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護誓散華  作者: くじゃく
始まりの君
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六 出発(3)

 半時辰になりかけるところでかなり寂れた廃屋を見つける。その頃には陽は沈みかけていて雑木林も暗く見えてきていた。

 「今日はここにしましょう。中には誰もいないみたいです」

 宁麗文は軋む戸を開けて中を確認する。やや埃の匂いがして思わず袖で口元を覆って手を振った。未だかつてない状況を目の当たりにして気落ちしそうだった。

 唐秀英は阿瑾を下ろして宁麗文と共に中に入る。辺りを見回して小さな燭台を見つけた。心もとないがないよりマシだと考え点火符をかざして火をつけ、それを燭台の上にあるろうそくに灯す。少しの範囲だけだが特に支障はなかった。

 「阿瑾、腹は空いてる?」

 「すごく空いてる。もうぺこぺこだ……何も食べないと背中とお腹がくっつきそうだよ」

 これまで休憩中に、少なくとも二回か三回ほど阿瑾は一口分の麺包めんぽうを食べていた。つまり、実のところ、そこまで空いてはいないが、あまり食べなかった二人を案じて嘘をついたのだ。

 唐秀英は苦笑しながら「じゃあ食べようか」と腰帯に巻き付けていた一つののう(袋のこと)を外す。中を開けると今まで阿瑾にあげていた麺包がいくつか入っていた。宁麗文も袖口から上等な衣に包まれた饅頭を数個取り出し、阿瑾と唐秀英に渡す。彼ら二人は饅頭と宁麗文を何度も行き来するように見たが、宁麗文はそれが逆に困ってしまった。

 「な、何……か……?」

 「いえ、あの……いいんですか? かなりの大きさですし、その、まだ道は続いています。今は僕たちに分けないで、しばらくはあなたの分として持っていてください」

 どうやら唐秀英は宁麗文の持つ饅頭の大きさに驚いていたようだ。阿瑾も「そうだそうだ」と彼に同意するように答える。

 「いえ、別にいいんです。私はこれでも少食ですし、阿瑾が少しでも満腹になってくれれば。唐公子ももしいらなくても急にお腹が空くかもしれませんし、となればあげた方がいいかなって」

 「ダメです! ダメですよ。あなたはお人好しがすぎます。いつまでもそんなままじゃいつか『お前が憎いから殺す』って言われても喜んで『はい』って答えて殺されますよ!」

 唐秀英は慌てながら饅頭を宁麗文に押し返す。阿瑾も押し返そうとしたが、二人が「阿瑾は食べて!」と放った。

 「いいえ、その場合は私も真正面から戦います。これとそれとは違う話です。私がしたいからこうしているのです」

 「いやいやいや……」

 「唐公子、いいからお食べ下さい。でないと私が君にこの饅頭を突っ込むまでですよ!」

 そこまで言われた唐秀英は諦めて素直に饅頭を受け取った。阿瑾が麺包と饅頭を交互に食べているのを薄目で見てから宁麗文に顔を向ける。

 「あなたは本当にお人好しすぎます……」

 「それほどでも」

 「もしかして江陵宁氏はお人好ししかいないのですか?」

 宁麗文は懐から扇子を取り出して顎に先を付ける。そう考えてみれば宁氏は相当の温和な性格の者が多い。それは家訓の『民にも天にも優しくあれ』という言葉ではあるが、知らず知らずのうちに宁麗文もそれを体現しているのだろう。

 「うちの家訓に従っているからですかね。両親は私たちにとてもよくしてくれてますし……いや、ちょっと違うか」

 宁麗文の頭の中に宁雲嵐がよぎる。両親の彼への態度はどうだったか。深緑はまだしも、宁浩然との距離はあった。宁雲嵐は宁麗文と青鈴との態度は変わらないでありつつも、両親とは一歩線を引いているのだ。視線を横にしながら深く考え込んでいると唐秀英が宁麗文の顔の前で手を振った。

 「宁公子? 宁公子? どうされました?」

 「えっ、あっ、いや! なんでもないです! ちょっと考えごとをしてました、はは……」

 指で頬を掻きながら唐秀英の前で笑う。唐秀英と阿瑾は怪訝な顔をして首を傾げたがそれ以上は何も言わなかった。

 それぞれ麺包と饅頭を食べて夜が更けていく。阿瑾はまだ眠たくなさそうで、宁麗文の扇子に興味を示していた。

 「うん? 阿瑾、そんなに私の扇子を見てどうしたんだ?」

 「それ、すごく綺麗だなって思って。なんで持ってるんだ?」

 「これ? これは母上からもらったんだ」

 昔の話だ。熱病に侵された宁麗文が熱さで死にそうになった日に、深緑が自ら扇子を彼に贈った。他の扇子よりかは少し重かったが、熱さに焦げてしまいそうになっ宁麗文がそれを受け取ると瞬く間に熱が引いたのだ。宁麗文は深緑にこれは何かと聞けば、深緑は「これはあなたを護るものよ」と答えた。その頃の宁麗文には意味を理解していなかったが、金丹を得た今では気付いた。この扇子には微弱ではあるが霊力が込められていて、白と薄緑で縁取られている扇骨は淡く温かみがある。扇面には全くの白色で何も描かれてはいないが、それが返って目立つのだ。むしろ何も描かない方が霊力を滞らせることはないだろう。

 「そうなんだ。じゃあその綺麗な腕輪は?」

 彼の示す目の先には宁麗文の手首に嵌められた腕輪がある。宁麗文は二人に見せやすいように腕を上げた。唐秀英もそれに目を向けて思わず声にならない吐息を漏らす。

 「これも父上からもらったんだよ。邪祟除けのすごい物なんだ」

 「へえ。麗兄ちゃんは親に愛されてるんだな」

 「まあ……愛されてはいるね」

 少し歯切れの悪い答えに扇子を広げて口元を隠す。少しばかりの反抗心が芽生えてきているのが自分で分かっているからか、何とも言い難いのだ。

 「阿瑾。もう寝よう。明日は朝から歩くんだからな。今のうちに休もう」

 「はあい」

 唐秀英は阿瑾に手招きして身を寄せる。阿瑾は唐秀英の脱いだ外衣を布団代わりにして目を閉じた。宁麗文も自分の外衣を脱いでその場で寝そべる。自分の家とは違う場所で不安はあったが、人がいることでそれはすぐになくなった。唐秀英は阿瑾を起こさないように燭台に乗っている蝋燭に息を吹いて火を消した。

 

 翌日の明朝に三人は出発した。一昨日頃までの雨の影響は段々となくなっていて、ぬかるんでいた獣道も多少はマシになっていた。宁麗文は細い木の幹に手を伸ばして身体を支えながら歩いていて、唐秀英は阿瑾の手を引きながら何も掴まないまま歩く。

 「そういえば御剣は使わなかったんですか? こんな道を歩くぐらいなら使えばすぐに着くのに」

 「ああ、それは阿瑾がいるからですよ。僕たち修士は御剣に慣れていますが、この子は違う。子供で修行もしていない。もし空へ御剣をして下を向いてしまって、怖がってしまったら元も子もありません。だからしないんです」

 「そうか……確かに一理ありますね」

 木から木を伝いにして段々とぬかるみが少ない道へと進んで行く。少しした頃には平坦で歩きやすい道になっていた。

 「ここまで来ればあと少しです」

 唐秀英は息を弾ませながら宁麗文に顔を向けた。宁麗文もまた息を弾ませながら頷き「行きましょう」と答える。阿瑾はまだまだ元気そうで、唐秀英の手をブンブンと振っていた。

 「はは、元気だな」

 「当たり前だよ。早く着かないかな」

 やけにご機嫌な阿瑾に宁麗文は微笑む。このぐらいの年の彼は身体の中が柔らかく、そして脆かった。少しでも突いてはすぐに体調を崩してしまうほどだったので、阿瑾のような活発さが羨ましかったのだ。

 雑木林を抜けて開けた空と地が続く。木々によって遮られていた陽の当たりが突然にして彼らを照らすので、少しだけ目を細めていた。三人は道を進んで休憩を挟み、また進んでを繰り返す。道中では阿瑾がつまらなくならないようにお喋りを挟んでいた。

 「そういえば、鈴姉ちゃんのことなんだけど。姉ちゃん、物乞いなのになんで麗兄ちゃんの家に住んでるの?」

 「それは話せば長くなるんだけどね。桂城に着くまでに終わるかな……」

 「別にそれでもいいよ」

 あっけらかんとした態度で阿瑾は答えた。宁麗文は瞬きをしてから拳を口元に寄せて一つ空咳をする。

 「大人しか分からない話ばかりあるんだけど。青鈴は、両親を山賊に殺されて見逃された子なんだ。その後はいろんな場所に行って野犬に襲われたり、せっかく見つけた寝る場所も土砂崩れで失ったり……まあ、とにかく色々あったんだ。それで江陵に来て、私の母上に拾われた。それから青鈴は私たちの家族になったんだ」

 ある程度端折りながら、阿瑾にも分かりやすいように噛み砕く。阿瑾は軽く相槌を打って歩きながら話を聞いていた。

 「でも姉ちゃん、犬を見てもちっとも怖がらなかったよ。野犬に襲われたんだったら、普通、死にたくなるほど怯えるんじゃないか? おれだったら普通の犬でも見たくもないよ」

 その質問に宁麗文は「ははは……」と呆れ笑いを返す。野犬が嫌いなのに犬は怖がらない。それは青鈴の中での区別がついているからだ。

 「それは私も最初は疑問に思って聞いたんだ。そうしたら『確かに野犬は怖かったけど、木に登ることはできないし飛び乗ることもできない。だから木に登って実ってた実を思いきりぶん投げて追っ払ったり、たまに運が悪くて死んだ野犬は火を起こして焼いて食べてたのよ』って……青鈴は、その、すごく強いんだ」

 青鈴にまつわる話をこと細かく伝えると、唐秀英も阿瑾も面食らった。あんなに細いのに、どんな力を持っているのか!? と言いたげなのは宁麗文も分かっていた。

 (分かる……分かるよ。私も聞いた時は怒らせないようにしようって決めてたから……今はたまに怒られてるけど……)

 唐秀英は表情をスッと元に戻して眉を下げながら微笑む。今までこういった女に出会うのは初めてなのだろうか、反応に困っていた。

 「ま、まあ、昔の話ですから。今の青鈴は割と大人しいので大丈夫です!」

 また会えるかすらも分からないのに、宁麗文は両手を横に振りながら弁解する。唐秀英も阿瑾も「そうですね」としか言いようがなかった。

 「あそこに門が見えますか? あれが桂城です」

 唐秀英は話を切り替えるように人差し指で向こうを示す。そこには頑丈な、灰色がかった石製の高い塀が横に広がっていた。宁麗文は肖子涵から聞かされていた秋都漢氏の塀の話を思い出す。建設開始は二年前の世長会からだったはずだが、江陵よりも先に桂城に塀を建てたらしい。

 「あれは……秋都漢氏が建てた塀ですか?」

 「はい。一番早く建ったのはもちろん秋都ですが、その次に桂城に設置されました。まだ時間は掛かりますが、そのうち江陵にも建設が終わるでしょう」

 「世長会で話していたのはたった二年前でしたよね? それがこんなに早く終わるなんて……」

 唐秀英は宁麗文に顔を向けて口角を上げる。

 「秋都漢氏は建築に強い世家です。彼らにとっては朝飯前なんでしょう」

 唐秀英は「入りましょう。ようこそ、我が桂城へ」と宁麗文に告げ、そして前を向いた。宁麗文も続けて前を向き、しっかりと歩みを止めずに門の中へと入っていった。

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