3.
「ですが、セドリック様。他の人の前では決してやってはいけませんよ?」
そう教育係として、メアリーのように。とまでは難しいけれど、厳しくしなければいけない時がある。
「うん。ニーナにしかやらない」
用意した洗面と水で顔を綺麗にしたセドリック様は、とても愛らしく笑う。
「はぅ。本当はもっと甘えていただきたいのですが、大人の事情的なやつなのです!!」
つい語尾に力みが入ってしまう。
仮にも淑女でもある私は、もっと粛々とやるべきであるとは思うけれど、私は生まれた時から「ニーナは口からうまれたのではないか?」と言われ続けた女だ。気が緩めばこんな風に言葉が砕けてしまうし、心の声も感情も結構ダダ漏れになることも少々。
成長した私は感情のコントロールができるようになってきたものの、このような感情高ぶる場面には無意味なものとなる。
そういった幼い頃の言動から「妖精が人間界に迷い込んだのではないか?」とも言われた。
噂だけを聞いた者は勘違いをして、お付き合いの申し込みもあったそうだが、それとなく家族が真実を伝えたと言う。
決して「妖精のような、美しい見た目をしている」と言う意味ではなく「あまりにも言動が浮世離れすぎている」と言う意味だと。
えぇ、えぇ。自分のことですから、痛いほどわかっています。
周囲に期待させてしまって悪いが、私の見た目は赤茶髪に茶目で珍しいものなんて言動以外、ない。騙して…いや勘違いさせて結婚するという道もあったけれどうまくいく自信はない。それに一度結婚してしまった後、よほどの相手側に不貞がない限り、女は圧倒的に肩身が狭い。
そのため「浮世離れな女」でも受け入れてくれる殿方がいれば、と言う、かすかな希望もあったけれど・・・いなかった。
この結果には、自分を客観視できているつもりの私でも、さすがにショックは受けた。
見た目は平凡かもしれないが、そこそこ愛嬌はある方だと思っていた。
だから、1人くらい素敵な殿方が現れるかも…と期待していた自分を心の中でぶん殴った。
それは両親も同じだったのだろう。
このままでは娘の結婚が難しい、と。
そして両親がツテにツテを頼りまくった結果、私はノルマン公爵家に奉公に出されれることになった。家を継ぐ嫡男、弟がいたからこそ生まれた選択肢でもある。
『ニーナ。あなたは私たちの可愛い娘よ』
『そのことを決して、忘れないでおくれ』
もしかしたら田舎貴族とは言え「奉公」に出されることにプライドが傷つく令嬢はいるだろう。
だけど私は、両親の判断は自分のことながら正しいと思う。
だから感謝している。
だって、このまま死ぬまで未婚というのは、田舎の実家にいることになる。弟は寂しがって「実家にいればいい」と言ってくれたけど、周囲の目に耐えられる気がしない。想像しただけでもメンタルをガリガリと削られた。いくらなんでも神経までも浮世離れと言われようと、その辺は繊細にできているつもりだ。
それに浮世離れしている”変わり者の娘”とは言え、教養があったこともあり、末っ子のセドリック様の侍女兼教育係として採用されたことも幸いだった。
両親による私への対策が功を奏したと言えるもの。
幼いころからズレた子供だった私。
そんな私を学校に両親は通わせてくれた。私は勉強が正直苦手だったし、学校に通う女子は少なかった。
しかし、おかげでこうして巡り巡ってセドリック様に出会えた。
「相変わらず、ニーナがニーナのままでよかった」
セドリック様はふふっと息をこぼす。
「ありがとうございます。私は本当に主人に恵まれた侍女です」
心の底からそう思う。嘘偽りはない。
そう言いきれるのも、セドリック様が愛らしく、こんなにも懐が広い方だったからかもしれない。
「そう言ってくれるのは、ニーナだけだよ」
でもセドリック様は影を落として、悲しそうに笑う。




