当たり前の日常?2
三日目の朝もウーロが起こしに来た。
ツバキはいつものようにタバコに火をつけながら、
「おはよう。
年寄りはやっぱり朝が早いのな。」
などと軽口を叩くが、ウーロには当たり前に通じずニコニコとしている。
前日の朝と同じように朝食を用意され、ありがたく頂くが、甘えているばかりでいいのだろうかという思いが頭を過ぎる。
とは言えども腹は減るし、食べ物を粗末にしない主義のツバキはきちんと完食する。
そんなツバキを見て、ウーロはやはり嬉しそうに微笑むのだった。
ウーロとの食事を楽しみ終わり、一息ついているとギレが訪ねてきた。
ウーロと何やら言葉を交わした後に、ギレはツバキに手招きをする。
よくわからないが、とにかく呼ばれているようなのでツバキはギレについて行くことにし、部屋を離れた。
ギレについて行くと畑に着く。
ギレの働く姿を見ていたツバキは、おおよその予想はついていた。
そこにはあの幌付きの荷車が止まっており、御者台からグスが降りてくるところだった。
ギレに手招きをされ、荷車の幌を開けるのを手伝うとそこには沢山の植物の苗が入った箱が積まれていた。
これを見れば、何をすればいいのかわからないほどにツバキの察しは悪くない。
せっせとそれを荷車から降ろすのを手伝い、降ろし終わる頃には晴天に恵まれたこともあり汗まみれになったが、ツバキにはそれが気持ちよかった。
その後は、降ろした苗を種類ごとに畑に運び込み、耕されたそこに植え付けていく。
1種類植え付けが終わる頃には太陽はツバキたちの真上に来て降り、昼食の頃合いになっていた。
汗を流すツバキとギレのもとへ、グスが昼食を差し入れに来てくれた。
グスの後ろには二人の女の子が隠れて居り、チラチラとツバキの顔をグスの影から覗いている。
グスに声をかけられ、娘たちはツバキにおにぎりの包みと水筒を押しつけるように渡し、走って何処かへ行ってしまう。
愛らしいその姿に自然と笑みが零れ、この後も続くであろう畑仕事への活力になった。
夕方に仕事が終わる頃には、ツバキはヘトヘトになっていた。
元の世界では長く鳶として勤め、ツバキは体力に自信があったが、慣れない仕事に疲れ切っていた。
仕事が終わり、ウーロと一緒に夕食をとり、水浴びを済ます。
ベッドに倒れこんだツバキの三日目は、そこから五分と持たずに終わりを迎えた。
四日目の朝はウーロではなくグスが起こしに来たが、外はまだ薄暗かった。
「まだ外暗いぜ。
起こしに来たんじゃなくて、夜這いか?」
お決まりになった軽口は、当然通じない。
タバコに火をつけて、ベッドの脇に脱ぎ捨ててあるブーツを履く。
グスはそれを黙って眺めて待っていたが、見慣れない履物に興味津々と言った顔だった。
グスとともに外に出ると、げっ、とツバキは嫌そうな声を上げる。
そこには例の馬のような生き物と、それに引かれる荷車が止まっていた。
ツバキはどうも、この生き物が苦手だ。
幌を少し開け覗いてみると、野菜やらニワトリやらが積まれ、今日はこれを売りに行く手伝いをするのだと理解した。
グスとともに御者台に乗り込み、村を出て、あの橋を渡る。
しばらく行くと、見覚えのある町に着く。
ツバキが目を覚まして、初めて見たあの異世界の風景だ。
ボーっとツバキが初めて見た異世界のことを考えていると、荷車が不意に止まる。
ふと見ると肉屋の様な店の前に止まって居り、ここにいろと、グスが手で合図してくる。
指示の通り御者台で待ち、店の主人と何やら話し出すグスを見ている。
主人は何やら渋い顔をして、指を四本立てる。
グスは首を横に振り、指を五本立てる。
値段交渉している様だ。
未だ渋い顔をする主人にグスがツバキを指差してみせる。
主人はツバキをチラリと一瞥すると、仕方なく折れた様に首を縦に振った。
何を話していたかわからないがツバキはダシにされた様だが、お陰で交渉は成立した様だ。
戻って来たグスの笑顔がそれを物語る。
その後もあちこちの店に顔を出し、積荷を売り捌くグス。
途中からツバキもグスと一緒になって交渉中に指を立ててみたりしたが、異邦人のその姿を面白がってか
、なかなか上手く売り捌く事が出来た。
最後の積荷を売り、降ろし終えると自然とグスとハイタッチを交わしていた。
四日目の勤労も終えて村に着く頃には、荷車を引く異様な馬にすら愛着を覚える。
日の暮れる頃村に着き荷車を片付けると、グスの奥さんと娘たちが迎えに来てくれた。
またしても娘たちにおにぎりの包みと水筒を押しつけられ、ありがたいことに夕食を手に入れる。
ツバキが手を伸ばし、娘たちの頭をわしゃわしゃと撫でると可愛らしい声を上げ走り去って行く。
それを微笑ましく眺めるグスと奥さんに頭を下げて、ツバキは家に向かって歩き出した。
「今日も一日働いたぞーー!!」
そう言い、体を伸ばし歩くツバキの姿からは、いつかのチンピラの面影も薄れていた。
家にたどり着いき、貰った夕食を済ませ、ツバキの四日目が終わる。
そして、勤労の後の眠りから目覚めた今、五日目の朝を迎えていたのだったが、珍しく誰も起こしにこない。
タバコを消し、頭を掻きながら外を見てみると今日はどうやら休日らしく、いつもよりゆったりとした時間が村に流れている様だった。
急に休みを与えられると何をしていいのかわからなくなることがあるが、今のツバキはまさにそれだった。
ひとまず、家の裏手にある井戸で顔を洗い、昨晩グスの娘たちに渡されたおにぎりを包んでいた布と、水筒を返しに行くことにした。
身だしなみを整えてグスの家に向かうと、家の横手で洗濯物を干すグスの奥さんが見えた。
あちらがツバキに気が付くと、ツバキは大きく手を振り、水筒と包みを見えるように高くかざす。
それに気付きパタパタと駆け寄って来る奥さんにそれを手渡し、
「ありがとうございました。
美味しかったです!」
そう告げた。
ツバキはここ何日かで気が付いていた。
伝わるか、伝わらないか、それは大事なことではない。
伝えたい。そう想うことが大切なんだ。と。
その証拠に、グスの奥さんも笑ってくれている。
そんな風に思っていると、家が小さな影が二つ飛び出して来て、ツバキにまとわりついた。
グスの娘たちだ。
「ララァ!」
「ルルゥ!」
そう言いながら、ツバキの足にしがみついてくる。
どうやら、姉のほうがララァで妹がルルゥというらしい。
年はララァが12歳くらいで、ルルゥは10歳くらいだろうか。
活発な年頃の子らに負けないように、二人の頭をわしゃわしゃと撫で上げる。
走り出す二人を追いかけたり、気付いたらか追いかけ回されたり。
どうやら懐かれてしまったらしい。
なんとか振り切って、ツバキが部屋に戻る頃には仕事と変わらないほどの疲労感に襲われる。
太陽はちょうど真上。
昼寝にはもってこいの時間だ。
ツバキは、そう嘯きながら身体を横たえ、うつら、うつらするのだった。
どうやらツバキの生活は、充実しているらしい。




