」

 青鈴は首を横に振る。宁雲嵐は視線をやや斜め上に向けて溜息をついた。

 「帰ってきてからもう何日も経ってる。衣食住はできても会話はできなきゃただの廃人だろうな」

 「言い過ぎよ。麗文はなんでああなったの?」

 宁雲嵐は踵を返して「こっちに来い」と青鈴を招く。彼女は何も言わずに着いていって滅法へ入った。宁雲嵐は戸を閉めて青鈴と卓を囲む。

 「あいつはな。桂城唐氏からの任務で、ある町の復興に携わっていたんだ。餓蝗とかいう害虫が荒らしてくるもんで、まずは住民たちの生活を確保してから殲滅任務に行った。けど、最悪なことにその町の中に犯人がいたんだ」

 「そう……でも、犯人がいたからどうしたの? 倒したは倒したんでしょ?」

 「俺が倒した。だがな、麗文と唐秀英殿が仲よくしていた子が二人いて。片方が片方を殺してしまったんだと」

 「殺してしまった」という言葉に青鈴は息を詰まらせる。それは詳細を知っている宁麗文からでないと分からないことだが、おそらく彼はその現実を見たくないのだろう。

 「あの後は桂城唐氏が上手くやるんだと。それで俺と麗文だけ馬車に乗って帰ってきた。……あいつ、目の前で人が死ぬのを見たのは初めてだったんだろうな」

 宁雲嵐は卓に肘を立て掌に顎を乗せる。青鈴は顔を俯かせたままで何も言えなかった。そのまましばらく沈黙が続き、外には何も知らない鳥が鳴いている。

 例え誰かが死にそうなほどに苦しんでいても、世界はまわり続ける。誰が生まれていても死んでいても、そこで世界は終わらない。それを宁雲嵐は知っていて、宁麗文は知らなかった。たったそれだけだったが、宁麗文にとっては何もかもが初めてで、真夜中の桂城で目の前で人が刺され死ぬ光景を見て、最悪の衝撃を受けてしまったのだろう。

 ずっと俯いていた青鈴は顔を上げて卓に手をついて立ち上がる。宁雲嵐は彼女の行動に瞬きをして見上げたが何も言わなかった。

 「こんな時は外に連れてく!」

 「は? いや、あいつが行くとは限らんだろ」

 「行く行かないじゃなくて行かせるの。じゃないといつまで経ってもあのままよ? 兄さんはそれでもいいの?」

 宁雲嵐は呆れたように息をつき、頭を搔いてから立ち上がる。青鈴が先に滅法から出て宁雲嵐が後に続いた。

 

 無名の中で、宁麗文は考えていた。

 ──もし自分が他の誰よりも強かったなら。もし自分が他の誰よりも行動ができたなら。

 そう思うのは先日のあの二人のことだ。紅花は可馨を殺してしまい、可馨は紅花に殺されてしまった。故意ではない、不本意でなってしまった結果だった。あれから数日過ぎたが、宁麗文はただただ生きる生活のみを過ごしていて、家族や門弟、家僕の誰とも話をしなかった。自分で怠惰な人間だと思い、そして本当にそうなっていた。

 (あの時、私が先に紅花さんの手を払っていたら……)

 今となってはもう叶わない。実際に起こってしまったのだから、どうあがいても過去は変えられない。

 溜息を長く吐いて背後にある青鈴が置いていった食事を見る。どれだけ考えて過ごしていても腹は減る。減ってしまえば飯を食べて生きねばならない。宁麗文はぼんやりとした頭のまま寝台から降りて卓についた。湯匙を持って汁物に手をつけても、上手く口元に運べない。一日一日と心が衰弱していくのが目に見えていた。

 「……」

 開けていた小さな口を閉じ、また開く。宁麗文は湯匙を持つ手に力を入れて無理やり口の中に汁物を突っ込んだ。

 その時にいきなり無名の戸が開き、外から「麗文!」と青鈴の叫ぶ声が飛び込んだ。宁麗文は思わず噴き出してしまい、湯匙に入っていた汁物を卓に零してしまった。

 「ほら出かけるわよ。あたしの買い物に着いてきなさい」

 ずかずかと部屋に入ってきた青鈴は宁麗文の持っている湯匙を卓に置いて彼の腕を引っ張る。唖然としていた宁麗文はただただ口元から汁物を零しながら目を丸くしていた。青鈴は自分の服の裾で宁麗文の口元を拭ってまた腕を引っ張る。

 「重い! さっさと立って。いつまで引っ張らせるつもり?」

 「ち……青鈴、そんなこと言われても、私は……」

 宁麗文がようやく重たい口を開いたと思えば、飛び出たのは聞いている方が鬱陶しくなるほどの弱音だった。それを聞いた青鈴は目を吊り上げて「いいから立ちなさい!!」と家全体に広まるような怒号を上げた。

 

 身なりを整えられて渋々邸宅を出た宁麗文は、久しぶりに直接浴びた日光に目眩がした。青鈴に手を引かれ、宁雲嵐に背中を押されながら青天郷へ出向き、ただただ歩く。周りの人々は三人を見て「宁の若様」「宁二の若様」「青鈴様」と声を掛ける。それに慣れている青鈴と宁雲嵐は手を振ったり会釈をするが、宁麗文だけは暗い顔をしたままだった。

 「おい、いい加減立ち直れって。どれだけ経ったと思ってる?」

 「……分からない」

 宁雲嵐は宁麗文の肩を抱きながら溜息をつく。肩の上で宁麗文の頬を抓りながら「しょうがない弟だな!」と言う。

 「ほら麗文、あんたの好きなでんでん太鼓よ。買ってあげようか?」

 「いや、私はそんな歳じゃない……ってこら、買うな! お金の無駄遣いをするんじゃない!」

 青鈴が本気ででんでん太鼓のある屋台へ行こうとするのを宁麗文は慌てて繋がれた手を引っ張る。青鈴は不満げに頬を膨らませ、次に顔を違う場所に向けるとお面を見つける。そのまま宁麗文を引っ張ってお面屋台へ向かった。宁麗文は宁雲嵐に首を巻かれ、そして青鈴に手を引っ張られるという、周りから見てなんとも情けない姿になっていたが、特に何も気にできなかった。

 「ほら、このお面なんかいいんじゃない?」

 青鈴が取ったのは白色の肌に赤でまるで鬼のように描かれている面だった。宁麗文はそのような面を見たことがなかったので、首をぎこちなく横に振りながら「え、遠慮しとくよ……」と返す。

 「じゃあ麗文は何が欲しい? お兄ちゃんが買ってやるよ」

 「兄上……今更お兄ちゃんとか言わないでくれよ。ていうかそれ、久しぶりに聞いたな」

 宁雲嵐は片眉を上げながら宁麗文から腕を離してまた背中を叩く。宁麗文は今日で何回背中を叩かれたのだろうとやや痛む背中を気にしていた。だが青鈴と宁雲嵐の手の温もりは宁麗文をどこか励ましているように感じていた。

 宁麗文は進めば進むほどに顔色が明るくなり、そして俯きがちだった顔も次第に前へと向いていく。宁麗文は心の中で「とんだバカだな」と自分に呆れてはいたが、二人のいる手前では口に出そうとは思わなかった。

 「饅頭あるぞ。買ってやろうか? あ、でも飯食ってたんだよな? いらないか」

 「いるよ。汁物を一口飲んだだけなんだ、お腹が減りすぎて死にそうだ」

 宁雲嵐は片方の口元を上げて宁麗文から離れ、屋台主から饅頭を買った。それを宁麗文の口に押し込み、宁麗文は驚きながらも押し返したりせずに饅頭を一口かじって持つ。 

 「……ありがとう」

 「おう。青鈴にも買おうか?」

 「あたしはいいわ。麗文に突っ込んでおけばいいんじゃない?」

 「ちょっと。そういうのやめてくれよ」

 宁麗文は饅頭を食べながら青鈴を睨む。青鈴は「冗談よ」と笑いながら宁麗文の手を握っていた。

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