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護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
35/227

十一 こぼれ落ちた花(3)

 「可馨さん!?」

 なんと可馨が血まみれのまま走り出していたのだ。宁麗文は他の住民と彼女を交互に見て、住民たちに「ここで待っていてください!」と放って後を追う。

 すぐ近くに紅花はいて、辺りを見渡していた。きっと四蝗王を探しているのだろう。唐秀英は息を荒らげながら「紅花さん、落ち着いて」と叫ぶ。

 「落ち着けられるわけがないでしょう!? あたしの父さんはあいつに殺された! 一番最初に殺されたのよ!? 仇を討たないバカがどこにいる!?」

 紅花は片手で剣を痛くなるほど握り締め、血で滲んでしまった唇を震わせながら怨恨を吐く。

 「ずっと前から怪しいと思ってた。父さんは何度も何度も口論をしていて、その度に仕事をやらされる羽目になってた。あいつが他の町から人をよこしやがって、父さんとずっと喧嘩してたんだ。そうしたらどうなったと思う? あいつらが真っ先に父さんを殴って連れていったんだよ!!」

 紅花は嗚咽を気にすることなく、血が喉から出そうになりながら激昂する。その目は血走っていて、今にも赤い血を流しそうだった。宁麗文は可馨の隣にやっと追いついたところで、その彼女がいきなり動いた。

 「目の前で見たんだ。家にいる時にいきなり戸が開いて。知らない人が入ってきて、父さんをいきなり殴った。すぐに連れてかれて、あたしは何もできなかった! 外に出たら、父さんを引きずってる奴とあいつが話してた。賄賂で父さんの命を奪ったんだ!」

 「紅花、もうやめて」

 唐秀英の前に可馨が立ちはだかる。紅花は彼女を見て憤りと怨恨のある目を見開いて鼻で笑う。

 「可馨。なんであんたもここに来たの? あんたは何も関係ないじゃない。これはあたしの、父さんの仇討ちなのよ。邪魔をしないで」

 「餓蝗はもう消えた。敏お爺さんも亡くなった。だから仇討ちなんて……意味ないよ。落ち着いてよ」

 可馨は紅花に一歩ずつ脚を進める。紅花はそれに気付いて一歩ずつ退く。

 「死んだから何? あいつは成りすましだったんでしょ? なら死体はある。そいつをぐっちゃぐちゃに斬り刻んで、そこら辺の犬や熊にでも喰わせてやればいい! じゃないとあたしの気が済まないんだよ!」

 「やめてってば! なんでそこまで敏お爺さんにこだわるの? 動物の餌にするまでなんて、あなたのやろうとしてるのは復讐じゃなくて惨殺よ!?」

 可馨の言葉に紅花の顔は引き攣っていく。

 「うるさい……っ、うるさいうるさいうるさい!!」

 紅花は何も聴きたくないように片手で耳を塞ぎながら頭を振る。可馨は二、三歩進んで彼女へ肩に手を伸ばした。

 「紅花」

 「触らないで!!」

 紅花の口から拒絶、そして剣を持つ手が動く。宁麗文と唐秀英は咄嗟に動けなかった。

 ──紅花の剣を持つ手が、可馨を貫いたのだ。

 その場で一気に空気が冷たくなる。紅花は目を丸くし、剣から流れる血を見てから可馨を見た。

 「——え……?」

 可馨は遅れた片手で彼女の肩を触る。その目からは徐々に光が失われていく。微かに動いた彼女の口は紅花を呼んでいたが、声は聞こえなかった。肩から手が滑り落ち、彼女の足が力を失い、剣が腹を貫いたまま膝から崩れ落ちた。

 「可馨……?」

 紅花は呆然とし、剣の柄から手を離し、そして膝から崩れ落ちる。さっきまで怒りで赤くなっていた顔は青くなり、そして黒へと変わっていった。

 「可馨。可馨……?」

 紅花の震える手が可馨の肩に触れる。感じるのは冷たい感触、そして自分だけの温もりだ。

 「あ──、ぁ、なん、で……」

 紅花の目からは先程とは違う涙が流れ始める。精一杯可馨の身体を揺するが、彼女は何も反応しない。

 唐秀英は震えながら一歩踏み出し、そして二人に駆け寄る。宁麗文も我に返って彼に続き、唐秀英も宁麗文も彼女たちの前で片膝を立てた。

 「ゃ、やだ、可馨……嘘でしょ? ねえ、起きて、起きてよ……可馨。ねえ、なんで……あたしを触ろうとしたの、可馨……」

 「紅花さん、紅花さん。手を離してください」

 唐秀英の言葉に紅花は余計に可馨に抱きついた。彼女の腹により食い込む。刺さった剣の柄は地面に擦れて硬い音を鳴らす。唐秀英はその剣を抜く度胸がなかった。

 「ごめんなさい、ごめんなさい……! 可馨、ごめんなさい! もう二度と仇討ちなんて言わないから、殺すなんて言わないから、お願い、何か喋って!!」

 「紅花さん!」

 唐秀英は眉を顰めながら紅花の肩を引っ張って可馨から引き剥がす。紅花は黒い顔のまま彼女を見つめるだけで、唐秀英の言葉に耳を貸せなかった。

 唐秀英は固唾を飲みながら可馨から剣を抜き取り、立ち上がって払うように一回振ると、彼女の血が地面に落ちた。屍のように動けなくなった紅花を宁麗文が起こす。三人の目先には倒れて虚ろな目をしている可馨がいた。

 「……紅花さん。可馨さんは私が抱えていくので、広場に戻りましょう。他の方たちもあなたたちを心配しています」

 宁麗文は紅花から離れて可馨の瞼を掌で優しく閉じて横に抱き上げる。だらりと垂れてしまった腕を胸元に寄せて立ち上がった。唐秀英は服の裾で剣を拭いて鞘に納めて紅花の手を引っ張って、血痕のあるその場から離れた。

 

 広場へ戻ると宁雲嵐が辺りに追加の点火符で途切れないように灯して待っていた。可馨を抱いている宁麗文と紅花を引っ張っている唐秀英の顔は酷く神妙で、宁雲嵐は状況を一気に把握した。

 宁麗文の抱えている可馨の亡骸に他の住民もどよめき、中には彼女の名前を泣き叫んでいる女もいた。宁麗文は血の残っていない場所を探して見つかったところで可馨をそっと降ろす。外衣を脱いで彼女を包んだ。

 「これからどうするんだ?」

 宁雲嵐が弟に問う。宁麗文は兄を見上げた。

 「これから、どうしよっか。全く考えてなかった」

 呟くその顔は青く、無理やり笑っていながらも引き攣っていた。宁雲嵐はこれ以上何も言わない方がいいと考えてその先の言葉を何も紡がなかった。広場にはすすり泣く声、可馨を呼ぶ声、欠損した部分にもがき苦しむ声……様々な阿鼻叫喚が生まれていた。宁麗文は彼女たちを見ても何もできなかった。

 紅花の手を引いた唐秀英は彼女を可馨から遠く離れた場所に座らせて何かを話しかけている。宁雲嵐はその様子を見て「これが辛い現状だ」と呟いた。

 「唐秀英殿。あんたんとこの門弟たちはいつ来るんだ?」

 唐秀英が宁雲嵐に顔を向ける。紅花の手を離して立ち上がった。

 「すぐ、こちらへ。彼女たちの怪我を最優先にして、それからこの場を浄化します。あとは僕たちの方で片付けます。宁雲嵐さん、そして宁麗文さん。あなたたちとはここでお別れとなります。ありがとうございました」

 唐秀英は目を細めて笑うが、眉は寄せて口元は引き攣っている。半年もの間だが、それでも彼女たちとの絆は確かにあった。だからこそ、余計に辛いのだ。

 宁麗文も立ち上がって下唇を噛み、そして頷く。唐秀英に向けて拱手をしたのを宁雲嵐も見て、同じようにする。唐秀英も二人の手を見て拱手をした。

 そうして三人は別れた。唐秀英が用意してくれた馬車に二人は乗り、宁麗文は膝に手を置いて服を握り締める。宁雲嵐は一瞥してから壁に肘を置き、掌で顎を支えながら暗い窓の外を見ていた。

 「……どうすれば、よかったのかな」

 宁麗文の言葉に宁雲嵐は何も答えなかった。

 「可馨さんが出てしまう前に紅花さんの持っていた剣を払えばよかった。けど、私か唐公子が払ってしまったら、彼女は間違いなく怪我を負う。だからできなかった。……可馨さんも、止められなくて……」

 宁麗文の唇は震え始め、更に手に力が入る。

 「なんで、この世に邪祟がいるんだろう。あいつらがいなかったら、今頃可馨さんも紅花さんも笑顔でいられたのに。これも邪祟のせいだ。……二人の未来を奪ってしまった、私のせいだ」

 「そこまでにしとけ。今更悔やんだってもう遅い」

 宁雲嵐は窓を見ながら呟く。

 「こういうのはよくあることだ。最初は死にたくなるほど後悔するんだろうが、慣れておけ。邪祟で人は被害に遭う。人で人は傷付く。それがこの世の理だ」

 宁麗文の唇は何も言えず、下唇を噛んだ。頬からは涙がとめどなく溢れ、顎へ伝って滴り落ちる。宁雲嵐は宁麗文の頭に掌を乗せてぐりぐりと撫で回した。宁麗文は髪がめちゃくちゃになっても彼の手を拒絶することはしなかった。

 「また元に戻ったら唐秀英殿から連絡が来るだろ。それまでは泣いてでも落ち着いとけ」

 「……うん」

 宁麗文は腕で涙を拭う。二人が江陵に着くまで、宁麗文はひとしきり泣いていた。

 

 そして、夜が明けた。

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