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護誓散華  作者: くじゃく
花の想い話
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七 初任務(1)

 広く荒れ果てた大地には二人の青年が立っていた。彼らは外衣を脱ぎ、腕を捲って農具を振るっている。一人は橙色を身にまとっていて、もう一人は白と縁取られている薄緑を身にまとっている。その青年はすきを引き上げた後に頭を上げ、額にじんわりと吹き出た汗を手の甲で拭う。玉のように白い肌は既に土と汗まみれだった。

 (どうして……こんなことに……)

 土から抜いた鋤を見下ろしているのは宁麗文で、先程までは元気に桂城へ入った。はずだった。はずだったのだ。

 これに至るまでの昨日へ時を戻そう。宁麗文、唐秀英、そして阿瑾の三人は江陵から二日ほど時間を掛けて桂城へ入った。そのまま唐氏の邸宅へ通されて広間で座って待たされた。一炷香ほどしてから唐氏の現宗主である唐暁明が広間に入って奥の玉座に座る。

 「いやあ遅れてすまん。宁二の若様、久しぶりだな」

 宁麗文は立ち上がって頭を下げながら拱手をした。唐暁明も続けて拱手をする。

 「ご無沙汰しております、唐宗主。此度はお呼びいただきありがとうございます」

 「そこまで堅くならなくていい。気楽に行こうや」

 宁麗文は顔を上げて愛想笑いを浮かべながら手を下ろしてまた座った。唐暁明は玉座から身を乗り出すように腕を膝の上に乗せる。その顔は気怠げながらも生き生きとしていた。

 「それで阿英アーエイ。そいつが伝達術で言ってた子供だな?」

 「はい。阿瑾と申します」

 「よし、従女を呼ぶから預けてこい。今回の任務はお前たち二人にやる」

 すぐに広間にいた従女が呼ばれ、阿瑾は彼女に手を引かれながらこの場を去る。唐秀英は瞬きをして唐暁明へ声を上げた。

 「僕たちに、ですか?」

 どうやら唐秀英は自分は関係ないと思っていたようだ。戸惑いで顔を引き攣らせながら宁麗文を見る。その顔を見た彼もまた頬を若干ぴくぴくと動かしていた。

 ──嫌な予感がする。

 宁麗文は世長会での、宗主たち大人が自分の子供に無茶な任務を任せていたことを思い出した。その中には唐秀英も入っていて、彼はその度に死んだ目をしていたのだ。

 「そっ……それは、……なんですか?」

 正面に向き直った唐秀英は唐暁明におそるおそる問う。唐暁明はにっこりと口を狐に描き、目も狐に描いた。

 「なあに、簡単なものだよ。復興だ」

 その「復興」という二文字に二人は顔から血の気が去った。どのぐらいの規模なのかは知らないが、その言葉を出すということはかなり大きな任務なのではないのか? 宁麗文はどうして自分が呼ばれたのかを余計に知りたくなった。

 例え自分じゃなくても、兄上だとか他の世家の子供もいるだろ!

 その思いが伝わってしまったからか、唐暁明が宁麗文に顔を向ける。宁麗文は彼がこちらを向いたことで顔が余計に引き攣った。

 「なんで自分が来たか、理由が知りたいか?」

 「えっ……いや……はは……はい、知りたいです」

 「至って単純だ。暇そうだったから」

 宁麗文はその場で気を失いたい気分だった。こんな言葉はどんな英俊豪傑えいしゅんごうけつでも泰然自若たいぜんじじゃくでも驚くに違いない。今この場にいるのは宁麗文と唐家の親子の三人だけでよかったものの、もし一人でも誰かがいたら面食らった顔で唐暁明と宁麗文を交互に見ていただろう。それほどまでの簡単な理由が、まさかの、まさかの理由が──「暇そう」だったから!

 (確かに兄上とは違ってほとんど江陵から出たことはないし、あっても肖寧と埜湖森に行ったぐらいだ。だ、だとしても、それはないんじゃないか!? あんまりだろ!)

 当然目上の、それも他世家の宗主に自分の心に吐いた言葉をそのまま投げつけられるわけがない。「あ、そうですか」とも言えないし、そもそも他世家の宗主に文句の一つすら言えるわけがない。宁麗文は泣きそうになりながらも愛想笑いを浮かべるだけで、はは、の乾いた笑いしか出なかった。

 唐秀英は額を手で押さえながら「父上、あなたって方は……」と文句を零す。唐暁明は聞こえているはずだがそれを見事にかわして「明日からな! 今日は観光でもしてゆっくり休め」と豪快に笑いながら席を立って広間を出ていった。残された二人は互いに顔を見合わせ、共に青くなった顔を見ては重い溜息をつくしかなかった。

 

 邸宅を出て町へ歩く宁麗文と唐秀英は心底疲れ果てた表情を浮かべていた。あの二日間、歩きながら話していた時間はとても貴重だった。そう思うほどに任務の内容がまだうら若き青年たちにとって酷でありえないものだったのだ。

 「唐公子、君は……その、復興の任務を任されたことは?」

 「一度もありません……」

 唐秀英はまた溜息を吐き、片手で顔を覆いながら歩いていた。宁麗文は彼のその顔を見て、それでも一人だけの任務じゃなくてよかったと心の底から安堵する。と同時に唐暁明に言われた理由を思い出してしまった。

 「それにしてもなんで私が暇そうだって思われたんだろ……」

 「父は思ったことを口に出す人ですから。あまり気にしないでください」

 唐秀英は顔から手を離していきなり両頬を両手で軽く叩く。先程まで白かった顔は元の色に戻っていた。

 「こうしちゃいられません。まずは食事をしましょう! 備えあれば憂いなしです!」

 あまりの気の早さに宁麗文は驚く。しかし、彼の言う通りだ。桂城に着くまでの休憩中は麺包を一粒ほどしか食べていないし、明日も食べる余裕があるかと考えても分からない。そうなれば今のうちに十分すぎるほどの飯を食う他ないだろう。

 「そうですね。早速食べに行きましょう!」

 二人は無理やり己を奮い起こして食事処へ向かう。

 ここ桂城は農業が盛んだ。そしてこの世家の町で一番栄えている場所がここ、『橙花坊とうかぼう』であり、それを象徴つけるかのようにそれぞれの屋台に新鮮で瑞々しい野菜が並んでいた。宁麗文はそのどれもが眩しく見えてついつい見て回る。

 「珍しいですか?」

 唐秀英の声で我に返って少し頬を赤らめながら頷いた。

 「流石、桂城ですね。どの野菜も眩しいくらいに新鮮です。珍しい肥料を使っているのですか?」

 「いえ、ここにあるのは全て恵まれた土地と気候、そしてここの民のお陰です。彼らの先祖は僕の先祖……一代目の宗主と共に同じ村に住んでいたそうです。そこで切磋琢磨をして、たまにやってくるイノシシや鹿などの害獣は力を合わせて駆逐をして。もちろん肉も食糧として扱っていましたが、周辺に落ちていた糞を集めて発酵して、それを肥料にする。それを繰り返して繰り返して生きて、唐氏の宗主が変わっていてもその方法は昔から何一つ変わっていません。まあ、今はイノシシや鹿に頼らずとも、牛や豚もいますし。たまに膳無秦氏ぜんむシンしから糞をもらってそれを肥料にしたりしてます」

 唐秀英は会話の途中で饅頭を二個購入する。受け取った片方を宁麗文に渡した。宁麗文はそれを受け取って一口食べながら歩く。

 「でも、昨日話した害虫なんですが。あれらは約三十年ほど前に急に現れたんです。どこから来たのかも分からないし、どこに巣があるのかも分からない。それでいて農作物を食い荒らして益虫までも全て食い殺した。当時の民たちは本当に飢餓状態に陥っていて、一部では人を喰った事例もあったそうなんです」

 「人を、喰う」

 昨日の話との差異があると気付いた宁麗文は一部の言葉を繰り返す。

 「はい。人を喰う。それが男でも、女でも、老人でも、子供でも。今まで生き残っている方曰く、それは見るに堪えない光景だったそうです。でも当時の宗主はそれに何も手をつけなかった。昨日はそう言いましたよね?」

 「はい。栄えている町の援助とかをした……ですよね」

 唐秀英は困ったように笑う。一口、二口とかじった饅頭を一目見て急に立ち止まった。宁麗文も彼に続いて立ち止まる。

 「昨日は阿瑾がいたからそう話していました。でも……それもそうなんですけど、一番の理由は違うんです」

 宁麗文は陰りを見せる唐秀英の顔を窺う。唐秀英は瞼を伏せてから宁麗文を見て、やや引き攣った表情を浮かべた。

 「あの宗主は……僕の祖父は、人でなしだったのです」

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