前も後ろも
ツバキは豪奢なベッドに仰向けに寝転がり、身体が沈んで行くような感覚に身を任せていた。
命の恩人をもてなすためにと、避難してきた村人たちとは別に王城の一室を割り当てられたが、万年床や藁を敷き詰めた箱に慣れていたツバキはなかなか落ち着かない。
ざわつく心を静め、ボーッと天井を眺める。
この場合の天井は部屋そのものの天井ではなく、ベッドの天蓋であったが、直接照明に照らされていないそこを眺めるうちに少しずつ落ち付いていった。
玉座の間でシャトーから聞いた話しを頭の中で何度も繰り返し整理していく。
いろんな感情を、いろんな形で刺激され、ツバキの心には何か蠢くしこりのようなものが出来ていた。
しかし、ツバキ自身そのしこりがどの感情やどの話に起因するのかわからず、吐き出したいと思っていても、何を、どうやって吐き出したらいいかわからなくなっていた。
ずるずると何かが頭を這いずり回る。
目を瞑り、それと向き合おうとしていると眩暈とは違う心地良く真っ暗な世界が回り出す感覚に落ちていく。
ぐるぐると回る世界に身を委ね、夢か現か曖昧な微睡みに手を引かれる。
微睡みの中でツバキはいくつかの声を聞いた。
どれも不明瞭で、夢の中で超えた声なのか、現に残った意識が聞いたのかもわからず、内容も頭に入ってこなかったが、それがしこりの正体な気がしていた。
不意に、コンコンともドンドンとも取れるノックの音にツバキの意識は揺り起こされ、扉を開けながら声をかけてくる元気な声に、微睡みに手を引かれる意識は叩き起こされた。
「おー!ツー、寝てたのかー?
ケイ爺がツーを呼んで来いってー!
起きれるかー?」
姿を見ずとも独特の喋り方とその声で誰かを理解する。
「スーシィか、、、。
次からもっと静かに頼むわ。
んで、どこに呼んでるんだ?」
沈む意識の急浮上に、不機嫌な声で聞き返した。
「えーとなー、食堂!
避難民の住居の、、、割り当て?の説明とー、そのまま晩御飯だぞー!
ツーはもう部屋あるけど、ご飯はみんなの方が美味しいってー!シャト爺が!
だからシャト爺と、フーも来るー!」
晩御飯という言葉を聞き、ベッドに沈んだ身体を起こして窓の外を見ると、外は夕暮れを過ぎていた。
地下牢から出た頃はまだ明るく、昼過ぎに玉座の間へ行き、部屋が割り当てられたころはほんのり空が暗くなり始めていた。
目まぐるしく過ぎていった一日に、思わず溜息がもれる。
「ほら、ツー!行ーくーぞー!
遅くなると、またケイ爺に怒られるぞー!」
「またってお前な、、、
いや、お前はもうちょっと叱られとけ。」
無邪気に腕を引く臨時メイドに、ついたばかりの溜息をまたこぼしながら、ツバキは食堂に向かった。
――――――――――――――――――――――――
スーシィに連れられ食堂に着くと、すでに住居の割り当てが進められていた。
扉を入ってすぐ横の壁にもたれ、ツバキは話し合う村人たちを見守った。
食堂に来る途中でスーシィから聞いた話では、もともと世界樹を中心に王城を立て、王国の規模が大きくなるにつれ王城も大きくなっていった。
そのため、もともと城下町だった部分にまで現在の王城の敷地は広がっており、当時の城下町の建物もいくつかはそのまま残っているようで、その建物を避難民の住居として活用するらしい。
割り当てとはいっても、家族構成や人数、年齢などで建物の大きさや井戸などの生活に必要な設備までの距離のなどを考慮し必然的に決まっていき、もとより仲の良かった村人たちはトントン拍子に話を進める。
途中、話し合いに飽きたララァとルルゥにツバキが揉みくちゃにされる一幕などあったが、スーシィの持ち前の人懐っこさに姉妹は懐柔され、ツバキは初めてスーシィが役に立ったななどと笑っていた。
そのおかげもあり、大きな障害もなく割り当てはすぐに終わり、シャトーとフリージアもやって来て食事が始まった。
メイドたちがテキパキと大皿を運び込み、割り当ての話し合いが行われていたそこは、たちまちのうちに立派な立食の会場になる。
「皆の苦労を、悲しみを、儂では推し量ることすらも叶わないじゃろう。
じゃが、この苦労を、悲しみを儂は決して許さぬ。
必ずや、平和と安寧をこの王国の手で再び掴み取ると約束しよう。
今しばらくはここで、皆も堪え忍びその時を待っていて欲しい。」
立食の始まる前に、シャトーが避難民の前でスピーチをした。
数人からシャトーに感謝の言葉が投げかけられ、大皿の料理に目を輝かせた姉妹の声に弾かれるように立食がスタートした。
わいわい、がやがやと盛り上がる立食を眺めるツバキの皿は、一向に減って行かなかった。
ターニアやグス、ララァとルルゥの姉妹。
ガーク、ギレ、沢山の村人たちから感謝の言葉を投げかけられるツバキだが、その顔はイマイチ明るく笑顔を咲かせきることがない。
慣れない感謝の言葉に、なんだか心がむず痒くなる。
しかし、うまく笑えない理由がそれだけではないことを、村人の顔を見渡してツバキは自分でわかっていて、視線を落とした。
その視線を覗き込むようにして、ツバキに声をかける人影が近付いてきた。
「ツバキ。」
その声にハッと顔を上げると、そこにはウーロが立っていた。
ツバキは久々にウーロと顔を合わせたような感じがして、自然と口角があがる。
しかし、やはり上がりきらずにふっと下がってしまう。
「ウーロか。
無事で良かった。
荷車でも見なかったから心配してたんだぞ。」
「なに、ツバキのおかげじゃよ。
生きているのも、こうしてまた皆で騒げるのもツバキのおかげじゃ。
本当に、本当にありがとうのぅ。」
「なんだよ?酔ってやがんのか?
別に大したことしてねぇよ。
、、、出来てねぇよ。」
ツバキは元気なウーロの姿を見て胸を撫で下ろしながら悪態を吐くが、その安心からか、ウーロの姿をみたからか、ポロポロと本音がこぼれ出す。
「村人を救った英雄が、浮かない顔をしておるのぅ。
何か思うことがあればいってみぃ、年寄が答えられることならよいのじゃが。」
「、、、英雄?
やめてくれよ、ウーロ。
俺は、そんなつもりじゃねぇし、それに、、、
何人死んだ?
俺は何人救えなかった?
俺は何にも出来てねぇんだよ。」
「、、、六人じゃ。
しかしな、ツバキよ。
勘違いしてはならんぞ。」
自分を責め出すツバキは、ウーロの勘違いという言葉に声を荒げた。
「勘違い!?
勘違いしてんのはどっちだ!
俺は六人も救えなかったんだろ!!
英雄でもなんでもねぇ!
勘違いしてんのは!どっちだ!!」
部屋の隅で声を荒げ、肩で息をするツバキの目をウーロはじっと見つめる。
その光景に、村人たちの視線が集まってくる。
「勘違いしておるのはのぅ、ツバキじゃよ。
それはこんな老僕にもわかる、簡単なことじゃ。
ツバキは付き合いの短い村のために命まで張ってくれた優しい子じゃ。
その優しい心が自分を責め、苦しんでおるのじゃろう。
六人。尊い命が散ったのは、悲しいことじゃ。
じゃが、顔を上げい。
ツバキはこれだけの命を救ったのじゃ。」
「みんなを助けられたのは嬉しい!
でもだからって、死んでいった人たちが死んで良かった理由になんかならない!」
「そりゃそうじゃ。
散った命と、助かった命を天秤にかけても、どちらにも傾かんじゃろうのぅ。
じゃが、だからこそ儂らは、散った命とツバキに救われた命を天秤にかけ、それを恥じることは決してないのじゃ。」
ツバキはハッとした。
ツバキは救えなかった命のことばかりを考え、救うことのできた命を見ていなかった。
「だから、、、前を向けっていうのかよ、、、。」
「いや、言わんよ。
ただ、顔を上げろ、、、と。
顔を上げ、見据えればそこが前になる。
前も後ろもないのじゃよ、ツバキ。
悼む気持ちは大事じゃ。
儂らもその気持ちを、絶対に無くさぬよ。
ツバキに救われた命で顔を上げ、その先に散った命の行く先を見据えるのじゃ。
ツバキよ、勘違いはやめにして顔を上げ、胸を張らねばのぅ。
儂らの英雄は、鬼神のような姿だったはずじゃよ。」
優しく微笑んだウーロの顔を見て、ツバキの中で何かが弾ける。
それと同時に、足元にも二つの衝撃。
なにかと見てみれば、ララァとルルゥが足にしがみつき、ツバキの顔を満天の笑顔で見上げている。
何も言わずにただ向けられるその笑顔に、あちこちから投げかけられる言葉に、弾けた何かが決壊する。
愛おしい笑顔だ。
しかし、このまま見ていたら、決壊した何かが溢れてしまう。
そう思いツバキは、天井を見上げた。




