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護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
28/220

九 柔らかい橙(2)

 午後になって宁麗文は広場で休憩を取っていた。たまに雨は振るが、もう鬱陶しくなる時期ではない。むしろこれから暑くなるのだ。宁麗文は江陵での日を思い出した。

 (昔はこんな風に外で動くなんて考えられなかったな。家に籠りっぱなしで、ろくに動けなくて……ずっと淋しかった。でも、今はもう弱くなんかない)

 宁麗文は空を見上げながら、半年前よりも増えた鳥が飛び上がるのを見る。綺麗に飛んでいく鳥の様子を見て微笑んでいると声を掛けられた。

 「可馨さん」

 「何か面白いものでもあったんですか?」

 可馨も宁麗文の隣に座って空を見る。

 「いや、飛ぶ鳥が増えたなって。可馨さんは今から休憩ですか?」

 「はい」

 可馨は綺麗にしていたのだろう布に包んでいた杏を取り出す。

 「この杏、宁公子にあげます。皆さんには内緒ですよ」

 「いいんですか? なら遠慮なく」

 淡い橙色に染まった杏を一つもらってそのままかじる。甘い果汁が腕に伝って慌てて舐めた。

 「それにしても、この地でも杏の木は大丈夫だったんですね」

 「はい。ダメだったのは畑だけでしたので、木々はなんとも。でも、この杏は本来なら夏の真ん中の時期に実るんですよ」

 宁麗文は驚いて瞬きをする。今は夏に近くなっている春だ。それなのにどうして夏の真ん中の時期に実るはずの杏が今になって実っているのだろうか。可馨は不思議そうな顔をしている宁麗文に微笑んだ。

 「桂城唐氏の術です。木々にだけ、いつ収穫できてもいいように特別に掛けられているんです」

 「そうなんですか? 可馨さんはそんなことまで詳しいんですね」

 可馨ははにかみながら杏を一口かじる。掌に溜まった果汁を飲み干してからまた実をかじった。

 「皆さんに教えてもらったんです。皆さんはとても優しくて、いろんなことを知っている。私が分からないことがあればすぐに教えてくれるし、一緒に考えてくれる。私はここが好きで、だから復興させて彼らにいい日常を送らせてあげたいんです」

 宁麗文は小さく開いた口を閉じて瞼を伏せる。これほどまでにこの町に思い入れのある住民は見たことがなかった。いや、ないと言ってしまえば嘘にはなるが、苑の言葉を思い出してそう思ったのだ。

 (この子に過去を話してもらうのはどうだろう。でも、もしかしたら過酷な人生を送っていたのかもしれないし、人に聞かれたくないこともあるだろうな。そう考えたら聞かない方がいいか)

 宁麗文はまた杏をかじり始め、可馨と隣に並んで食べていた。

 休憩が終わった後はそのまま店の散乱した棚や折れた卓の解体をする。女の住民にはできないものは全て宁麗文が請け負って長い時間を掛けて、ようやく何もない開店前のすっきりとした場所へと変わった。住民たちは男たちが帰ってきたときのために新しい漢方の調合や卓を作る。息子だけで切り盛りしていると言っても彼女たちも一通りの調合方法は知っている。あまりにも難しいものはしなかったが、素人でも作りやすいものは全て作った。宁麗文は調合の仕方がまるっきり分からず、それでいて不器用な質でもあったので参加はしなかった。広場で女性たちがあれこれ言いながら調合をしているのを見ていると、横から袖を引っ張られた。引っ張った方を見ると阿晴が座っている宁麗文の隣で立っていた。

 「阿晴。どうしたんだ?」

 「もう遊ばないの?」

 宁麗文は苦笑する。

 「疲れちゃったんだ。明日遊ぼうか」

 阿晴はまた不満げにする。子供はいつも体力が尽きるまで遊びたがる。宁麗文はそのことをよく知らない。だから彼の元気いっぱいさに困っていた。

 (子供ってこんなに元気なのか? このまま阿晴と遊んでたらそのうちお腹を減らして倒れてしまうだろうし。それに腰だってようやく治りかけているのに……阿晴、申し訳ない、今日は勘弁してくれ!)

 宁麗文はそのまま全てを阿晴に言うのはできなかった。彼を傷付けたくはないし、ここで言ってしまえば他の住民たちにも困らせてしまう。ただでさえ外部から来た人間であれがどうだのこれがどうだのとわがままを言ってしまったらせっかく積み上げたこれまでの信頼度がグンと下がってしまう。そうなれば復興作業の妨げになってしまうし、貴重な餓蝗のわずかな情報も手に入れられなくなるだろう。宁麗文はそれを懸念してただただ愛想笑いをするしかなかったのだ。

 阿晴は「遊んでよ!」「ねえーー!」と駄々をこね始めた。その度に宁麗文の袖から肩を掴んでグラグラと揺らす。宁麗文は「いや本当に……」「阿晴、頼むから聞いてくれ……」と返すしかない。少しの間膠着(こうちゃく)状態に陥っているといつの間にか畑仕事を終えたのだろう、紅花が阿晴の首根っこを掴んだ。

 「こら、阿晴。宁公子が困ってるんだからやめなさい」

 紅花は呆れたように宁麗文から彼を剥がしてそのまま抱き上げる。阿晴はまだ持て余している体力を発散したいがために宁麗文を遊びに誘っていたのに、どうしても受け入れてくれなくて泣き始めてしまった。

 「もう、そんなに泣いて。また明日があるでしょ? 今は唐公子に遊んでもらいなさい」

 「えっ」

 紅花の後ろに立っていた唐秀英が声を上げた。彼もまたくたびれたように疲れていた。宁麗文は唐秀英に顔を向けると、彼もまた愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 

 夜になって唐秀英と情報を整理する。

 まず最初に整理するのは半年前の町の様子と、現在の町の様子の比較からだった。唐秀英は桂城唐氏に頼んで持ってきてもらった数枚の紙と筆を卓に並べる。

 「最初は餓蝗による虫害が始まって、それが二ヶ月ほど続いていました。普通は被害に遭ったら父に話を伝えるんですよね」

 「はい。だけど、紅花さん曰く最初は自分たちで撃退なり対策なりしていた。そして男性たちが誘拐されてからは被害が格段に増えた」

 唐秀英は腕を組みながら唸る。彼の思い悩んでいることは宁麗文にも分かっていた。

 なぜ、男たちが連れ去られたことを言わなかったのか? そしてなぜ、その後に多大な被害を受ける前に伝えなかったのか?

 「私が思うに、怪しいのは敏さんです。確か彼はここの町長ですよね?」

 「はい。町長が宗主に報告と救助を伝えるのは当たり前です。だけど、敏さんは元から身体が弱かった。連絡網を知っている彼でもどこかで限界を感じていたのでしょう」

 「限界か……」

 宁麗文は深く考え込み、ふとあることを思い出していた。

 「確か、敏さんは紅花さんの名前を呼んでいましたよね? なぜ彼女の名前が出たんでしょう」

 それに唐秀英は紙にすらすらと文字を書きながら答える。

 「彼女は……彼女の父親が、敏さんの右腕だったらしいのです。右腕というか、補佐と言えばいいでしょう。彼は敏さんの仕事を手伝っていて連絡網も把握していた。となれば、もし自分の身に何かがあってしまった時のために紅花さんに伝えているのでしょう。だから紅花さんの名前を出したんだと思います」

 唐秀英はそれぞれ文字を並べ、数枚の紙に違う字を記す。宁麗文はそれを見ていくと彼の頭の中で整理していた情報が出されていた。

 (この町の町長は敏さん。そして彼を支えていたのは紅花さんの父親。その父親の身に何かがあれば代わりに紅花さんが連絡網を使う。……それにしても、二ヶ月も経って伝えたのは何でだろう?)

 首を傾げてもよく分からない。唸ってみてもよく分からない。宁麗文の頭の中は完全にこんがらがってしまったようだ。頭に火が宿るような熱さを感じた宁麗文は卓に両肘をおいて掌で頭を抱えて俯いた。唐秀英はそれを見て困りながら笑うしかなかった。

 「宁公子の考えていることは分かりますよ。なぜ紅花さんが連絡網を使わなかった、ですよね?」

 「はい……父親から聞かされていたらすぐに使いそうなものなんですが。二ヶ月ほど間を置いて伝えたのは何でかなって」

 「そうなんですよね。この件に関しては僕から聞いてみます。とにかく、明日も早いので今日はもう寝ましょう」

 宁麗文は片手で額を押さえながら「はい」とだけ答えた。

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