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護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
34/220

十一 こぼれ落ちた花(2)

 宁麗文は顔を青くしながら町へ降り、守霊術を破る。軽い音を立てて割れたその防壁の中には血の匂いがし始めていた。同時に女子供の悲鳴が辺りに聞こえている。宁雲嵐と唐秀英も同時に着いた頃、宁麗文は祓邪を握りながらある人物を探しに走る。せっかく建てた店が餓蝗に包まれていた。宁麗文は懐から邪華符を取り出して走りながら貼っていき、その度に光が舞う。

 その瞬間、女の悲鳴が聴こえた。声のなる方へ顔を向けると、そこには宁麗文が支えていた中年女が餓蝗に包まれかけていた。そこに揺らりと誰かが屍のように立ち上がり、彼女の腕に喰らいつく!

 「やめろ!」

 宁麗文は腕輪の着いている左手でその屍──いや、死んだ敏を突き飛ばした!

 その腕輪から成る光に餓蝗は全て消失し、女の負傷した腕が見える。

 「走れますか。今すぐ逃げてください!」

 「あ、あ、でも、まだ餓蝗が……」

 「邪華符を貼り尽くしているのでもういません! いいから早く広場へ!」

 中年女はよろけながら宁麗文と敏から離れて去っていく。残されたのは宁麗文と、そして死んでいるのに動いている敏だけだ。

 「敏さん。これはあなたがやったんですか?」

 敏は何も答えない。口からは血に染まった綺麗な歯が覗いている。宁麗文は「やっぱり」と零した。

 「前の飢饉の時、人が人を喰うという事件がありました。それは生きている人から聞いたと。あなたはここの町の人ではないけど別の町にいた。その町にも飢饉があったはずです」

 敏は白い目を宁麗文に向けて、動かない首を無理やり動かしてゴキッと音を立てた。宁麗文の前で首を折ったのだ。宁麗文は更に顔を青ざめながら退くが、頭を振って耐える。

 「あなたには右腕である紅花さんの父親がいましたよね? 彼はあなたがいなくなっても回せるように仕事をしていた。そして紅花さんの言っていた、他の町の人との口論。もしかして、それをしていたのは紅花さんの父親なのですか?」

 敏は動かせない口を無理やり動かし、ブチブチと音を立てて口を引き裂く。乾いているはずの血が口から流れて歯を更に赤く染めた。死体には血が流れない。だとすれば、それは『既に喰われた』誰かの血だろう。

 「あなたが言っていた『長がいなければ町は成立しない、仕事のできない女子供だけを残して自滅すればいい』という他の町からの証言は、あれはあなたがついた嘘なのではないのですか!? あえてそうして他の町に男だけを誘拐させた。そして残った仕事のできない女子供と過ごし、餓蝗を呼び起こして飢饉状態にする。そうして逃げ場を失わせて死に時を待たせる。あなたはそれを狙って、わざとここに残った。前の飢饉同様に、また女子供を全員喰うために!」

 敏の口からは血の泡が吐かれていく。すると中から血にまみれた餓蝗が飛び出してきた! 宁麗文は咄嗟に祓邪を構え、襲いかかる餓蝗を次々と薙ぎ払う。そして折れた首に剣先を近付け、固唾を飲んだ。

 「なぜあなたは死んでしまわれたんですか? いつからそうなっていたんですか?」

 敏の白い目が下へ向き、薄く膜の張った黒目が宁麗文を向く。そしてケタケタと笑い始めて祓邪を掴んだ。その力はとても強く、宁麗文は引こうにも引けない。

 「俺は敏じゃない」

 とても嗄れた声だった。確かにあの日、宁麗文を尊い方だと話していた敏の声なのに、違う声がした。

 「俺は四蝗王しこうおうだ。こいつは俺の依代として二十年も生きていた」

 (四蝗王……? 依代?)

 敏の口から血の餓蝗が次々と湧き出る。祓邪を掴まれたままの宁麗文は動くこともできず、また祓邪を離すわけにもいかない。懐から邪華符を取り出そうとしたが、隙を見せてしまっては本末転倒だ。宁麗文は奥歯を噛み締めながら冷や汗を背中で感じる。

 「ちょうどいい。お前が次の依代になればまた女子供は喰える。知ってるか? 人間の中で一番美味いのは子供、そして次に女だ。男はダメだ。あいつらは筋肉質が多いから食べにくい。生きていて余分のない肉を持っている女子供がいい」

 四蝗王は血でぬらりと鈍く光る舌で口を舐める。

 「お前たちを呼んだのはこの俺だ。いや、違うな。俺の補佐をしていた男の娘に呼ばせたんだ。この老体は動くのに辛くてな。わざとそう仕向けた。本来なら腐る寸前の生臭い肉を喰うつもりだったが、あの唐暁明とか言うクソ野郎のことを思い出してな。どうせならここの状況回復をして、女子供に肉がつき始めた頃に喰おうと思ったんだ。そしてお前たちはあのクソアマ共を逃がさないように壁を作った! これは僥倖だと思っている。感謝するよ。どの肉も美味かったぞ!」

 四蝗王はどこもかしこも皮膚が破けている片腕をギギギと関節を無理やり動かしながら広げる。その光景は異様で、人の皮を被った魔そのものだった。四蝗王から湧き出た餓蝗は宁麗文の足元から徐々に登り始める。宁麗文は虫特有のカサカサとした関節の音を聴く度に吐きそうになった。

 (まずい。私一人で飛び出してしまったから、兄上も唐公子も行き先は分からない。このまま餓蝗とこいつの餌食になるのか!? どうすればここから逆転できる!?)

 「ああそれと、誰だったかな? やたらと喚きながら俺を殺そうとしたクソアマがいたんだ。そいつは喰いにくそうだったから片方の女を喰おうと思ったんだよ。若くて綺麗で、クソ共のお気に入りの女だ。だけどな、そいつの前に醜い醜い……ああ、醜女か。余分な脂肪ばっかり蓄えている醜女が飛び出してきやがって。間違えてそいつを喰っちまったんだ。あーあ、残念だ。そいつのせいで山ん中の池で吐くしかなかったし、今までのと同じだ。やっぱり脂肪より肉がいい」

 四蝗王の口から流れ出る言葉に『池』という言葉が出た。宁麗文は可馨から敏が池を作ったと聞かされていたのを思い出し、また更に顔を白くして顔を顰める。

 「お前……っ、やっぱり、あの池は……!」

 「なんだ、知ってるのか? もしかして水底にある歯も見たのか? おいおい、冗談はよせよ! 恥ずかしいだろ!」

 四蝗王は笑いながら崩れた敏の顔のまま宁麗文に近付き、互いの吐息が掛かってしまうほど、そして四蝗王の異臭が分かってしまうほどの距離になる。

 「お前は綺麗で身体も丈夫そうだ。どうだ? 俺と交渉して身体をくれないか?」

 宁麗文は胃から逆流するようなえずきを押さえながら祓邪に力を込める。宁麗文の眉根が深く堀を刻み、異臭に耐えきれなくなり気絶しそうになる。額から滲み出た脂汗が顎から滴り落ちた瞬間だった。

 屍の敏の脳天に光が突き刺さる。呆然した宁麗文の襟元を掴み、宁麗文は祓邪と共に後ろへ飛ばされる。目の前にいたのは息を荒らげている宁雲嵐だった。

 「兄上!?」

 「こんのバカ! なんで一人で行くんだ!? 死にたいのか!!」

 宁雲嵐は宁麗文に目もくれず、四蝗王の胸元を足で押さえ脳天に突き刺した豪静を勢いよく引いて、頭蓋骨ごと壊す。敏──四蝗王は一瞬だけ目を見開き、そしてほくそ笑むように目を細めた。一度倒れた身体がまたよろめきながら立ち上がる。宁麗文は餓蝗を払いながら立ち上がり、宁雲嵐を見た。

 四蝗王はケタケタと笑うだけで、口から餓蝗を吐く。その裂けた口は段々と傷を広げ、遂には耳を引きちぎって己の手で鼻から上を掴んで投げ捨てる。顕になったのは所々筋が切れて動くことができない筋肉と割れた頭蓋骨、そして中には──餓蝗がびっしりと入っている。そのおぞましい姿に宁雲嵐も宁麗文も顔を白くした。

 「こいつはとんでもねえ魔……いや、妖か。まさか爺さんの中に潜んでいたとはな。麗文、後で理由は聞くから今は広場へ行け」

 「え、な、なんで?」

 宁雲嵐は豪静を両手で持って構える。霊力を込めたその剣は淡く発光し始めた。

 「唐秀英殿が避難させて守霊術で守ってる。だがあいつだけじゃ足りない。お前もさっさと行って守ってこい」

 「兄上、そうなったら兄上はどうするんだ?」

 「俺はこいつを倒してから行く! いいからさっさと行け!」

 四蝗王は脳を皺だらけの指で掻きむしり、そしてそれを引きずり下ろす。ぼとっと音がした脳からは餓蝗が流れ出て、残されたのはわずかな肉片だった。宁麗文は吐きそうになりながらもその場から離れ、まだ飛んでいる餓蝗がいれば祓邪で斬り落とす。そうして走って広場へ着き、唐秀英が汗を流しながら守霊術を発動し、住民を餓蝗から守っているのを見た。

 「唐公子!」

 唐秀英が宁麗文の声に反応して顔を向ける。その顔は青白くなっており、唇が少し震えていた。

 「すみません、加勢します!」

 宁麗文も懐から何も書かれていない札を取り出し、祓邪で自分の指を切ってから血で術を描く。そしてそれに霊力を込めて陣を発動させた。二つの壁が合わさり、より頑丈になって餓蝗を跳ね返す。一炷香を過ぎたあたりから徐々に餓蝗の数が減り、次々と力をなくしたように地面に落ちる。そこから塵となり、やがて全ての餓蝗が消え失せた。宁麗文と唐秀英は安堵の息をついて陣を解除し、点火符を宙にかざして街灯に飛ばして住民の確認を急いだ。既に亡くなってしまった女が見られ、次に見えたのは一部を欠損して血まみれになっている女が数人。無事だったのは子供全員と数人の女、その中に可馨も紅花もいた。可馨にはおびただしい血の量が全身を包んでいて、周りには苑の姿が見られない。おそらく彼女を助けた苑の血を浴びてしまったのだろう。

 祓邪を鞘に納めて虚ろな目をしている可馨の前で片膝を立てて声を掛ける。

 「可馨さん。どこかお怪我は?」

 「あり……ません……」

 「そうですか。よかった。……どうしてこうなったのか、話せますか?」

 可馨は涙を流しながら、嗚咽も漏らす。やはり正常に話せる状態ではなかったかと宁麗文は少し頭を振って紅花に顔を向ける。彼女はそれでも生きている目をしていて、その中には憤怒と怨恨が現れていた。

 「……あのクソ野郎……」

 宁麗文の予想は当たっていたようだ。これから推測するに、きっと敏に扮していた四蝗王が騒動を起こす前に、紅花に彼女の父親のことを話したのだろう。紅花は下唇を血が滲むまで噛み締め、涙を頬に絶えず流している。唐秀英は汗を拭って払い、紅花の元へ駆けた。

 「紅花さん、もう餓蝗はいなくなりました。彼らも直に戻ってきます。だから今は安静に──」

 唐秀英が言い終わらないうちに紅花が立ち上がり、瞬時に彼の腰帯から剣を抜き取った。刃が鞘の内部と擦れる金属音に宁麗文も可馨も、そして他の生き残った住民もが目を向ける。

 紅花は息を荒らげ、涙を零しながら唐秀英を避けて走る。唐秀英は一瞬だけ驚き、すぐに我に返って彼女の後を追う。宁麗文は片膝を立てた状態で唖然としていて、ゆっくりと彼ら二人の動向を見てしまっていた。その瞬間、宁麗文の横を過ぎる者がいた。

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